2缶目「霊現象?」
11月になり、秋真っ只中という時期ですが変わらず夏をお届けします(
目の前に無表情で座る真っ裸の美少女(?)と、玄関の外から聞こえてくる呼び声とノック音のエスカレートによる板挟みに、部屋主の青年が頭を抱えて悶え苦しむ。
『ねぇ、甘巻君、大丈夫なの!? 凄い叫び声がしたから何か出てきたのかと思って、繋益さんに霊媒師として来てもらったわよ! ここ開けてちょうだい!』
「ヤバいヤバいってマジで……、この状況を見られたら確実に俺の人生が終わる!! 落ち着け俺……昔に習った武術の呼吸法で気を静めろ……スゥーーッ、ハァアアアア~……よし!ーーえっとごめん、ちょっと立ってくれる?」
「んむ?」
誠磨は美少女(?)に玄関から見えない位置へ移動してもらおうと呼び掛けるが、美少女(?)は正座で脛を外側に向けた座り方、所謂女の子座りをしていて青年の方を見上げたまま立とうとしない。
「(う~ん、こっちを見てるってことは聞こえている筈だよな? 一応は疑問系みたいな返しをしてきたし。つうか何でソレが付いててその座り方が出来るんだよ!! お前は結局どっちなんだ!?)」
青年が頭を抱えて唸るも、そう長く猶予は与えてもらえない。
『取り憑かれて無理矢理に“大丈夫“と言わされてるんじゃないの!? 中々出られないみたいだけど、大家さんにマスターキーで開けてもらうよ!?』
「ち、ちょっと待ってください!! すぐ行きますんで、もう少し待ってください!」
『大丈夫来れる!?』
『おい、あんま急かすなってアイツかなりテンパってるだろう』
『いやだって取り憑かれてるかもしてないのよ!?』
『取り憑かれていたら、あんなにハッキリと返事してこないだろ。自分から出てくるっつってんだから待ってやれよ、あと騒ぐな』
『……分かったわよ、何かあったら助けを呼ぶのよ!!?』
『分かってねぇだろお前……』
玄関の外から女性の大声と、少し渋い感じで小さめの男声の会話が一時的に聞こえてきたが、少し渋い男声によって静まり返った。それにより、青年は少しだけ状況に対処する猶予を与えられた。
「よし、繋益さんナイス!ーーなぁ君、頼むから立ってくれ!」
「……」
「無視か!? いやでも、さっきからずっと俺の顔を凝視してるから無視ではないのか……? って、そんなこと考えてる場合じゃない! 背中の翼に触られるのが嫌なんだよな? じゃあ、触らないようにちょっと脇の下を掴んで軽く持ち上げるから、今度は殴らないでくれよ?」
「んむぃ~」
「オッケーってことか? う~ん……まぁいいや、殴られてもまた治してくれるだろ。出来れば二度と殴られたくないけど……ほらいくぞ、よっと!」
青年は美少女(?)の両脇から掴んで、軽く浮かせるようにそっと持ち上げる。すると青年はその場で驚愕する。
「……軽ッ!!?」
持ち上げた美少女(?)の重さが、青年の予想していたより遥かに軽かったのだ。
「(ウソだろ……親戚の小さな女の子に高い高いしたことあるけど、その子よりも少し軽いぞこれ……。見た感じガリガリじゃないけど、外見に見合わなさ過ぎてこの軽さはちょっと怖いな)ーー後で沢山飯食わせてやるからな、ちょっとここで座って待っててくれ。俺が来るまでそこを動くなよ?」
「んむ?」
「いやそこで首を傾げないでくれよ……。俺の人生がかかっているんだ、頼むから一旦そこを動かないでくれよ!? 絶対だぞ!?」
「んむぅ~」
「はぁ……、言葉が通じているのかすら分からねぇよもう。このままじゃ埒が明かねぇし、そろそろ行かないと鍵を開けて入ってくるし……クソッ! 動くなよ? マジで動くなよ!? フリじゃないからな!? フリっつっても分からんか、まぁいいや行かないと!」
青年はその場から立ち上がって玄関へと早歩きで向かい、そっと玄関のドアノブに手を掛けたところで気づく。
