加牟波理入道の噺
「前の話の前書きで、締めくくると書いたな。アレは嘘だ。」
折角の大晦日ですので、大晦日に関わる妖怪の話を急いで書き上げました。
読後は、是非お試しください。
東京を江戸と申した時分のお話。
とある町内に物知りの隠居が住んでいた。しかし、いくら物知りとは言っても人間一人の知識などたかが知れている。当然世の中には知らぬことの方が多い。
だがこの隠居、皆に物知りと持て囃されるうちに、知らない事でもつい「知っている」と嘯いてしまう癖がついていた。
ある大晦日の日。
男が一人、隠居の知恵を借りようと尋ねてきた。
「ごめんください。ご隠居はいますか」
「おお、粂ではないか。まあ立ち話もなんだから上がっていくといい」
粂と呼ばれた男、正しくは粂八といって少々頭の鈍いところがあった。それでも好奇心は旺盛で、よくこの物知り隠居を尋ねてくる。得意がって知識を披露すると、素直に関心して褒めくれるので、隠居は粂八を大層気に入っていた。
「それで。今日はどうしたんだ」
「へえ。またつまらないことが気になりまして、自分で考えてみたんですがどうにも埒があきませんで・・・もうご隠居の知恵に縋ろうかと」
その言葉に隠居の顔は思わず綻んだ。
「そうかそうか。まずは自分で考えたというところが偉い。それでも分からぬというのなら、私が知恵を授けよう」
「ありがとうございます」
「それで、何が分からない?」
「それがですね・・・」
粂八は徐に語り始めた。
◇
粂八はここから三町ほど離れた長屋に女房と一緒に住んでいる。大晦日と言う事で、女房にうるさく指図され大掃除をしていた。粗方の掃除が終わった頃、粂八は便所に行った。長屋の便所は外にあり、そこに住んでいる者が共同で使うことになっている。
ところが、いざ便所に辿り着くと長蛇の列を作っていたのだ。
まさか皆で腹でも下したのかと思いながら、しぶしぶ一番後ろに並んだ。自分の晩まで我慢できるかと心配していたのだが、列はどんどんと進んで行く。ようやく便所の扉が見えるくらいになると、並んでいた連中は便所の戸を開けても中に入らず、何やら呪文のようなものを唱えていた。
さて。残すところ前はあと三人というところまで差し掛かった。ここまでくると遠かった声もはっきりと聞こえるようになる。
『加牟波理入道、ホトトギス』
長屋の連中は皆、そんな呪文を決まって三遍唱えていたのだった。
一体、何のおまじないだ?
用を足した粂八は、長屋の友人に理由を尋ねてみた。
「お前、知らねえのか? 大晦日に『加牟波理入道、ホトトギス』って呪文を唱えるとな、厠から人間の生首が落ちてくるんだよ」
まさかの怪談話に、肝の小さい粂八は飛び上がって驚いた。友人は笑いながら続ける。
「落ち着けよ、この話には続きがあるのさ。その生首をな、着物の褄に入れて家に持ち帰ると途端に小判に変わるんだとよ。まあ誰もそんな話をまともに信じちゃいないが、ひょっとしたら少しくらいご利益があるかもしれないだろ。小判は無理でも唱えるだけで一文も貰えりゃ万々歳よ。だから、ああして皆で呪文唱えてるのさ」
◇
こんな具合に、粂八は隠居に今日あった出来事を話した。
「ああ、それなら知っている。加牟波理入道という妖怪の話だな」
「あ、やっぱりご存じで?」
「そりゃあ、そうだ。誰だと思っているんだ」
「いや、心強いですな。聞きに来てよかった」
「それで? 何が分からないんだ?」
「ホトトギスってなんですかね?」
「何だ、ホトトギスも知らんのか。ホトトギスというのは、ヒヨドリより少し大きいくらいの鳥でな、中々に趣のある声で鳴くのだ。鳥にしては珍しく夜に鳴くことも多くて、特に一年で一番初めにホトトギスが鳴く声を忍音と言うんだが、これをいち早く誰よりも先に聞こうとする風情ある遊びもあるくらいなんだぞ。それにだ、かの織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人の天下人の人となりを、ホトトギスをどう鳴かすのかで例えた川柳もあるだろう。鳴かぬなら…」
「いえ違うんですよ、ご隠居。あっしがいくら馬鹿だからって、ホトトギスくらいは知ってますって」
「何だ、知っているのか。じゃあ、何を聞きたかったんだ」
「いやですからね。あっしが聞きたいのは・・・」
粂八の抱いた疑問とは、呪文の中に出てくる加牟波理入道とホトトギスとの間に一体、何の関係があるのかという単純明快なものであった。
「知ってますか、ご隠居」
勿論、そんなことなど隠居は知る由もない。だが、ここで「知らぬ」とは言えぬ悪い癖が出てしまった。
「…ああ…勿論、知っているとも」
そう聞いた粂八は喜んだ。だが隠居は困り果てて唸ってしまった。
なんとか誤魔化して追い返してしまおう、その一心で隠居は知恵を働かせた。
◇
「いいか、粂八。『加牟波理入道、ホトトギス』と、確かにそういう呪文がある。けれども、この呪文だけで考えていては、分かるものも分からんのだ」
隠居はしどろもどろになりながらも、そんな風なことを言った。
「どういうことです?」
「その呪文を唱えると、どういうことが起こると言った」
「へえ…確か首が落ちてきて、それを持って帰ると小判になると」
隠居は頷いた。
「そうだ。では、仮にお前の元にそういう事が起こって小判が手に入ったら、どうする?」
「あっしのところに小判がですか? そうですね…まあ、色んな所に借りがあるんでそれを返しますかね」
「それでも、まだ金は余っている。さあ、どうする?」
「じゃあ、女房に新しい着物でも買ってやって、」
「それでもまだまだ金があるんだ。どうする?」
そう立て続けに、金の使い道を聞かれると、粂八は腕を組んで考え始めた。けれど、大した用途は思い付かない。そんな様子に、隠居の方が声を荒げて提案した。
「金があったら、普段よりも上等な美味い物を腹いっぱい食べたいと思うだろう。いや、そう思え」
「思え、と言われましてもね…まあ、確かに金があるんだったら美味いものは食いたいですが」
「そうだろう。そこから先が肝心だ。お前のように普段から碌なものを食べていない者が急に上等なものを食べると、身体が驚いて腹を下す」
「そうでしょうか?」
「口を挟むな、黙って聞け」
粂八は納得していなかったが、しぶしぶと返事をした。
「腹を下すと出るモノが出てくるが、食べたものが上等なら出てくるモノも普段よりは上等だ。そうなると、喜んだのは便所の汲み取りにやってきた百姓だ」
「何か、話がずれていませんか?」
「そんなことはない。現に碌なものを食っていない町人の糞よりも、良いものを食べている侍の糞の方が高値で買われるだろう」
「へえ、まあ」
「だからホトトギスなのだ」
全く以って繋がらない話に、粂八は混乱した。
「相変わらず鈍い奴だな。ホトトギスは良い『声』で鳴く鳥だと言ったじゃないか。上等な糞が沢山あれば、それだけ良い『肥』ができるだろう」
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