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怪談 しゃれこうべ  作者: 小山志乃
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骨女の噺

 東京を江戸と申した時分のお話。


 あるところに、それはそれは顔の醜い女がいた。


 その醜さの評判は留まることを知らず、町内はおろか、江戸の町においても名高かった。


 そんなものだから、見合い縁談話などは名前が挙がっただけで破談になり、断られた数を数えれば江戸に住んでいる男が何人なのかが分かるとまで言われていた。


 ここまで男っ気がないと、女の性格も中々にひねくれていた。


 そうして世の中になんの望みもないと悲観した女は、とうとう自ら命を絶つことにしたのである。


 決意の夜。


 両親へ先立つ不孝を詫びる手紙を部屋に置くと、そっと気が付かれぬように家を抜け出した。


 ところが肝心の命を絶つ方法を全く考えていなかったのだ。とぼとぼと、あてもなく歩いていると、近頃になって化物が出てくるという噂のある森が見えるところまでやって来た。


 こうなればいっそ化け物に食われるのも一興か。


 そんな思いで、女は森の奥へと入って行った。



 月明かりが、かすかに目の前を照らすばかりである。


 茂みをかき分け進んで行く。するとその時、女は明らかに自分の出す物音とは違う気配が、後ろから付いてきている事に気が付いた。


 こんな夜更けに人間がいるはずがない。いや、例えいたとしてもまともな神経の人間とは思えない。死ぬのを決め込んでいたが、人の本能というものには簡単に逆らえるものではなかった。


 途端に背筋がゾーッと寒くなり、思わずその場から駆け出した。


 ところが。


 気配は後を付いてくる。やがて息が切れ足が止まると、辺りはしんっ…と静まり返っている。恐る恐る振り返っても、そこには何もいない。ホッと胸をなで下ろし、前に向き直ると腰を抜かすほど驚いた。


 目の前には骸骨が立っている。カタカタと音を立てながら、それは女に近づいてきた。女はあまりの恐怖に口がこれ以上開かぬほど大きく開けたまま固まっている。


 ◇


「なんだ、人間を襲おうと思ってたのに、同じ化け物の方でしたか」

「なんですって。失礼な骸骨ね」


 今までの恐怖は何処へやら。女は化け物からの化け物呼ばわりに激昂して答えた。


「よく見なさいよ、ちゃんとした人間でしょう」

「またまた・・・おや? ようく見ると、辛うじて人間ですねぇ。けど人間の娘さんが、こんな時分に何をしているんです」


 女は自分の今までの経緯を骸骨に言って聞かせた。


「ははあ。それで死ににやって来たということですな。けどね、老婆心ながら忠告しますけど、こんな夜更けにこんな場所で怨みを残して死んでしまうと、どうなるか分かりませんぜ。あっしみたいに妖怪になってしまうかも」

「妖怪? 上等じゃない、こちとら元々そのつもりで来てるのよ。妖怪だろうなんだろうが成ってやって長屋の連中、全員祟り殺してやるんだから」

「あっはっは。そいつは景気がいいや。いや、むしろ悪いのか」


 骸骨は、さも愉快そうに女を囃す。


「まあ、死ぬと決めているのならお急ぎなさいな。決心が揺らがないうちにね」

「言われなくたってそうするわよ」


 興奮さめやらぬ女は、骸骨を放って更に森の奥へ進もうとする。そんな女に骸骨は、また声をかけてきた。


「ああ、アネさん」

「何さ。今更引き留めたって遅いわよ。アタシの決意は固いんだから」


 そんな言葉に返ってきたのは、鼻で笑った息遣いだった。


「なにを仰います。人間が死ぬのを引き留める化け物なんて居やしませんよ。もし飛び降りがいいんだったら、この先に崖がありますから。入水が良いって言うんなら、少し歩きますけど沼もあるし。ああ、そうだ。首吊りがお好みでしたら、ここ右に行ったところに乙な松の木があるんですよ。枝ぶりが太いから、アネさんの体格でも大丈夫でしょう」


 骸骨は半笑いしながら、死ぬのに丁度いい場所をアレコレと指南しだした。

 そんな様子に女は更に苛立ちが募った。


「余計なお世話よ。自分の死に場所くらい、自分で決めるんだから」


 と、啖呵を切って足を踏み出した…ところまでは良かったのだが、踏み出した先が悪かった。

 なぜかそこだけ泥濘(ぬかるみ)になっており、勢いづいていた女の足はお手本のように取られてしまい、そのまま宙をまった。そして頭の打ち所もまずかった。


 こうなると人間は呆気ないモノである。


 しかし、この女の息絶えた場所が人目につかぬところであったので、中々遺体を見つけてもらえない。森の獣や虫たちに死肉を食われ、雨風に晒されているうちに、見事なまでに骨だけになったしまった。


