囲碁の精の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
とある旅人が雪で足を止められ、急遽宿を取ることになった。運よく部屋に空きがあり、泊まる分には問題はなかったが予定外の事であったので旅人は暇を持て余していた。
そんなとき、部屋の中をふと見ると一人きりの老人が碁盤に石並べをしていた。
旅人も大層、碁の好きな男であったのですぐに意気投合して碁に興じた。
すると旅人はすぐに異変に気が付いた。自分でも驚くほどの速さで碁の腕前が上達しているのである。そして、それは相手をしているこの老人のせいであることにも気が付いていた。
こちらの実力を上手く伸ばす様な老獪な打ち方であるのだ。今まで打ってきた中で誰とも比することのできない腕前である。
「ほっほっほ。よい腕ですな」
「いえいえ。私などは足元にも及びませぬ・・・あなたは一体、何者でいらっしゃいますか」
「何者というほどでもない。が、人間はワシのことを『囲碁の精』などと呼ぶのう」
囲碁に限らず、器物の精霊と言うものはそれを好いている者のもとに現れやすいと言われている。そして、日々の修練の成果としてその道の極意を授けるという。
◇
明くる日も雪が止まずにいたので、旅人は囲碁の精の手ほどきのもと、碁に夢中になっていた。
ところが、同じく雪で足止めを食らった宿泊の客が、同じく碁が好きと見えて岡目八目を決め込んでいた。が、その男は無作法で横から口出しをしてくるのである。
始めの内は愛想笑いなどで交わしていたのだが、次第に苛つきも募ってしまったのが。囲碁の精が低い声で言った。
「あなたも碁がお好きなようですな」
「分かりますか。そりゃもう碁には目がないんです」
「囲碁をご覧になるなら、目よりも口なしでお願いいたします」
読んでいただきありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどして頂けると嬉しいです!




