19缶目「生物的本能?」
オタクとして生まれたなら、誰でも一生のうち一度は抱える〝恥情最恐の題、絵〟
ヲタップラーとは、二次的性癖を隠し通す格闘志のことである!
(……すみません、やってみたかっただけです……)
「……」
返却してもらったゲームパッケージ裏を見て以来、誠磨はその状態で凍ったように身動き一つせず硬直している。ミユリが顔の前で手を振るなり、背後に立って足蹴するなりして気だるそうな態度で誠磨に呼び掛ける。
「おーい、何をしておる。早よう起きんか~!」
「……」
彼は端から見れば思考停止しているように伺えるが、彼は目の前に置かれ返却されたゲームソフトについて徐々にプレイしていた記憶を思い出し、そのまま受け取っても大丈夫なのかどうかを判断すべく長考していた。
「(そうだった……、これ戦闘が簡単なシームレス3Dアクションでエフェクトも凝っているから、入門には丁度良いゲームシステムだった気がする。……だが問題というか、ある意味では入門だがシステムの手前に狭き門と言える要素が1つある……それはーー)」
「まぁ分かるぞ誠磨、これは決して大衆にウケるシナリオではない。というかそういう趣味の人向けにしか作っていないような内容だったよな、ミユリ嬢に見せても良いかどうかは正直俺もなんとも言えん」
「ん? 何じゃ、その入れ物じゃなく妾のことでぼけーっとしとるのか?」
「おそらくはな、まぁこうしていてもミユリ嬢は退屈だろうし、誠磨も暫く戻って来なさそうだから俺から百合というものについて軽く説明をーー」
繋益がそう言いかけたところに誠磨の意識が戻り、機敏に顔を上げて手を前に出して停止を呼び掛ける。
「ま、待ってください!! ストップストップ!!」
「おっと、起きたか誠磨」
「他所の家でぼけっとするでないわこの戯け!」
「うぐっ……その一撃は重すぎる……ーーじゃなくて、繋益さん駄目ですよ! どんな化学反応を起こすか分からないでしょう!?」
「化学反応~? なぁにを言っとるんだね君は」
「あ、えっと……すみません」
誠磨は恐れているのだ、この“Lili Princess of Night ”というゲームは女主人公とヒロインにおける悲劇的な趣向での百合物語となっており、一般的観点からは受け入れがたい人もいるであろうシーンが多数存在していることを。だがこのゲーム自体を恐れているのではない。
彼はミユリが百合的なシーンを見た際、女性と主張するからには女性思考での許容または拒絶、あるいは男性たる証を携えている故に男性思考が働いて許容または拒絶、もしくは理解に及ばぬと判断し性的思考が乱れ何らかの支障を来すかもしれない。
その中でどちらかの許容や拒絶の場合、まだミユリの誠磨との受け答えに多少の棘が増える程度で済むかもしれない。そして主張だけでは分からない、生物的本能の部分がどちらに該当するかをハッキリさせられる機会でもある。
誠磨が恐れているのは、その最後の支障を来すかもしれない事象を引いた場合の、取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれないという“可能性”である。
「確かに女の子に自分の趣味の一つである百合ゲーを見られるってのは、それなりに抵抗あるだろうし考え込むのも分かる。だが前もって軽~く簡単に説明して、自分一人で起きている時にひっそりやれば良いんじゃないのか? そこまで思い詰める必要は無さそうに思えるが……」
繋益はミユリの携えている男性たる証を目撃していない為、誠磨が過剰に不安を抱えているように見えている。
「……すみません、やっぱりこれ……もう少しだけ預かっていただけませんか?」
「ん? あぁ俺は別に構わんが……誠磨はそれでいいのか?」
「はい……お願いします」
「そうか~、まぁ事情があるだろうし時と場合を選ぶ内容だからな。分かった、んじゃもう暫く預かっとくから、返してほしくなったらまた言ってくれ」
「すみません……もう少しこの子との生活が安定してきてからーー」
誠磨が繋益へゲームソフトを預けようと差し出すと、ミユリが誠磨の背後から隣に移動し二の腕に目掛けて思いっきり蹴り飛ばした。
「んぐぁだっ!?」
手放したゲームソフトが僅かに宙を舞い、それを繋益が両手でしっかり受け止める。それをミユリが片手で奪い取り誠磨に向けた。
「ぐちぐちといつまでも煩いんじゃウジ虫が!! 何を返されたもん暫く考えた後で受け取らず突き返しておるんじゃ! 妾に見られたくないからか? そんな目の前で嫌々突き返すのを見せられたら妾とて気分損ねるわ愚か者!!」
「いでで……」
