24缶目「センブリカード?」
5週連続2話投稿、4週目です
まだ日の高い16時頃、彼は“千夜桜”という桃色と藍色の目立つ洒落た外観の居酒屋チェーン店に裏口から入っていった。
「おはようございまーす……」
「っ!? この匂い……甘ちゃん!? 甘ちゃぁあああん!!」
裏口のドアを開けて中に入ると、そこへ間髪開けずに小さい人影が飛び込んできて誠磨の腰辺りに抱きついてきた。
「ぬわっ!? ちょ、ひ、雛月さん!?」
彼に抱きついてきたのはミユリと同じくらいの小柄で、黒い和風の制服を着た茶髪ショートに耳かけアレンジした女性の雛月陽与。誠磨が3年ほど勤めるこの店舗の副店長を担っている。だが26歳でありながら容姿が丸っきり少女なので、普段周りからは未成年の扱いを受けている。
「あぁもう土日辛かったよ~……新人の子達パニクっちゃって全然動いてくれなくて……あぁこの甘ちゃんの良い匂い癒される~……」
「え、えっと~……」
「ひよちゃん先輩~、また変態さが滲み出て誠磨さんドン引きしてますよ~?」
「エンカウント直後に匂いを嗅ぐ変態の癖、いい加減止めた方がいいッスよ……」
「そのうちセクハラで訴えられるわヨ~?」
誠磨が困っているところへ雛月に続き、ホールスタッフ用の黒い制服を着た黒髪女子の一流木茉莉、キッチン用に前掛けを着けた黒い制服を着た男子の深川昴、そしてまるで山岳のような巨体で逞しい風貌に見会わないニューハーフ店長の城崎魅弦の3人が挙って控え室に顔を出した。
「誰が変態よ!! もう助けて甘ちゃ~ん……皆してまた私のこと変態変態って……」
「は、はは……大丈夫です、雛月さんは変態じゃありませんって」
「甘ちゃ~ぁあん! やっぱ甘ちゃんが唯一私の味方だよぉ……」
誠磨は勢い良く顔を埋める雛月の頭を、大胆な接触に翻弄されぬよう自身の内に言い聞かせながらそっと優しく撫で回す。
「完全に飼い犬を手懐ける主人の図ね……」
「流石は誠磨さんッス……」
「ほらアンタ達、そろそろ仕事に戻るわヨ」
「「うぃ~っす」」
二人の後輩は先に厨房とホールに戻っていった。
「……」
「あら、どうしたの雛月ちゃん?」
「雛月さん……?」
雛月は誠磨の胸に顔を埋めて抱きついたまま、二人の声に反応を示さないまま動かない。
「あ、あの~……俺そろそろ着替えて準備したいので……その後ゆっくり話しませんか?」
「……」
「……まぁいいわ、アタシそろそろ戻んなきゃだから、その子のこと宜しくね飼い主ちゃん」
「いや飼い主じゃありませんから!」
「ンッフッフ」
店長は不適な笑いを溢しながらゆっくりと厨房へ戻ってゆき、控え室には抱きついたまま動かない雛月と二人きりになった。
「(気まずい……、いつもならすぐ切り替えて仕事に戻る人なのに今日は何か妙だ。何より、このまま密着されると雛月さんの柔い武器による秒間ダメージが俺のアレを刺激して危ない……!!)」
ホールド攻撃による欲望への活性を促され、自制の綱から振り落とされようとしたその時、咄嗟にミユリとの接触を思い出した。
「(……っ! そうだ、この間ミユリと密着したあのガッカリ感を思い出せ……! 上げて落とされたあの感情を!!)ーーす~~っ……、雛月さん! しっかりしてください、皆仕事に戻りましたよ!」
誠磨は落胆を思い浮かべることで平常心を取り戻し、雛月の両方を軽く揺すりながら小さい声でも聞こえるよう顔の近くで呼び掛けた。
「っ!? あ、ご、ごめん……って近!!」
雛月は赤頬し、声を挙げて勢いよく離れる。声を聞き付けて一流木がまた顔を出しに来た。
「誠磨さん! ついにひよちゃん先輩に攻略を仕掛けーー」
「違います、呼び掛けて意識を戻しただけです」
