9缶目「仮名?」
悩みだすと中々思考の迷路から抜けられない、より奥へと彷徨ってしまう習性……いわば優柔不断ですね。
その傾向が時折自分の身に訪れたと自覚した時、恥じらいを強引にカフェインで洗い流し再スタートを切ります。
数十分後、誠磨が帰宅すると服のサイズ合わせが完了していた。そして靴を脱いで部屋に上がり、台所へ向かう為にリビングの手前を左へ曲がる途中で二人がテーブルに座っているのが見えた。美少女(?)は、サイズ合わせで見繕ってもらった上下一着に着替えた状態であった。
「(早いな、もう合わせてもらったのか。ちゃんとした服を着せてもらっているから、さっきより少し落ち着いているみたいだな)」
隣に粕寺が座っていて、1つのスケッチブックに二人で一緒に絵を描いている。その様子はまるで、歳の離れた姉妹のようだ。
「あ、おかえり~!」
「ただいま戻りました、では下準備から入ります」
粕寺の挨拶を堅実的に返して、台所に入って食材を整理する。
「相変わらず固いわね~、ただいまだけでいいのにーーんじゃあお姉さんはお昼の手伝いしてくるから、好きに描いてて良いからね」
「……うむ」
そう言って粕寺は立ち上がり、台所に入って誠磨の傍に寄って小声で囁く。
「大丈夫、まだあの子に名前言ってないから。名付け親のあなたが最初に呼んであげて」
「ありがとうございます。でも俺は親じゃ……」
「細かいこと気にしないの! あと、あの子今結構お腹空いてるみたいよ?」
「え、つい2~3時間前に朝食ったばかりなのに……(てか、横顔が近いっす粕寺さん……! 良い香りがするし、何か柔いオーラまで漂ってくるし、あぁ~俺の心拍メーターが、あぁ……)」
などと童心丸出しで引くほど気色の悪い思想を浮かべていたところ、粕寺が不思議そうに眺めながら話を続ける。
「きっと食べ盛りなのよ、私も手伝うからーー」
「あ……い、いえ、大丈夫です! むしろ、さっきのようにあの子の相手をしていただけると凄く助かります!!」
「そ、そう? んじゃあの子の傍に行ってくるから、何かあったら呼んでね」
「はい、ありがとうございます!」
誠磨は現在のマンションに引っ越して凡そ一年半経過しているのだが、隣人の粕寺との会話み未だ距離感のズレが生じている。粕寺は誠磨が引っ越しの挨拶に伺って以来、こうしてフレンドリーな話し方で接してくる。誠磨もそこから徐々に堅苦しさが解れてきていたのだが、とあるきっかけから誠磨の方だけ堅苦しさに逆戻りしてしまった。
「(はぁ……粕寺さんの部屋で料理、実に4ヶ月振りか。嬉しいっちゃ嬉しいんだが、一昨日まで殆ど連絡取り合ってなかったせいもあって、変に緊張するなぁ……。にしても、4ヶ月前までの感じと何か違う気がするんだが……気のせいか?)」
誠磨は頭に疑問符を浮かべながら、キャベツとニンジンと玉ねぎをそれぞれ一口サイズに刻んでいく。その間に粕寺はリビングに戻って、美少女の傍へと座る。
「かわいいわね~、何書いてるの?」
粕寺はミユリの手元には、歪んだ丸い輪郭に顔のような丸が3つほどズレて配置されてる絵が描かれている。それについて粕寺がやんわりとした口調で問いかけると、美少女(?)の手が止まる。
「……分からぬ」
「あらら」
「……じゃが、何かあいつの部屋にあった柔らかいやつに似ているような気が……」
「まんまるにかわいいお顔がついてて柔らかい……あ、もしかしてーーこれかな?」
粕寺は90度右へ上体の向きを変えて、そこから2、3歩ほど四つん這いで進みモニター下のラックからパッケージを1つ取り出して元の位置に戻る。
「それもしかして、この子じゃない?」
そう美少女(?)に見せたパッケージの表紙には、6人のファンタジーな格好をしたキャラクターがそれぞれポーズしていた。その中で、粕寺はプニィというスライムのような丸いモンスターに股がる少女に指を差す。
「……彼奴は……あいつの部屋にあったものと似ておるな」
「そうそう! これね、甘巻君からオススメしてもらったゲームなのよ~」
「アイツが? というかゲームとは何じゃ?」
「そっか~、えっとね……このコントローラーっていうものを使って、その画面を見ながらボタンを押して遊ぶものよ」
「ふむ……よく分からん」
「まぁそうよね、じゃあ甘巻君の手が空いた時に一緒にやりましょ! 甘巻君、説明上手だから分かりやすいと思うわよ」
「……」
美少女(?)は無視してプニィらしき絵の横にまた同じ絵を書き始める。
「あ、あはは……(やっぱりまだ早いか~、この状態のまま甘巻君の家に帰したら間違いなく溝が深まるわ……。今日中に何とかしないと!)」
二人がそうこうしているうちに、誠磨が白い大皿に乗せた大盛りの冷しゃぶサラダを運んできた。
「早めに作るということで、簡単なものですが冷しゃぶサラダにしました」
