生霊の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
江戸に住まう一人の間抜けな男がいた。人に誇れるような大それたことなどは何もない男だったが、ひょんなことから魂だけを身体から抜けさせる、いわゆる幽体離脱の術を身に着けた。
それからというもの、男は昼夜問わず暇を見つけては魂だけになって町を徘徊した。
人に気付かれないのをいいことに、男女の情事を盗み見たり、芝居をただで見物したりと好き放題の毎日を送っていた。
◇
ある日の事。
男が密かに恋い焦がれている娘が見も知らぬ男と楽しそうに歩いているのを見かけた。気が気でなくなった男は、適当な場所に横になり筵で身体を隠すとすぐに魂を抜けさせて後ろをついて行った。
やがて、その男の正体が娘の兄だと知れると男は胸をなで下ろして体へと戻っていった。
しかし、戻ってみると確かにそこに置いておいたはずの自分の体がどこにもない。それもそのはずで、男が横になったのは商家の荷車の上だったのだ。
どこに行ったのかも分からず、人にものも尋ねられない男は江戸市中を彷徨い続けた。
魂だけでなく、間も抜けている男のお話だそうな。
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