飛頭蛮の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
江戸の町にぐうたらでいい加減な男がいた。いい歳になるというのに、職につかず日々をぼうっと過ごしている。
そんな男も、ある日友人が結婚をしたのをきっかけに自分も妻を持ちたいと考えるようになった。しかし性根が腐っているので、職について女房子供を養うなどとは考えが至らなかった。いっそ金持ちの家の娘に見初められて婿にでもなり、ぐうたらに暮らしていけないものかと夢想する始末である。
そんな事を考えていると、不意に親戚の叔父から呼び出しがあった。何でもさる大店の一人娘が婿を探しているというのだ。器量気立ても申し分なし、大店の一人娘とくれば暮らしぶりも裕福であると男はその縁談話に飛びついた。しかし、そこまで上手い話はなく、この娘にも一つ傷があった。
叔父は言う。
「その娘さんという方がな、夜中になると首が伸びるそうなのだ」
「ええっ? それって・・・いわゆる『飛頭蛮』ってヤツですかい?」
「ああそうだ。今までいくつかまとまりそうになった縁談があるそうだが、皆この話を聞くとなると気味悪がって流れちまう。そこいくとお前は世間からずれているし、人様が怖がるようなものを一緒になって恐がるようなまともな神経をしていないだろう」
「ひでえ言われようだな」
確かに少々気味悪がった男だったが、その首が伸びるという事にさえ目をつぶってしまえば願ったり叶ったりの縁談と思った。ましてや首が伸びるのが夜だけであるなら、早々と眠ってしまえばあってないようなもの。男はこの話を二つ返事で承諾したのだった。
◇
まさか結婚など出来るモノではないと思っていた両親を始め、親戚一同が手放しで男の婚礼を喜んだ。そして娘の親類の方でもようやく婿取りができたと盛大な式を用意してくれたのだった。
そして、諸々が終わり初夜を迎えることになる。疲れと酒の酔いのせいで二人はすぐに眠ってしまった。
しばらくして、男は便所に行きたくなりふと目を覚ました。
すると。
隣で寝ている女の首はひょろひょろと伸び、部屋の中を何週も回って空に浮かんでいた。
それを目の当たりにした男は、やはり気味が悪くなり夜中であるというのに着の身着のまま叔父の家に駆けていった。ドンドンと戸を叩き、文字通り寝ている叔父を叩き起こして中に入れてもらう。
「首が、首が、首が伸びやがったよ、本当に」
「何を言っていやがる。お前はそれを承知で結婚したんだろう」
「そうだけど、聞くと見るとは大違いっていうのは本当だよ。あんなに気味に悪いものだとは思わなかった。俺は無理だ、家に帰りたいよ」
「そうは言ってもな、お前のおっかさんもおとっつあんもようやくお前が所帯を持ったと喜んでるんだ。その内、孫の顔を見せてくれると思って首を長くして待ってるんだぞ」
「なら、家にも帰れない」
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