「おぉ~、いいね! ありがとう甘巻君、じゃあ私も運ぶね」
「すみません、お願いします」
粕寺が美少女(?)に一緒に片付けるようやんわりとした口調で言って二人で片付ける。
「(俺ん時は反射的に文句を言い散らかしてたくせに、すっかり懐いてんなぁ……ったく何だこの差は!)」
誠磨が内心で文句を垂れているうちに片付けが終わり、美少女(?)はその場で座ったまま粕寺だけが手伝いに来た。
「私ご飯をよそうね、あの子どのくらい食べる?」
「えっと~、結構食べると思いますよ……?(昨日の夕飯ってか夜中の飯に3人前くらい食ってたからな……俺の分を含めて)」
そうして二人が交互に白飯と箸、そして小皿に入った付け合わせで刻みベーコンと鰹節とゴマを和えたホウレン草のお浸しをテーブルへ運んだ。
「よし、んじゃドレッシングはどれにしよっか?」
「あ、ドレッシングは俺が持って来ますので、座っていただいて大丈夫ですよ」
「はーい」
粕寺が戻ってから、甘巻は冷蔵庫から赤色で艶のあるドレッシングの入ったアルミボールを取り出し、木製の器に半分ほど移してテーブルに運んだ。
「ん、それドレッシング?」
「はい、トマトベースでオリジナルのを作ってみました」
「すごーい! 甘巻君そういうのも出来るんだ~!」
「えぇまぁ、最近ようやく完成したのでご賞味いただければと」
「ご賞味って……それはちょっと堅すぎるんじゃない甘巻君……?」
「え? あ、あははすみません……久々にこうして一緒に食べるので緊張しちゃって……(しまった! 変な言葉使いでドン引きされちまった……。せっかくオリジナルドレッシングで良いとこ見せられたと思ったのに!)」
「まぁいいわ、久々だもんね。んじゃいただきましょ」
「は、はい……」
「……」
三人は合掌し挨拶を済ませてから誠磨と粕寺は箸を、美少女(?)は先が丸く小さめのフォークを手に取る。そして粕寺と誠磨が対面席でその間にミユリを座らせているのだが、ミユリは粕寺側に少し寄っていて大皿から取り皿によそってもらい、木皿のドレッシングに添えられた大きめもスプーンで1杯掬ってかけている。
「甘巻君がここに引っ越してきた日からだから、もう軽く一年半くらいの仲でしょ? そんな堅くなられたらこっちも困っちゃうわ。確かに少し期間は空いたけど……4ヶ月くらいだっけ?」
「え、えぇ……まぁ」
「うん? 4ヶ月前……? 4……ヶ月、4ヶ月前……」
そう疑問符を浮かべながら粕寺は小声で復唱し始め、表情が徐々に凍りついていく。
「……あ! ま、まぁ今回からまたちょくちょく誘いますし、 あは、あははは……!」
誠磨は慌てて気を反らすよう少しだけ声を張って、ぎこちない笑いで何とか意識を呼び戻そうとする。
「え? あ、ごめんなさい、何か急に自分の意識に入り込んじゃって……」
「い、いえいえ……」
「ゴホッゴホッ……おい、急に大声出すな馬鹿者!! あとその笑い方気持ち悪くて虫酸が走るぞ!!」
「悪い悪い……(笑い方は確かに自分でも気味悪い感じがしたが、大声に至ってはお前も同じだろ……!?)」
「あ、これおいしいね!」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
「また作り方教えてくれる?」
「はい、もちろんです!」
「ありがと~」
「いえいえ、まだボールにこれと同じくらいの量が入ってますのでアレンジなり好きに使ってください」
誠磨の作った赤色ドレッシングは、ホールトマトを使っていて汎用性を高めるために使う分だけ取っては酢を少し後がけして完成させる。保存してある分に炒めた挽き肉や刻んだにんにくと玉ねぎを入れてミートソースにすることも出来るので、洋食向けに色々と使えるのである。
「ありがと~、大事に使わせてもらうねーーどう? おいしい?」
粕寺は、食の進みが遅く2口ほどしか手をつけていない美少女(?)に声を掛ける。
「……味がせん」
「ん? 味しない?」
「(……えっ!?)」
誠磨は彼女の様子が体調的な事なのか、それとも非現実的な症状の兆候かの判断に右往左往し始める。前者なら急いで病院へ連れていく必要があるが、後者ならば対処のしようが無く公衆の面前で取り返しのつかない事態を引き起こしかねない。対応に困った彼は暫し硬直する。
「大丈夫? どこか具合でも悪い?」
「……」
「そ、それは一体……いつからなんだ? 昨日か? 今か……!?」
「……のぅ」
美少女(?)の口から、まるで溜め息のような気の抜けた声を漏らす。
「……っ!?」
その声色を聞いた途端、彼は気づいた。彼女がまるで人形のように凍てついた顔で、空虚な視線を目の前の昼食に浴びせていることを。
「……どうした?」
「妾は、……誰なんじゃ?」
「……」
「妾は何故、今ここで飯を食っておるのじゃ……?」
