黒塚の噺
神亀丙寅の年。
紀州から旅に出ている僧侶が安達ケ原に差し掛かった頃、日暮れまでは猶予がある時刻にも関わらず夜になってしまった。灯りの類を持っていない僧侶は困ってしまったが、幸いにも炎の光を漏らす岩屋を見つけた。
岩屋には老婆が一人きりで暮らしており、事情を聞いた老婆は快く僧侶を泊めてくれることになった。
すると老婆は二人で過ごすには薪の数が心細いというので、外へ薪拾いに出て行った。その際に奥の部屋だけは決して覗かないでくれと釘を刺された。
ところが僧侶は好奇心から、ついつい言いつけを破り奥の間を覗き見てしまったのだ。そして彼は身の毛もよだつ思いになる。そこには鼻が曲がらんほどの死臭が立ち込めていた。そして数十人分の人間の骨が山となっている。
ここで僧侶は安達ケ原の鬼婆の伝説を思い出した。先の老婆こそが旅人をかどわかし人肉を貪る鬼婆に違いないと確信した僧侶は、慌てつつもこっそりと覚られぬようにその場から逃げ出したのだった。
◇
やがて戻って来た老婆は、僧侶の逃散に感づくと正体を現しそれを追いかけた。
まるで風のような速さであった。
僧侶はすぐ後ろまで迫る鬼婆の顔を見ると、自らの荷の中に一体の観音像があることを思い出した。一心で観音像に祈りを捧げると、不思議な事にその観音像が空へと浮かび上がり、光明と共に弓矢を構えた。放たれた矢は見事鬼婆の眉間に突き刺さり、とうとう絶命してしまった。
辛うじて命拾いした僧侶は、朝になってからこの鬼婆を弔ってやった。阿武隈川のほとりに弔われた鬼婆の墓はそれから『黒塚』と呼ばれるようになり、噂が流布するにつれこの鬼婆そのもののことを黒塚と言うようになったそうな。
◆
観音様のご威光やら、巷を騒がせていた鬼婆退治の物珍しさから噂が噂を呼び、この黒塚には全国から数多くの参詣人が訪れた。
多くの出店がならび、旅籠や茶屋などが多く立ち並ぶようになったが、半年もしない間にパッと人の足は途絶えてしまった。
商いを目的にしていた商人たちはすっかり消沈している。
「まさかこうも早くに客足が途絶えるとは・・・」
「黒塚の伝説だけあって、ツカノマの盛り上がりだったな」
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