 ◇


 すると。


 その女の骸骨が一人でに動き出したではないか。


 あの骸骨が言っていた通り、女は妖怪として生まれ変わっていた。


 これが妖怪「骨女」の生まれた経緯である。


「あ痛たた」


 女は骨だけになったとは露知らず、皮の無くなった頭を肉の無くなった手で押さえながら起き上がった。まだ、自分が骨になっているとは気が付いていない。


 しばらくは脳みその無くなった頭で記憶を反芻しながら、ぼんやりとしていた。そうしているうちに、自害しようとこの森にまで出向いてきたことを思い出す。


「そうだった。アタシ、死にに来たんだったわ」


 と、呟いてから立ち上がろうとした時、ようやく自分の身に起こっている異変に気が付いたのだ。立とうと地についた手が、やけに細く、そして白い。掌と甲とを互いに見比べ、何度もひっくり返している。


「…アタシ、骨になってる」


 やがて、そう結論付けた。


「あの骸骨が言っていた通り、妖怪になっちゃったんだわ・・・けどどうしましょう、骨になったのなんて生まれて初めてだし・・・・・・そうだわ。あの時の骸骨を見つけてこれからどうすれば良いか相談に乗ってもらいまいましょ」


 骨女は決断するや否や、すくっと立ち上がり骸骨を探して森の中を彷徨い始めたのだった。けれども目的の骸骨はすぐに見つかった。


「あ、あの二人連れで歩いている骸骨の片方・・・頭のヒビの入り方が間違いないわ」


 骨女は駆け寄って、骸骨たちに声をかけた。


「はいはい・・・」


 振り返った骨たちは、どういう訳か驚いた様子である。


「・・・いやあ、こんな別嬪さんに声をかけてもらえるなんて、俺っちも隅に置けないね。どうか致しましたか、お嬢さん?」

「何をすましているのよ。ねえ、知らない顔って訳じゃないんだから助けになってくれない?」

「おいテメエ。いつの間にこんな別嬪と知り合ったんだよ、俺にも紹介してくれよ」

「いや俺もね、何が何だか分からないんだよ・・・どっかでお会いしたことありましたっけ?」


 骸骨はまるで初対面の相手に声を掛けられたように困惑している。


「ありましたっけって・・・ああ、そうか。アタシも骨だけになっちまったから分からないかい? ほら、いつかこの森に死にに来て、問答やった女がいたでしょう、あの時の」

「ええ!? あの時のアネさんでしたか。驚いたぁ・・・転んでおっちんだまでは知ってましたが、えらく別嬪さんになっちまって」

「あのさ、さっきから言っているその『別嬪さん』っていうの気恥ずかしいからやめてくれないかい。嘘でも言われたことないから」

「いやいやいや、冗談じゃないですって。確かにその骨の上に肉がついていたときは世辞も言えねえくらいの酷いもんでしたけど、中々どうして、えらく別嬪の骨だったんだねぇ」


 そう繰り返される、慣れぬ褒め言葉も、真に迫って何度も言われるといい加減受け入れてしまう。骨女は身体をくねらせながら照れを必死に隠す。


「な、なにさ。そんなこと言って。そんな大したもんでもないでしょうに」

「とんでもねえ、本当ですって。ほら、お前も言ってやれよ」

「そうですよ、アネさん。その上に肉が付いてた頃の話は知りませんがね、アネさんは骸骨から見たらこの上ないくらいの別嬪なんですよ。色は白いし、襟元から覗かせる鎖骨がまた色っぽいなぁ」


 などと、骸骨たちは俗っぽさなど微塵も隠さずに骨女を口説き始める。


 骨女もそう褒め囃されて悪い気などは起きる訳も無く、生まれて初めて、もとい死んで初めて女として男から口説かれる喜びに浸っていた。


「あ、そうだ。これから骸骨妖怪の集まりがあるんですよ。良かったら付き合いませんか? 仲間に紹介しますよ」


 言われるままに骸骨二人組に連れられて、骨女は森の奥へと進んで行くと、やがて開けた場所にでた。そこでは骸骨たちが宴会を催していた。三味線や琵琶を弾く骸骨、それに合わせて歌う骸骨に踊る骸骨、見る骸骨。それぞれが思い思いに楽しんでいる。


