36缶目「コーデLia?」
前回にも書きましたが、読み直したら進展があまり無かったので2話同時に上げてみました。
「いってきま~す」
誠磨はアザが出来た右目を押さえながら、15時30分に手提げ鞄を肩に掛けて玄関からミユリに向けて挨拶を告げる。
「……」
だがミユリからの返事は無く、送り出すどころか誠磨にではなくモニターに目を向けてコントローラーを握っていた。
「はぁ……、粕寺さん家の時もそんなんだったのか~?」
「……」
「(まぁ何も言わなくても通勤中に本人に聞くから良いけどな)ーー作り置きの夕飯ちゃんと食べるんだぞ~」
そう言って静かに玄関の扉から出てそっと閉めた。
「……さてと」
誠磨は右目のアザをさすりながら左手でスマホを操作し、粕寺にではなく雑貨屋Unityの店長“置久 乂”宛にLINERのメッセージを送った。
『お久しぶりです、あれから粕寺さんには何度かお会いする機会があり色々とお話しました。ですが特に置久さんのこと以外で記憶に無い素振りは無かったです』
送信してスマホをポケットに仕舞おうとか思いきや、画面から目を離してすぐに通知のバイブが鳴り返信が送られてきたので確認しながら仕事場へ徒歩で向かう。
『おつかれさん、ステータスをサーチするような真似させてすまなかったね』
店で直接離した時と変わらない“ゲームによく使われる単語に置き換える話し方”に、分かっていても誠磨は気持ち躓く。
「(久々だとどうしても慣れないな……未だに他の人にもこういうやり取りしているのか聞いても答えてくれないし)」
誠磨は軽くため息ついて、周囲の安全を確認しながら置久に本題のメッセージを送る。
『あとすみません、この間お持ちした缶詰についてなんですけど、あれから何か分かったことはありますか?』
『いや、それが全然。俺の情報網を持ってしても未だに手がかり1つドロップしない』
『そうですか……』
『ラベルが剥がれた形跡も無ければ内容量のシール跡も無い、正直今のところこれ以上はお手上げだな』
『分かりました、ありがとうございます。ではもうひとつお願いしたいことがありまして』
誠磨は尾辺涼子とコンタクトが取れるよう、ミユリのことについて触れずに例の旅館の絵が気になっただけの体で手回しを頼んでみる。だがーー
『ダメだ』
仕事先の居酒屋“千夜桜”が目に入ったところで、ゲーム用語の口調も無くたった一言の断りメッセージが送られたことに困惑する誠磨。
『どうしてでしょうか?』
『缶詰の件は何らかの事情があって警察にも届けず、わざわざ俺のとこに来た君の身を案じていち早く情報が得られないかと動いていた』
『はい……』
『だが、その尾辺涼子という人とは面識が無く、その人の絵が気になるって理由だけで動くことは出来ないな』
『そうですよね……すみません』
『本当に絵が気になるだけなのか?』
流石に絵師と連絡を取りたいだけを理由に誤魔化すのは無理があり、すぐに疑われてしまったがミユリのことを説明するわけにもいかない。何より信じてもらえるわけもなく、本当にミユリの記憶に繋がるのかも分からないので不用意に名を挙げることもできない。
『はい、ネットで見つけてどうしても気になってたので調べていただけないかと……すみません、自分でもう一度調べてみます』
『そうか、キツい言い方をして悪かった。知り合いを伝って連絡取れそうだったら知らせるよ』
『ありがとうございます』
おそらく嘘と見抜かれてはいたが、それでも何とか力になってもらえる方向へ話が通ったのでひと安心して裏口から千夜桜の控え室に入った。
するとまた匂いを嗅ぎ付けたのか、忍びの如く速やかな足取りで雛月が誠磨の胸に目掛けて飛び込んできた。
『甘ちゃ~ん! って、どうしたのその顔!!?』
模倣的な反応を醸し出しつつ、雛月は至近距離まで詰めたところで誠磨の顔に手を添えて心配そうに顔を見上げる。
