飯笥の噺
沖縄に伝わる杓文字の妖怪に『飯笥』というものがある。
杓文字とはいうまでもなく、茶碗に飯を盛るときに使う道具である。
沖縄でも器物に魂が宿り、化けるものだと思われており、飯笥もつくも神の一種であると考えられている。沖縄では、子どもでも知っている妖怪だったので、誰も古くなった杓文字や食器を粗略に扱わなかった。
飯笥は夜中になると勝手に動き出し、物音を立て家人をからかったり様々な悪戯をするという。
◇
ある寝苦しい夏の夜。
男が外から聞こえて来る賑やかな音楽に気が付いて、目を覚ました。どこから聞こえて来る音楽なのかが気になり、フラフラと外へ出かけた。
耳を頼りに夜道を歩いて行くと、いつしか海岸沿いに出た。
そこでは何人もの若い男女が楽し気に宴を開いていた。酒が回っているのか、誰もかれも、帯が緩み着物がはだけている。しかし、それを気に留める者はいない。
その内、誰かが木の影に隠れて様子を見ていた男に気が付いた。宴に入らないかと誘われた男であったが、何故か顔を曝したくはないという気持ちになり、持ってきていた手拭いで頬かむりをして、その中に加わった。
一晩中、飲み食いをし、踊りながら過ごしていた。
やがて夜明けが間近になると、その男女たちは一人、また一人と姿を消していった。男は酒のせいもあって、やたらと強いに睡魔に襲われた。そしてそのまま砂浜で寝入ってしまった。
やがて男は目を覚ました。
すると。
そこには、夥しい数の杓文字が散らばっていたのである。
「昨日のあいつらは飯笥だったのか・・・」
◇
男はすぐさま家に戻ると、親兄弟たちに自分の身に起こった事を言って聞かせた。だが、誰一人として夢の話だろうと信じてはくれなかった。
そこで、家族全員を昨日の砂浜に連れて行くことにした。あれだけ散らばっている杓文字を見せれば、きっと信じるだろうと男は思った。
だが。
いざ、浜辺についてみると、あれだけあった杓文字は一本残らず消え失せていたのである。
まるで狐につままれたかのように呆然としている男に向かって、父親が言った。
「はっはっは。飯笥が宴などするものか。杓文字のお化けとは言え、話を『盛り過ぎた』な」
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