「それは、……お前が部屋を飛び出して、粕寺さんとぶつかったからだろう? (違う……)」
「本当に……それだけなのか? 妾がここにいて、飯を食う理由はそれだけなのか?」
「今までの経緯からしたら……、一応そういうことだろう (違う……! この子が言っているのは、そういうことじゃない!)」
「あ、甘巻君……」
「…… (見るな……、そんな悲しそうな目で俺を見るな!! 分かってんだ、分かってんだよ俺だって……!!)」
「妾は何故、こんな喋り方をしておる? お主らと全く違うのは何故なんじゃ?」
「それは……、俺にも分からん。“お前”と初対面の時からそうだったから、元からという可能性もーー」
「ッ……!!」
美少女(?)はの場から平行に跳躍して誠磨に飛びかかり、胸ぐらを掴んで必死に前後に揺さぶる。
「元とは何じゃッ!? 妾の元とは何なんじゃ!? 何故妾はお前の部屋に居たんじゃ? 何処からか拐ってきたのか? 答えろ!!」
「ち、違う……! 俺は拐ってなんかいない!! お前はあの変な缶のーー!?」
そう言いかけたところで、美少女(?)を引き剥がそうとする粕寺の顔が目に入り言い止めた。
「やめて! 甘巻君はそんなことする人じゃないわ、落ち着いて!」
「(あぶねぇ……、聞こえていないみたいだな。粕寺さんの前であの事を口走ってはいけない、だが他にこの子の出所を証明する手がかりはおそらく持っていない……)」
「おい!! 何とか言えッ!!」
「(自分や周りが落ち着かせようと、安心させようとしていたことが自分自身の違和感と衝突して、反って混乱を招いてしまった……。ならどうしろって言うんだよ……)」
誠磨の心は、まだ彼女に命名する覚悟が決まっていない。仮名で一時的とはいえ、何らかの影響で0の状態に陥ったその子は、他に宛が無い以上付けられた名前を生きていく為に用いていかなければならない。そして、それを呼ばれる身にもならざるを得ない。
依り代として、名付ける身にはその子の生涯を背負う重い責任がある。その子が名前に恥じたり、苦しむことの無いよう誠意を込めた名を付ける必要があり、決して個性優先にニックネーム感覚でつけて良いものではない。
「こんなことをして、妾をどうする気じゃ!!? 何か企んでおるんじゃないのか!!」
「やめて! 甘巻君はそんなことーー痛っ!」
暴れて振りかぶった手が粕寺の顔に当たり、眼鏡が軽く飛んでしまった。それを見て誠磨は手温いことをしていた自身に恥じ、盾受けしていた前腕を伸ばす。そして勢いよく振りかざしてきた小さな握り拳を、平手でしっかりと受け止め掴んだ。
「お、おいやめろ気色悪い! 変態ッ!!」
「俺は……お前とは昨日会ったばかりで、お前の事は何一つ知らない」
「黙れ変態ッ! なら何故、妾はお前の部屋で目が覚めたんじゃッ!!?」
「分かんねぇよ……、そんなの俺だって知りてぇんだよ!!」
「ッ……!?」
誠磨が怒鳴り声を挙げると、美少女(?)が驚いた顔で身体をビクつかせ、暴走を止めて俯いた。
「ーー悪い……俺も混乱していて、まだ色々と気持ちの整理がついてないんだ。けどな、俺はお前に危害を加えるつもりは無いし助けたやりたいって気持ちはハッキリしてる」
「……」
「俺そんな器用じゃないからさ、昨日会ったばかりの子の気持ちをいきなり考えながら対応するために行動なんてそう上手く出来ないんだよ。急ぐ気持ちは分かるけど、名前決めるのだって俺なりに責任と覚悟を持って考えてるからそんなスッと出るもんじゃないんだ」
「……」
「でもな、実はお前が寝ている間にもう名前は決めてあるんだ。お前の受け入れ次第だけどな」
「……!?」
「中々言うタイミングと覚悟が決まらなくて言い出せなかったけど……今から言うぞ」
美少女(?)が唾を飲む音が僅かに聞こえて、それを合図に気を引き締めて名を告げる。
「……ミユリ」
「!?」
「今日からお前の名前はミユリだ、俺と生活する間だけの仮名だけどな」
「……」
「名付けたからには俺が責任を持って、保護者としてしっかり面倒見るから、俺と一緒に1からお前を探していこう」
「うっ……ぐ……ぅ~ぁああああああん!!」
美少女(?)もといミユリは、暫く誠磨の胸の中で必死に泣き叫ぶのであった。
つづく
生真面目すぎる誠磨がどこの骨かも分からない、ましてや人と断定できない者に対して実の娘に付けるような勢いで悩み抜いた『ミユリ』という仮名。
これには色々と、2年の構想より前から思い入れが込もっています。
けれどそれについて今語るには、序盤の序盤であるこの段階では早過ぎるかもしれません
なので詳細は中盤以降に記そうと思います。(エブリスタに上げてる21話もまだ序盤で、メインキャラが出揃ってない状態なのでかなり先になるかもしれません;)
ではまた来週の金曜日、次の更新をお楽しみに!