「(うわっ……!? そうだ、俺も全身ヌルヌルだったわ……。 はぁ~、気が動転してて完全にしくったわ。あぁもう……!! けど着替えとか床拭きとかしてる時間はもう無い、生涯を懸けて本気で誤魔化しきるんだ!!)」
Tシャツの後ろの裾で両手を拭い、震える左手でゆっくりと気持ちを押し出すようにドアノブを捻る。そして、ゆっくりとドアを開けると、そこに呆れて欠伸している男と、落ち着かない様子で両手を前に組む女性の二人が横並びに立っていた。
「すみません、大変お騒がせ致しました……」
「甘巻君!?」
先程まで青年に呼び掛けていた女性が即座に青年の手を握った。
「か、粕寺さん!? (うわヤベッ!? ヌルヌルな手を真っ先に握られちまったよ……、もう早速誤魔化しきれねぇじゃねぇかよ……)」
その女性の名は粕寺 香々緒、25歳。眼鏡を掛けていて、茶髪のストレートロングで涼しげな格好をしているが露出が少ない。そして胸が大きく、大人のお姉さんを連想させる身形をしている。
「ったく大袈裟だっつうの、なぁ誠磨?」
「あ、あはは……、ほんとすみません」
続いて青年に声を掛ける落ち着いた様子の男性は繋益 昇砥、29歳。彼は寺生まれの霊媒師なのだが、堅苦しさや物々しい格好が嫌いで装束を着ない。その為、霊媒師として来てもらったと粕寺は言ったが彼は甚平を着ていて、眠そうに開いたドアを片手で支えながら突っ立っている。そして粕寺にヌルヌルな手を握られ、内心で切羽詰まっている青年の名は甘巻 誠磨、23歳。彼はいつヌルヌルにツッコミを入れられ撃沈するかと気を張り詰め、同時に息が詰まりかけている。
「ね、ねぇ……ちょっと聞いていい? あ、玄関少し上がるね」
「え、えぇどうぞ……」
「んじゃ、俺帰るわ」
「あなたも来るの!」
「へいへい」
「っは、はは……」
誠磨はなるべく動かさないように粕寺と手を握ったまま、そっと後退して二人を玄関に上げる。そして、粕寺から話を切り出される。
「えっと……、多分甘巻君の事だから敢えて黙っているんだろうけど、気になるから一応聞くね?」
「……はい」
「無理に答えなくても良いぞ~」
「繋益さんは少し黙ってて! ごめんね、この手から何だか良い香りがするし、すごく気になるの」
そう言って誠磨の手を離して、粘液が付着した両手を自身の顔に近づける。
「えっと、これは……」
「……ふむ、ちょっと触るぞ」
誠磨は逃げ道を塞がれ、言葉を詰まらせて膠着状態に陥りつつある。そんな彼に見かねたのか繋益が彼の左肩に少しだけ触れて、指先に粘液を付着させ軽く匂いを嗅ぎ始めた。
「ほ~う、香り付きのローションか?」
「え……」
「香り付きローション?」
「あぁ、普通ローションって匂いが無いやつと、アレな匂いがするやつの二種類が主に売られているんだが、柑橘系の香りがするやつは見たこと無いな~」
「へ~、繋益さんそういうのにも詳しいんですね」
粕寺の言葉のトーンが若干低くなり、繋益は場の雰囲気を変えるべく即時に弁解を図った。
「いや、以前ローション使った色んな企画の動画を観ていて、興味本意でチラッとどんな種類があるのか検索してただけだ」
「なるほど……」
「おいおい粕寺、お前少し引いたな?」
「い、いえ別に……」
「はぁ……、まぁそれは一旦置いといて、お前もその珍しいローションを使った遊びで動画を撮っていたのか?」
「えっ!? あ、いや~……えっと」
「甘巻君はそんな危ないことする人じゃないと思うけど」
「まぁ、人は唐突に何かに挑戦したくなる生き物だからな、自分の殻を破るのは素直に良いことだ」
「あ、あはは……(やばい、すげぇ角度から助け船を出してくれてもう泣きそうだ俺……)」
「そうやって変に無茶しないでよ? 私は今のままの甘巻君が一番だと思うから」
「粕寺さん……」
「おっとぉ? それはつまり歳しーー」
「繋益さん? あんまり今の私をおちょくると……」
「へいへい分~ったよ、んじゃ一応は霊がいるか視るからお前ら目を瞑っとけ。何かの拍子に見えてパニック起こされても困るからな」
