見越の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
東海道のとある峠道に妙な噂が立ち始めた。峠を越そうと山道を登っていると、坂の上の方にどこからともなく身なりの悪い僧侶姿の何者かが現れるのだそうな。
大抵の者は坂の下でそれに気が付くので、思わず見上げる形になってしまう。
すると不思議な事にそれの背丈が徐々に伸びていき、やがては天突くほどの大きさになるという。そうすると居合わせた者は慌てふためき来た道を引き返したり、そのままひっくり返されたりするのだという。
これは『見越』という妖怪の仕業であるが、見越が現れた時に「見越した」と口にするとどうしてか消えてしまう。辺りの人間は承知の事だったので、難なく山に入ることが出来ていた。これに遭って驚くのは、専ら旅人たちである。
◆
一人の旅人がこの見越の出る峠に差し掛かった時、一人の木こりに話しかけられた。
「旅人さん。この峠を越えなさるのか?」
旅人は素直に答えると、見越という妖怪が出ることと、もしそれが出たら財布を投げると消えてしまうという対処の二つを教えられた。
木こりに感謝して山道を登っていくと、本当に見越が現れた。旅人は言われた通り、財布を見越しに目掛けて投げつけた。ところが、見越はうんともすんとも言わない。とうとう恐ろしくなった旅人は財布をそのままに逃げ出してしまった。
そして近くの茶屋に入ると全てを言って聞かせた。
すると茶屋の女将は笑いながら言った。
「見越に遭った時に財布を投げたって何の意味のないさ」
「しかし、確かにそう聞いたのだ」
「後から言っても、きっと財布は残ってないよ」
「私は木こりに騙されたのか?」
「ああ。ミコシの話だけに担がれたんでしょ」
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