「いつっ!」
「ごめん! 大丈夫? 誰かに殴られた……?」
「いえ、大丈夫です。今朝起きた拍子に転んじゃって……すみません」
「すぐ氷持ってくるから、そこ座って待ってて!」
「あ、いえ、大丈夫ですからーー」
誠磨の言葉を聞かずに雛月は厨房へと走り去っていった。
「(いっつつ……帰ったら“顔はやめろ”と言っとかないとな……)」
控え室へ入った時には既に出勤時間まで残り15分だったので、先に準備を済ませようと自分の制服のハンガーに手を伸ばす。そしてシャツを脱いで黒い制服に着替え、前掛けエプロンを腰に巻いたところで雛月が戻ってきた。
「座っててって言ったのに! ほら氷、これ当てて!」
「ありがとうございます、そんな大した怪我じゃないので大丈夫ですよ」
誠磨は氷水が入ったビニール袋を受け取り、右目に当てながら鞄と脱いだシャツをロッカーに仕舞う。
「あ、ちょっと待って!」
「どうしました?」
「そのシャツ……」
「え?」
内心で雛月が言わんとしていることは分かっているのだが、敢えてすっとぼける形で遠ざけてみる。
「そのシャツ、もう一回嗅がせてくれない!?」
「いやあの……すみません勘弁してください」
「そのアザ、大きさからして転んだだけのものじゃないと思うの。原因はもっと別にあるんじゃないかなって」
「いえその……今朝寝ぼけて転んだ際に、床に置いてあるゲームのコントローラーが顔に当たっちゃって……ハハハ (よし、上手いことそれっぽい言い訳が出たな)」
そう回避を確信したと思いきや、何故か雛月は退けを取らずに食い下がる。
「この間よりも強く染み付いているんだよ! 絶対それが原因だよ!」
「いやその……」
「なになに~、陽与ちゃん先輩また誠磨さんにセクハラしてるんですか~?」
「匂い嗅ぎ付けて行く姿はいつ見ても獣ッス……」
困り果てた誠磨の元へ店員二人、黒髪女子のホールスタッフ一流木茉莉と男性キッチンスタッフの深川昴が呆れた口で現れた。
「セクハラじゃないー! あたしはいつも真面目なんですぅ~!」
「ダメですよバレバレな嘘ついちゃ~、さっき厨房まで“嗅がせてくれない!?”って聞こえてきましたよ。つうかその目どうしたんですか誠磨さん?」
「あ、これは今朝転んで……」
「あらぁ~……まぁホールじゃなくて良かったですね」
「そうですね……ハハハ……」
「違うもん! 絶対その怪我転んだものじゃないもん! 匂い嗅げば分かるから!」
「いやその理屈はなんなんスか……マジで訴えられるッスよ?」
「あたしはただ自分の特技を使って、甘ちゃんを助けようとしてるだけなのに~!」
「まぁその……訴えはしないと思います」
「ダメですよ誠磨さん、飼い主はちゃんと躾しなきゃ~。見境なく外でも匂い嗅がれたらどうするんですか?」
「それは……う~ん (ミユリが来てからは出勤する度によく嗅がれるけど、かわいいとはいえマジで勘弁してほしいな……)」
ミユリの存在を誤魔化すしんどさと、小柄でかわいらしい容姿の先輩女性に浮気調査みたいな理由でくっつかれる緊張と辛さに出勤直前で大幅な体力の消耗を余儀なくされる。それを毎日耐え続けるのにもいずれ限界が来るので、一流木の言う通り釘を刺すべきなのだろうと考える。
「(けど悪気があってやってる訳じゃないみたいだしな~……、ミユリのこといつまでも誤魔化しきれないし嗅がせないように言うと逆に怪しまれるし……どうしたらいいんだ!)」
「ちょっとアンタ達~! 今日週末なんだからサボってないで倍働きなさ~い!」
「うわぁ店長、倍とか言ってるし……これ戻らないともっと増やされるやつだよ」
「ヤバッ! 早く戻るッス! 誠磨さんも早く!」
「あ、はい! じゃあ行きましょうか雛月さん」
「う、うん!」
