文車妖妃の噺
付喪神はこれでおしまいです。明日からはまた別のテーマの妖怪をお届けしようかと思います。
後の世で鎌倉と申した時分のお話。
ある男に身分違いの恋をした女がいた。とある城下のとある寺にある池のほとりで侍に恋心を抱いてしまったのだ。情愛を抑えきれぬ女は思いの丈を手紙にしたためたのだが、どうしてもそれを渡す術を思いつかなかった。
幾日も悩み、想いだけが募る日々が過ぎていったのだが、ある日にその男の住まう屋敷の奉公人と知り合う機会に恵まれた。女は無理を押し通して、手紙を男に届けてもらうように頼み込んだのだった。
奉公人の助けもあって、ようやく女は想いを伝えることができたのである。
男はすぐに手紙の返事をかいた。
実を言うと、この男も同じく池のほとりで出会った女に一目ぼれをしており恋煩いをしていたのだ。男は奉公人に頼んで返事をすぐに届けさせた。
その文にはこう書かれていた。
「身分の違う者同士が結ばれるには互いに家を捨て駆け落ちするしか術がない。三日後の夜、二人のあった池の前で落ち合いましょう」
◇
従者は、その手紙を渡す前に書面を盗み見てしまった。そしてこれは一大事と、女に渡す前に男の親にそれを打ち明けたのである。
男の両親は当然ながらそれを認める訳には行かず、嘘の手紙を新たに作り、それを女に届けさせた。女は悲しみに打ちひしがれ、とうとう心も体も病み息を引き取ってしまった。
この時の女の無念が、先の恋文に乗り移り一つの妖怪が生まれた。その怨嗟のまま動き始めた妖怪は自らを『文車妖妃』と名乗り、あろうことか男を逆恨みして呪い殺してしまったのだ。
大切な息子を殺された男の両親は怒り狂い、この妖怪を退治するためにあらゆる手段を用いた。幾人もの屈強な侍や退魔師を雇いけしかける。始めのうちはそれを退けていた文車妖妃もやがて、精根尽き果てる時がやってきてしまった。
止めを刺そうという刹那。全ての事情を知っていた退魔師が文車妖妃に語り掛けた。
「何故、想い人を殺してしまったのだ。無念は分かるが他に道があったろうに」
「想いをしたためた文を違えるようなことをしたからですよ・・・だから私も道を踏み違えたのだ」
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