「まぁまぁ落ち着けってミユリ嬢、こいつなりにちゃんと考えてたんだろうしその辺でーー」
「おい、お主さっき妾に軽く説明すると言っておったな?」
「あぁ、言っていたな。駄目と言われたが」
「借りていたというなら当然、同じ機械を持っておるのじゃろう? ならば、ここで妾に見せながら説明せい!」
「ほう?」
「ミユリよせ、止めろ!」
誠磨が起き上がって慌ててミユリからパッケージを取り上げる。だがミユリはその誠磨の伸ばした胴体を横にすり抜け、ゲームソフトの棚の前に駆け込みつつ繋益に命令を下す。
「お主はそこの馬鹿を食い止めい!」
「あいあいさ~」
繋益はミユリの元へ向かおうとする誠磨を、軽く羽交い締めにして食い止める。
「離してください繋益さん!!」
「悪いな誠磨、俺も友人相手にこんなことしたくはないんだが……このまま二人を帰しても関係がより悪くなる気がしてな」
「それはそうかもしれませんけど……」
「まぁ心配するな、俺がしっかり……いや、ガッチガチにカバーして気まずくならないようにするからさ」
「いやそうじゃなくてあの子は……! (クソッ……! 女と主張するミユリの気持ちを汲んで、ミユリの下のアレをバラさないよう気にかけていた俺がバカだった!! このままじゃミユリは……っ!?)」
「おい、お主が持ってる方のやつはどこじゃ!?」
「確かその棚の右端から4番目だったか」
「ふむふむ……ーーお、これじゃな?」
「よ、よせッ!! 俺は……ミユリに見せるのを嫌煙していたわけじゃない!!」
「ウジ虫はさっきみたいにじっくりと黙っておれーーで、これはどう使うんじゃ?」
「その切れ目みたいなところを横に引っ張ると、パカッて開いて中にディスクが入っている。それをそのテレビの下のデッキの中に置いてある、四角い白の機械に入れてくれ。誠磨のところにあるやつの白色バージョンな」
「ふむふむ……ーーこうじゃな?」
ミユリがディスクを入れると、本体が稼働音を鳴らしモニターに青色の画面が表示され、真ん中に“コントローラーのホームボタンを押してください”という白い文字が現れる。
「はぁ……もういいや勝手にしろ、後悔しても知らねぇからな」
「フンッ」
誠磨は諦めて脱力し、それを確認した繋益は拘束を解いて誠磨の肩に優しく手を置きながらゆっくりと一緒にテーブルに座る。
「すまんな誠磨、あの子が嫌な反応をしたらすぐに俺がモニターを切るなり何なりして、その後しっかりと弁解するからな」
「……分かりました (それで解消される程度なら良いんだが……)」
「これどうやるんじゃ?」
「次はそのボタンいっぱいついてるやつを持ってこっちにおいで」
「うむ、“こんとろーらー”とかいうんじゃろ?」
「そうそう、よく知っているな。誠磨から教わったのか?」
「まぁの」
「そうかそうか、さて……こう言うのもなんだが操作はどうする誠磨? 久々にやりたいと言っていたが、この場で見せる為に一旦少し先にやるか、ミユリ嬢のプレイを見てみるか」
「……最初の方はある程度思い出してきたので大丈夫です、このまま始めからのデータを作ってミユリにプレイさせましょう。その方が没入して分かりやすいでしょうからね、この際しっかりと目に焼き付けてもらいましょうか」
「……分かった (徹底的に叩き込む方針へ切り替えたか……本当にすまん、誠磨よ)ーーではミユリ嬢、そこの○と書かれたボタンを押してくれ」
「うむ」
ミユリはその後言われた通りにボタンを押してゆき、入れたディスクのゲームを起動した。するとメーカーのロゴが数件流れ、アニメーションのオープニングが始まった。
主人公とヒロイン、その他のキャラクターが順番に日常や戦闘のカットシーンが描かれたムービーが1分ほど流れる。
オープニングを終えた後、暗転し真っ暗な背景に太陰太極図(白と黒の勾玉を丸くなるようくっつけたようなマーク)を模した形で怪物が互いを喰らい合うようなマークが浮かび上がった。それを背にタイトルロゴが後から表示され、下に“Please start button”の文字が表示され点滅する。ミユリは興味を牽かれてモニターを食い入るように眺める。
「面白そうだろう?」
「うむ!」
「よし、じゃあその真ん中のデカいボタンの右にある小さいボタンを押してごらん」
「これか」
それからセーブデータの選択画面に移行し、空白のデータを選択してゲームを開始した。
つづく
見られて恥ずかしいと思う萌え系の趣味は、今じゃ「隠して仲間内か一人で楽しむ人」よりも「共有、承認欲求」などで大っぴらにして煙たがられる人の方が多く目立っている。そんな気がします
ではまた次回、来週の金曜日をお楽しみに!(来週も2話更新です)