服に付いた匂いと目のアザについては一旦隅に置いて、課せられる業務を上乗せされないように週末の楽しみで来る客達に向けて料理の仕込みをこなしていく。
そして夕方を迎えて開店し、押し寄せる客達のオーダーを懸命に捌いて何事もなくその日の業務をやり遂げた。
「(今日は雛月さん何もミスしなかったな……、俺が今日出勤した時の反応からこの間と同じだと思ってたけど、あの後きっと反省したんだろう)」
学生のアルバイト数人が帰って誠磨含むメンバー5人が残り、後片付けを済ませた人からボチボチと控え室に集まっていく。そして城崎店長は事務作業の為デスクに座り、書類のファイルとパソコンの画面を交互に見つめながらタイピングする。雛月はその横に立っていて、他3人は反対側の横長いテーブルの前に立つ。
「お疲れさまです。これ、この間俺が出掛けた先で買ったものですので皆さんでどうぞ召し上がってください」
誠磨はロッカーを開けて鞄の中から二つの四角い菓子包みを取り出し、振り向く店長にも見せるように全員に見せつつ横長いテーブルに並べた。
「おぉ~! 流石は誠磨さん、気が利きますね~!」
「ありがとうございますッス!」
「ありがとう、甘ちゃん」
「ありがとね」
「いえ、先に帰ったバイトの子達の分も含めてますので、残していただけると助かります」
「まぁ店長が仕事増やす通告しなきゃ、厨房入る前に出せたもんね~」
「そう……じゃあ仕事中にも関わらず持ち場に居なかった誠磨ちゃん以外の3人からは、サボった分の給料差し引いてあげるわね」
「ひど~い! 私は誠磨さんが獣に襲われてるところを助けただけなのにー!」
「お、俺もピンチに駆けつけただけッス!」
「ちょっと、獣って何よ!」
「すみません、俺がお土産出すタイミング逃しただけなのでその……」
「はいはい冗談よ、そんなことでいちいち差し引くわけないでしょーーそれよりどうだったの? 水族館へ女の子と行って、上手くいったの?」
「あ、えっと……気を悪くされた感じではないので、大丈夫だと思います」
誠磨は水族館へ出掛ける前日、閉店して控え室に入った際にスピルの名を伏せて“用事があって木曜日にとある女性と水族館へ向かうことになりました”とデスクに座る城崎店長に伝えていた。
ーーー
ーー
ー
「うそ……」
それに聞き耳を立てていた雛月は膝から崩れてゆき、その様子に驚いた一流木が彼女を支える。それに気づいた誠磨が近づこうとしたが、一流木から止められてしまった。なので3人には一旦、粕寺に言ったようにデートではなくあくまで用事で向かうと主張した。
それでも納得しない様子で食いつこうと向かってくる雛月を一流木が抑えて椅子に座らせ、城崎店長は続けて用件を聞いた。
「それで、何か手助けが必要なのかしら?」
「えぇ、その……相手に失礼の無いようちゃんとした服装で行きたいのですが、ネットで調べてもよく分からなくて……こういうのに疎いので何かアドバイスをいただけないかと」
「なるほどね、他の何か仕事や資格に関わること?」
「いえ、そこまで重要なものではなく、私用で行く際に手伝っていただいた方と一緒に行くってだけです」
「そっか~、まぁアタシがコーディネートしてあげてもいいわよ?」
「あ、それ私もやりたいです!」
「……」
「ほんとですか!」
「もちろん、これは誠磨ちゃんにとってのチャンスかもしれないしね」
「陽与ちゃん先輩もーー」
「いい……あたしそろそろ帰るね」
雛月は取り乱す気力も無く静かに荷物を持って外へ出ていった。
「あ、じゃ、じゃあ私も帰ります! お疲れさまでした!ーー待ってください陽与ちゃん先輩~!」
心配になった一流木も続いて部屋を出てゆき、城崎店長と誠磨の二人だけが控え室に残った。
「やれやれ……気持ちは分かるけどね~、誠磨ちゃんは真面目だからちゃんとした格好で行きたいだけなんだろうけど、あの子はやっぱりショックみたい。まぁちゃんとした服装を用意してあげるから安心して」
