画霊の噺
東京を江戸と申した時分のお話。
江戸の古道具屋に一枚の掛け軸が入って来た。それは幽霊画の掛け軸であった。そこに描かれた女は幽霊とは言えどもかなりの美人であったので、店主は買い手が付きやすいようにと、人目の付くところにそれを飾っていた。
その甲斐あって、掛け軸はすぐに買われることとなった。
しかし、買い手の男は如何にも金も教養もなさそうな、しがない山男であった。たまたま町に食料などの買い出しに出てきている最中、この絵に一目ぼれしてしまったのだと言う。
店主はどういう訳か、男に掛け軸を渡さなければならない様な気持ちになった。金も泥吉と名乗った男が今出せるだけで構わないと言い、売り払ってしまった。
泥吉は古道具屋を出ると喜んで掛け軸を抱え山小屋へ戻った。小屋に着けば、何はさておき早速掛け軸を眺めて楽しんだ。泥吉は正しく、この絵に惚れこんでしまっていたのである。
描かれた女の見事なこと。今にも動き出しそうな、という言葉はこういうことであろうと泥吉は思っていた。
やがて夜になり、酒などをちびちびやっていると、いよいよ眠気が出てきた。
泥吉は古道具屋に教わった通り、絵が傷まないように優しく軸を巻き、丁寧に箱にしまった。
◇
寝床の支度を終え、灯りを吹き消そうかと思った矢先。外から誰かの声が聞こえてきた。
「もし」
こんな山の中で誰かが訪ねて来る事など滅多にない。それも若い女の声ともなると、泥吉は少々慌てた。
「だ、誰ですかいのう?」
「旅の者でございますが、どこで道を間違えたか・・・山中を彷徨っているうちに日がすっかり暮れてしまい難儀しております。どうか、一晩泊めて頂けませんか」
「それは御気の毒に。狭いところですが、どうぞ中に」
そうやって小屋の中に入ってきた女の顔を見て、泥吉は驚いた。今の今まで自分が眺めていた掛け軸に描かれている女のそれと瓜二つだったからだ。
泥吉は、何かの因果を感じて、女に掛け軸の絵を見せたのである。すると、女は徐に毎夜決まって見る夢の話を語り出した。
◇
夢の中に出てくる家に一本の掛け軸があったのだという。長年、人の目に晒されているうちに、その絵は魂を宿し『画霊』という妖怪へと転じた。その絵には一つの執念があったという。
その執念とは、持ち主の男に対する恋心であった。
しかし、絵と人間とが結ばれる通りがなかった。それでも画霊の思いは消えることはなかったのだ。
「どうしても今生で結ばれぬというのなら、私は必ず人間として生まれ変わって参ります。幾度生まれ変わろうとも必ず、あなたと再会を果たしましょう。そして、私たちが同じく人間同士に生まれる世であったなら、必ず結ばれましょう」
そう言い残したというのである。すると男の方は、
「わかった。ならば私はどんなことがあろうとも、お前の描かれたこの絵を手放さずに持っている。いつか再開する時、この絵を持っている事を何よりの証としようぞ」
と、約束したのだそうな。
掛け軸は、それから女の家で大事に保管されていたのだが、数年前にちょっとした手違いで人の手に渡ってしまったのだという。
それを泥吉が買い求め、こうして女と巡り合えたのは偶然だとどうしても思えなかった。
◇
しばらくは話し込んでいた二人であったが、やがてはどちらからともなく手を取り合った。
こうして、二人は結ばれた。
◇
この事はすぐに麓の町にも伝わり、美談として噂になった。
「絵とは言えども、執念ていうのは恐ろしいね」
「けど、こんなのは昔からある話じゃないか」
「そうかい? オレは初めて聞いたけど」
「いやいや、昔っから言うだろう? 『画霊転生』ってな」
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