 骨女がその中へ入って行くと、途端にざわめきが起こり、それが瞬く間に広がった。ところどころから「あの別嬪はどこの骸骨だ」、「あんな綺麗な頭蓋骨は見たがことない」、「すっかり骨抜きにされちまった」と声が聞こえた。


 骨女は瞬く間に人気者になった。一月も経たぬうちに、三桁を越える男骸骨連中に甘い言葉を囁かれ、その内とうとう理想の骸骨が現れて、あれよあれよという間に婚約するまでに至っていた。


 幸せの絶頂とはまさにこの事であった。


 ところが。


 結納を来月に控えた、ある夜。幸せそうに眠る骨女のもとに忍び寄る怪しい影があった。


「・・・ちょっと起きなさいよ」


 そうやって乱暴に起こされた骨女は、どぎまぎしながら自分を起こした者を見、そして叫んだ。


「化け物ーっ」

「誰が化け物よっ。よく見なさい」


 骨女はじっと声の主を見た。そこにいたのはよく見知った顔である。そして、かつては死んでも見たくないと心底願った顔でもあった。


 枕もとに立っていたのは、肉の方の自分であった。


「あら。よく見たら肉の私じゃない。久しぶりね、元気だった?」

「何、暢気なこと言ってるのよ。アンタのせいで、エライ目に遭ってんだから」


 と、肉の自分はやたらと腹を立てていた。しかし骨女にその理由は全く分からない。


「ちょっと待ってよ。どういう事よ?」

「どうもこうもないわよ。あの時、足滑らして一先ずは思惑通り死ねたわ。けどそのあとあの世の入り口に行ったら、追い返されたのよ」

「どうして?」

「なんでもね、肉と骨とが別々なのがよろしくないそうなの。あの世とこの世に同じ人間が二人いるって事になるでしょう。だからアンタもさっさとあの世に行く支度をしてちょうだい」

「え? 冗談言わないでよ。悪いけど私はあの世に行く気なんて更々ないから」

「はあ? そっちこそ冗談言わないでよ。これ以上苦しまないように死んだってのに、何で死んだ後にまで苦しまなきゃなんないのよ」


 女たちの口論は次第に激しくなっていく。


「そりゃ悪いなとは思うけどさ。今はどうしてもあの世に行けない理由があるのよ」

「どんな理由よ」

「実はね・・・私、来月に結婚するの」


 と、骨女はもじもじと照れくさそうに言った。誰に教わった訳でもなく、可愛らしい仕草というのが、いつの間にやら骨の髄まで染みていた。


 が、相手が男ならいざ知らず、目の前にいるのはそんな可愛らしい女を憎んで死んだ女である。


「けけけけっけ、結婚!? アンタ、肉のアタシを差し置いて、どこの馬の骨と結婚しようっていうのよ」

「何言ってるの。ちゃんとした人の骨と結婚するのよ」


 そんな余裕たっぷりの骨女の態度に、肉の自分はとうとう怒りをあらわにした。


「ふざけんじゃないわよ。どうせ働きもしない、碌でもない男なんでしょう?」

「勝手なこと言わないで頂戴。骨身も惜しまず働く良い骸骨なんだから。私の目に狂いはないわ」

「しゃれこうべのどこに目があるって言うのよ! とにかく、結婚なんて許さないわよ」

「別にアンタに許してもらわなくても結構よ。そうやってね、周りを僻んでばかりいたから生きてるうちに誰の相手にもされなかったんでしょう、この醜女(しこめ)


 その言葉を引き金に、とうとう肉の自分の顔はまさしく醜女となった。


「なんですって、言わせておけば。元はと言えばアンタの上にくっ付いていた肉と皮じゃないの!」


 言うが早いか、肉の自分は骨女に飛び掛かり馬乗りで殴りかかって来た。とは言え骨女もやられっぱなしで黙っている程、やわな骸骨ではない。


 この殺す殺せの大立ち回りの騒ぎは森中に響き渡った。あまりの騒々しさに、近くにいた骸骨たちが何事かと様子を見にやって来た。


「見てみろよ。世にも珍しい、肉と骨との喧嘩だよ。あーあ、あんなに誹りあって醜いものだね」

「そうだな。アレが世にいう、骨肉の争いだ」


読んでいただきありがとうございます。


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