姥ヶ火の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
大阪は河内の枚岡に一人の年老いた女の泥棒がいた。この老女、老いているとはいえ長年培った盗人の手練は中々のもので、この年になるまでただの一度も捕まったことがなかったのだ。
ところで、この老女はかつて泥棒の手ほどきを受けた師から一つだけ堅い約束をしていた。それは「どれだけ窮したとしても、決して油を盗んではならない」というものだった。
老女はこの年になるまで、その約束を守ってきていた。
◇
ある年の事。
その年は長の不漁や不作続きで、種草からも魚からも油が取れずかつてないほどの値上がりを見せていた。少量の灯火油であっても、かなりの高値で買い取ってもらえることに目をつけた老女は、師との約束を反故にして方々に盗みに入っていた。
数日かけて目ぼしいところから油を盗った老女は、最後に平岡神社から油を掠めた。
ところが。
どういう訳か、すぐに役人に嗅ぎ付けられ、老女は捕らわれることになってしまった。すぐさま逃げ出した老女であったが、川べりを遁走しているうちに足を滑らせてしまう。夜中で目の利かぬ役人たちは、皮に落ちた老女を助けることも出来ず、とうとう溺れ死んでしまったという。
その時、老女の今までの盗みの罪に罰が当たり、魂は死後の世界に行くことを封じられてしまった。行き場を失くし、魂だけとなり果てた老女はやがて火に包まれ『姥ヶ火』という妖怪と化してしまう。
こうして姥ヶ火は、未だに盗みの罪を許してもらえずに、溺死した河川のほとりを彷徨っているのだ。
◇
彷徨いながら姥ヶ火は考える。
今まで、決して感づかれることはなかったのに、何故油を盗んだ時に限って役人に見つかったのだろうか、と。
その時、にわかにかつての師の声が何処からともなく聞こえてきた。
「だから、油にだけは手を出してはならんと言っておいたものを」
「一体どうして、こうなってしまったの?」
「油を盗めば、すぐにアゲられるからに決まっておろう」
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