「はい、お願いします」
「取り憑かれていませんように……」
指示に従って二人が目を瞑り、粕寺は両手を前に組んで強く祈り始める。そして、部屋の中が静まり返ったところで繋益も目を瞑り、呼吸法を変え始める。
数十秒が経過し、繋益が目を開けるよう二人に声を掛ける。
「うし、お前らもう目を開けて良いぞ」
「はい」
誠磨だけが目を開け、粕寺は以前として目を瞑ったまま状態を崩さない。
「ってお前も開けるんだよ、どんだけ強く祈ってんだ全く」
「当たり前でしょ!? 急に変なことやり始めたのは、何かに取り憑かれて操られてる可能性もあるんでしょう!?」
「まぁ、そうケースも前例としてはあるな。だが安心しろ、コイツには何も憑いとらん」
「本当に!?」
「あぁ、やっぱりレア商品を手にしてはしゃいでただけだったな」
「よ、良かった~……もう~」
粕寺はその場で膝から崩れ、誠磨が慌てて両肩を掴んで支える。
「大丈夫ですか粕寺さん!?」
「っフフ……繋益さんの言う通り、変に気を張りすぎたみたいね。ごめんね、逆に心配かけちゃって」
「いえ、もう本当にすみませんでした……後日に何かお詫びさせていただきます」
「いいわよ詫びなんて、でも甘巻君のことたからそれじゃ気が済まないって言うんでしょ?」
「っはは……よくご存じで」
「じゃあ今晩うちで……」
「ベッドの上で熱い抱擁をーー痛ってッ!!」
粕寺の手刀が繋益の脛に直撃し、繋益がその箇所を手で押さえてしゃがみこむ。
「ねぇ、さっき私言わなかったかしら?」
「や、やれやれ……幽霊よりお前のがよっぽどおっかねぇよ全く」
そうして玄関で3人ともしゃがんでいると、部屋の奥から美少女(?)が顔だけ出して3人の方を見つめ始める。
「(お、おいおいマジかよ……)」
繋益がそれに気づき、凄まじい衝撃に驚愕を抱くが粕寺の様子をチラ見して、一時的に何とか感情を圧し殺す。そして、ゆっくりと落ち着いたトーンで粕寺に指示する。
「粕寺、お前はまた目を瞑って、一旦を後ろを向け」
「えっ……!? 何か霊が出てきたの!?」
「違う、霊は居ないとさっき言っただろう。だがそういった個体ではなく、霊力に似た何らかのエネルギーのようなものを感じた」
「エネルギーって……?」
「いいから、お前はこういった影響に耐性を持ってないから、目を瞑って一旦この部屋から出ろ。んで、そっからどこにも行かず帰ってすぐに手を洗え。俺の連絡が来るまで自宅で待機するんだ。俺と部屋主のコイツはここに残る」
「えっ……え……!?」
粕寺は困惑しつつ取り敢えず目を瞑り、誠磨は石像のようにまた膠着してしまう。
「いいか? もう一度、今度は端的に言うから落ち着いて聞け。お前はそうやって目を瞑ったまま一旦力を抜いて、俺が支えになるからゆっくりとその場で立ち上がれ。そんでゆっくりと後ろに向け」
「え、えぇ……」
粕寺は繋益に支えられながら立ち上がり、緊張しながらゆっくりと180度回る。
「よし、じゃあドアを開けるから、外に出たら目を開けてそのまま自宅に戻って手を洗っーー」
「んむぃ~」
「「「!!?」」」
美少女(?)の声に3人が一斉に驚愕し、誠磨は部屋の奥へと振り向き粕寺は拍子に目を開ける。そして繋益以
外の二人がパニックに陥る。
「エ”ッ!? 何何今の声!!? エェッ!? というか、え……あの子誰ッ!!?」
「ったくマジかよアイツ……俺の気回しを一瞬でチャラにしやがった」
「あぁあああああッ……もうおしまいだぁ……」
誠磨はその場で頭を抱えて踞り、痙攣したかのように身体を震わせて唸る。
つづく
投稿ペースが他の作者さんより遅いと思いますが、投稿予定がズレないよう最低限のペースとして設定しております。現時点で出来ている話数が8話分で、ここからストックが貯まるペースに追い付けなくなったら頻度を増やします。
では来週の金曜日、次回もおたのしみに!