「なぁんだ……つまんないの~」
一流木は呆れてすぐに戻っていった。
「全く何を期待していたんだか……それより雛月さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……ごめんね甘ちゃん」
「いえいえ、俺は良いんですが……雛月さん急に反応しなくなってそのまま固まっちゃったので心配で……」
「あ、いや……何でもないよ! ごめんね、じゃあ仕事に戻るから! 向こうで待ってるね!!」
「は、はい」
雛月は慌てて厨房へ戻ってゆき、向こうから冗談の飛び交う罵声が聞こえてくる。しかし不安の色が拭えない誠磨は頭上に疑問符を浮かべたまま、キッチン用の制服に着替えて前掛けをしっかり絞めてシフト10分前に厨房へと入っていった。
「おはようございます」
「は~い、おはよう。んじゃ誠磨ちゃんは揚げ物と鍋の仕込みをお願いネ」
「はい、了解しました」
刺身用にブリを捌く店長から指示をもらい作業に取りかかる。作業台の下からアルミボールとトレイを、冷蔵庫からは卵パックと小麦粉とパン粉、そして桃色のコロッケの具が入ったトレイを取り出し仕込みを始めた。
「(雛月さん大丈夫かな……、何故あの状態でフリーズしたんだろうか? 飛び込んできた直後までは割と元気だったけど、急に反応が無くなって正直ビビったな……。俺のいない土日に何かあったのか?)」
誠磨は支障を来さぬよう疑念を解く為、早めに仕込みを済ませてオープン前の猶予を作り調理場にいる店長に聞き込みする。
「あの~すみません、俺のいない土日に何か変わったことはありましたでしょうか?」
「ん? いや特に無いわね、雛月ちゃんのことかしら?」
「はい……」
「さっき誠磨ちゃんにじゃれついた時までは普通だったわよ、まぁその行為事態が普通と言えるかは怪しいとこだけど」
「は、はは……」
「まぁ言いたくなったらあっちから来るだろうし、土日についてはあの子が強引にやったことだから気にしなくて良いわ」
「はい……」
誠磨が土日に休暇を得たのは、雛月が当日サボり常習犯の新人アルバイト3人に対してお仕置きをする為、4人にシフトを無理矢理に変更したからである。何故誠磨のシフトも弄られたかというと、その3人のアルバイトがサボったシフト全ての穴埋めに誠磨が自ら望んでシフトに入った為、1ヶ月以上休日無しに誠磨が働いていたからである。
「にしても悪かったわね、一ヶ月以上も休みあげられてなくて。土日少しは休めたかしら?」
「いえ、俺が自分で入ったことですからお気になさらず。土日は……そうですね……」
「まぁ聞かなくても分かるわ、疲れてる顔してるもの。寧ろ休み前よりもやつれてるんじゃない?」
「そうですか? ま、まぁ俺は大丈夫ですので仕事に戻ります。相談乗っていただきありがとうこざいます」
「いぃえ、まぁ気楽にね」
「はい」
その後、17時に開店し17時半からぼちぼちと来店のドアベルが鳴り始めた。
「いらっしゃいませ~!」
月曜日ともあって来客は週のうち少ない方なのだが、何故か副店長である雛月に仕事のミスが多発する。
「ひよちゃん先輩~、6番テーブルって今空いてましたっけ?」
「あ! ごめん片付け忘れてた……」
「は~い、じゃあ私すぐ片付けますのでお客様のご案内お願いしま~す」
「ごめん……」
いつもはフォローに回る側の雛月が、一番片付けの早い一流木にフォローしてもらい接客に向かった。
「あら珍しいわね、一流木ちゃんにフォローしてもらうなんて」
「そうですね……らしくない感じです」
その後もクレームが来るような直接的ミスは無いものの、些細な失態が続いて雛月は城崎店長に呼びつけられる。
