火取り魔の噺
いつもは伝承のその後を考えて書いてますが、今回は伝承のできた理由を焦点にしてみました。なので地名は実在のものですが、内容としてはフィクションです。
東京を江戸と申した時分のお話。
加賀藩によく現れた妖怪がある。
提灯を提げ夜道を歩いていると、蝋燭の火が吸い取られるかのようにか細くなり、しばらくするとまた元通りに明るくなるのだそうだ。
土地の者はこれを『火取り魔』と呼び、これが出る辺りを歩くのを控えていた。
◇
ある時、一人の若い娘が怖いもの見たさを抑えられず、火取り魔の出るという「こおろぎ橋」近くまでやってきた。提灯に火を入れ、歩いてみると確かに蝋燭の火が頼りなくなる箇所があった。
大抵の者は気味が悪くなり足早に立ち去るのだが、この娘の場合は違った。きっと火がか細くなるのは風が吹くなどの理由があると考えて、その元を探ろうとその場に留まったのである。
始めのうちは勇敢にも草陰や木陰に入り、辺りを調べていたのだが、次第に様子がおかしいことに気がついた。足取りが重くなり、息も簡単にあがってしまう。やがて、立つこともままならぬ程に衰えてしまった。
翌日。朝に近くに住む者が通りかかると、既に無くなっているその娘を見つけた・・・・・・娘と言っていいのだろうか。その女は、急に老け込みすっかり老婆のような姿になっていた。
それから。
この娘、もとい老婆の見つかった場所は「姥の懐」と呼ばれるようになったという。
◇
また、長岡藩に伝わる火取り魔の話もある。
同じく、火取り魔がよく出るという場所に興味本位で出向いていった若者がいた。やはり妖怪の仕業などではなく、他に理由があると考えて調べていた。
そうしているうちに、この若者も体に異変を感じた。次第に力が入り辛くなり、気が付けば皺のよった老人姿となり死んでしまった。
この場所は「翁坂」と呼ばれ、火取り魔の伝承が残っている。
◇ ◇
よく蝋燭は人間の寿命の比喩に用いられる。
「火取り魔」は蝋燭の火を取っていたのではなく、蝋燭を通じ本来は人間のこれからの日月を取る「日取り魔」と称するのが正しいのかもしれない。
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