白溶裔の噺
井戸の茶碗、ボロ屋の雑巾
東京を江戸と申した時分のお話。
陸奥の国の田舎村に大変な長者が住んでいた。物を大事に使う事を何よりも心掛けており、布きれ一枚であっても粗末に扱うことはなかった。
その家の台所に、ぼろぼろになった一枚の雑巾があった。
この雑巾、長い年月を経る間に妖力を身に着け『白溶裔』という妖怪へと化していたのである。
◇
ある日の事。
この長者の家に押し込みの強盗が入った。手に刃物を持ち、寝ている長者を起こすと、金目の物を出すように脅してきた。
歯向かってはいけないと、長者は大人しくしたがって金子を用意し始めたのだが、その時異変が起こった。
どこからともなく、一枚の雑巾が飛んできて強盗の顔面に覆いかぶさった。息が詰まり、偶に鼻に入る空気も悪臭が伴っているので、強盗は堪えきれず逃げ出してしまった。
使い古しの雑巾が命を救ってくれたということで、長者はますます物を大切にするということに磨きがかかった。
◆
それからしばらく。
長者は命の恩人たる雑巾で物を磨くのが習慣になっていた。先日も金に苦心している侍から仏像を高値で買い取ってやったのだが、それが妙に気に入り、丁寧に磨いていた。
すると、ふとした拍子に仏像の台座の紙が剥がれて中から五十両もの大金が落ちてきた。
長者はすぐさまに仏像の前の持ち主である侍を尋ね、事情を話すと出てきた五十両を直ちに返そうとした。だが、侍はそれに応じなかった。
「身共はあれを売った時に既に代金を頂いた。今更アレから小判が出てこようともそれは受け取れぬ」
◆
強情な侍に長者は頭を抱えた。長者としても安々と受け取るには憚られたし、侍も侍で困窮していたのは事実であり、少々後悔していた。
すると侍の方で妙案を思いついた。
この侍には一人娘がいたのだが、この娘を長者の家で嫁に貰ってくれるのなら、その支度金としてその五十両を受け取ろうというのである。
長者はその提案を快く承諾した。
◇
「これは、まだまだ未熟な娘だが一通りのことは仕込んである。磨けば更によくなるだろう」
「いえいえ、磨くのはよしておきましょう。また小判がでると厄介です」
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