「アンタねぇ、今日どうしたのよ。らしくないわよ?」
「ごめんなさい……」
「何か気にかかるなら言いなさい、お客さんに迷惑はかかってないけどミスが多すぎるわ」
「うぅ……」
雛月がうつ向いていると、城崎店長が徐に自分の前掛けポケットに右手を突っ込む。
「……久々にアンタに対して出すことになるわね、覚悟なさい」
「っ!?」
そして突っ込んだ右手がポケットから離れて緑色のプラカードがチラつき、それを勢いよく城崎店長は雛月の前に掲げる。
「センブリカーーード!!」
「いやぁあああ!!」
「ひよちゃん先輩!?」
頭を抱え雛月は客席に聞こえないくらいの悲鳴を上げて調理場でしゃがみ込み、近くにいた一流木が肩を抱いて一時的に慰めてからすぐホールに戻っていく。
「アンタもよ誠磨ちゃん!!」
「え、俺もですか!? 今日は何もミスしてないんですが……」
「いいから二人とも裏行って待ってなさい! 後で深川ちゃんに持っていってもらうから!」
「は、はい……雛月さん、行きましょうか」
そうして巻き添えを喰らった誠磨は落ち込む雛月を連れて、控え室へ移動し各々が椅子に座って待機する。センブリカードとは、城崎店長の考案で“仕事のミスが目立った人への気付け”としてセンブリ茶を飲ませる罰則である。これは親しいメンバーにのみ適用するものであり、新人アルバイトの人には出さないようにしている。親しいメンバー達は城崎店長を除く全員が苦味にとても苦手意識を持っているので、健康茶として体調を気遣うと同時に気を引き締める効果として有用とされている。
当然、気分の問題で体調を崩したり、辛い過去を呼び起こされるような悪い傾向になる人には飲ませないというルールも設けている。
「ごめんね、巻き込んじゃって……甘ちゃん何も失敗してないのに……」
「いえ、俺は全然いいんですが……珍しいですね、雛月さんがセンブリ茶を飲むことになるなんて。今日は本当にどうしたんですか?」
「……甘ちゃんさ」
「は、はい」
雛月が重い口を開こうと決心した時、間の悪いタイミングで深川がお盆にセンブリ茶を乗せて運んできた。
「先輩~、センブリ茶をお持ちしましたッス~。店長に“粉多めにしときなさい”って言われたので濃いめにしといたッスよ」
「はぁ~、店長め……。ごめん、ありがとうね」
「いただきます」
「はいッス~」
深川はセンブリ茶の入ったグラスをテーブルに置いて、すぐに仕事へ戻っていった。
「それも私が飲むよ、私のせいだし甘ちゃんミスしてないでしょ?」
「いや、俺も飲みますよ。一緒にグイッといきましょうよ」
「ごめん、ありがとうね」
「いえいえ、じゃあいきますよ? せ~のっ!」
誠磨の合図で二人は一気にグラスを傾けてセンブリ茶を口に含み、吹き出さないうちに一気に飲み込んだ。
「ぐぇ~っ、本当に粉っぽいじゃん……もう……大丈夫甘ちゃん?」
「え、えぇ、大丈夫です。久々なので結構効きますね~」
「っはは、ごめんね」
「いえいえ、それで俺について何か言いかけませんでした?」
「あ、そうそう……えっとね? 甘ちゃんさぁ」
「はい」
誠磨は覚悟を決めていた、仕事中に支障を来さない範囲内で少しずつ考えた上、彼女から何を言われるのかある程度の察しがついたからである。
「……最近、彼女できた?」
「(やっぱりそう来たか……)」
雛月が誠磨を抱いたまま固まったのは、服に付いていたミユリの匂いを“巧みの嗅覚“で嗅ぎ分けていたからである。
つづく
こういうちょっとした罰ゲーム有りきで、職場の賑わいが1つ増えると良いな~なんて……。(1歩間違えればパワハラとかで訴えられそうですが;)
では、次話も上がっておりますので宜しければご覧下さい。