「はい……ありがとうございます (こうなることは分かっていたけど、それでも手を貸してくれたスピルさんの気を悪くしない為に、そしてミユリの手がかりを掴む為にも妥協はできない)」
そうしてこの手の話題に触れないよう皆が気を遣って、雛月も気にしない素振りを見せながら何とかやり過ごしていた。
ー
ーー
ーーー
「服装のことは何か言ってました!?」
「いえ、特には……」
「えぇ~……それ絶対脈無しだよぉ~」
「何の話ッスか?」
「誠磨さんが女の人と水族館に行った話」
「エェ!? それってデーー」
「……」
雛月の鋭い視線が深川の発言を遮る。
「す、すみませんッス……」
「で、誠磨ちゃんの方からはその女の人の服装とか何か言ったの?」
「いえ、何も…… (言いかけたけど、ミユリの服を選ぶ時みたいに流暢な言い方でドン引きされたくなかったからな……)」
「えぇ~……綺麗な人じゃなかったんですか? ひょっとしてオバサン? それとも幼い女の子とか?」
「ッ!?」
幼い女の子というワードについミユリのことが浮かび上がり、表情にこそ出さなかったが一瞬だけ驚きのあまりに息を詰まらせる。
「ん? まさか本当に相手が幼い女の子だったの?」
「誠磨さんそういう趣味だったんスか……」
「違います! 俺よりは多分年下っぽい感じですが普通の女性です、それに用事を済ませる為であって服装を誉め合うとかそういうのじゃないとは言った筈ですよ」
「そうね、それで用事はちゃんと済んだのかしら?」
「それは……」
潰れた旅館のホームページに載っていたイラストについて、担当していた尾辺涼子という人物から聞き出すことは出来なかった。
「済んでないのね」
「その……色々ありまして」
「まぁ聞かないでおいてあげるわーーそれより良かったわね、相手の子とは脈無さそうよ」
城崎店長が呆れたような弾みの無い声色で分かりやすく雛月に言うと、雛月はムッとした顔で言い返す。
「何であたしを見て言うの!」
「まぁまぁ、陽与ちゃん先輩が一生懸命考えた服装に反応しなかったのならライバルじゃないってことですよ。良かったですね」
「あれ店長じゃなくて雛月さんのだったんですか!?」
「はい、私と店長のも良い線行ってると思ったんですが、後からパパパッと出してきた陽与ちゃん先輩のコーデがズバ抜けて誠磨さんにピッタリだったので即決でした!」
「もう、言わないでって言ったじゃん!!」
「あはは~、すみません」
「雛月さん……」
「……う、嘘だし……私じゃないし! カッコ悪く見られたくないからじゃなくてーーもう帰る!」
雛月は隠れるように更衣室に入って着替え始めた。
「あ、私も入ります!」
「ちょっと、狭くなるから来ないで!」
「それじゃ私が着替える前にさっさと行っちゃうでしょ? ほら、同時に着替えて一緒に帰りますよ!」
「むぅ……」
「それじゃあ……俺は帰るッス、お疲れさまッス!」
「は~い、お疲れさま」
「俺も帰ります、お疲れさまでしたーーあと雛月さん」
「な、何!?」
「その……ありがとうございます」
「……うん」
「あぁ~、先輩超ニヤけてる~! 写真取ろ~っと」
「ニヤけてない~!! ちょっとやめてよ!」
賑やかな控え室を後に、誠磨は一礼して外へ出て扉を閉めた。
「ーーさて、帰るか」
そうしてミユリが寝た深夜2時頃、誠磨は胸を撫で下ろした後に自宅へ向かって歩き出す。この後皆から貰った温かい感情が、一瞬で凍らされるとも知らずに。
つづく
自分で読み返して思うのは、予定していたプロットを先へ先へとやって話数を稼ぐみたいな感じになってて、最近失速気味な気がするんですよね……。
目標話数より短くなるかもしれませんが、出し惜しみし過ぎないよう進めてみます




