16缶目「シーチキンライス?」
「よし、これにしようかな」
誠磨はモニター下のラックからDJ MIXと書かれたパッケージを手に取り、ディスクを取り出してPSHowの本体に挿入する。そしてコントローラーを2つ持ってテーブルの位置に戻ってミユリの隣に座る。
「じゃあ始めようか! まずはこのコントローラーってのを握ってみて」
「う、うむ……」
ミユリに持たせたコントローラーはPSHow専用で、グリップの内側にアナログスティック2本、その右前に○×□△が時計回り、その反対側に十字キー、それらの前面にそれぞれLRのボタンが1と2、そして真ん中にタッチパッド、その左右にスタートボタンとリンクボタン、コントローラーの最後に両グリップの間にホームボタンが付いている。
ある程度慣れている人には普通、あるいはもっとボタンが欲しくなる人までいるくらいなのだが、初見からしてみればあまりのボタンの多さに一見して複雑な造形に見えることもある。
そしてミユリの握り方には少々違和感があり、本来LRボタンの前に添える筈の人差し指を含んだ指五本がそれぞれグリップへに集結していていた。
「ほらこっち見て、こうやって握るんだ」
誠磨はミユリに渡した黒色の初期付属されているコントローラーとは別途で、赤色の2つ目を握ってミユリに見せた。
「……こうか?」
「そうそう、良いよそんな感じ。じゃあゲーム付けるぞ」
「うむ……」
ゲームという単語が何なのかいまいち分からないミユリは、ぎこちない返事しつつ起動やらソフトの羅列やら切り替わるモニターの様子を見つめる。
「とりあえずこれを一緒にやろうか、ボタン配置に馴染む良い練習になるから」
「フンッ、練習なぞ差ほどせぬとも妾は容易にこなせるわ! ……多分」
「……あぁ、まぁそれが本当かどうかとか、色々探るのにも丁度いいんじゃないかな」
誠磨は話ながら自分のコントローラーで操作してリズムゲーム“DJ MIX”を起動し、難易度の一番低い曲にカーソルを置く。
「じゃあまず1回見てて、この曲は左の十字キー左と上、んで右の△と○、この4つだけ使うやつだから画面下の方で光るやつとか見ると良いよ」
「うむ、妾に披露するからには恥じぬ程度の実力はあるんじゃろうなぁ?」
「そこは問題ない、まぁ気軽に見ててくれ」
そうして誠磨は難易度が最大13あるうちの2の曲を選択し、一回通しでプレイする。
「ほぉ~、それが面白いのか?」
「あぁ、今は簡単なやつだからそう見えないかもしれないけど、やってみると分かるよーーっと」
誠磨は一度もミスすることなく一曲をこなした。
「さぁ、今度は一緒にやろう」
「いいじゃろう、すぐに追い越してやろうぞ」
そう意気込んで2プレイで挑戦するも、ミユリは半分もいかずに撃沈する。
「なぁあああああっ!! 何でじゃああああ!?」
「最初は皆そんな感じだよ、焦ることない。俺だって最初そうだったし」
「お前と一緒にするでない! もう一回じゃ、今度こそ叩きのめしてやるわ」
「よしよし、どんどん来い! (リアルで殴られるより断然やりやすいわ、いつもの罵声も不思議と談笑のうちとして聞こえるし気が楽だ……)」
誠磨は淡々と規則的に上から下りてくる二色のバーを、タイミングよく下のバーの位置で指定されたボタンを押して上部のコンボ数を上げていく。その隣で、ミユリはミスした時のBrankという表記を連発して早々にゲームオーバーとなった。
「んなぁあああもぉおおおお!! 何なんじゃこれはぁああ!!?」
「これがな、慣れてくると頭で考えなくても勝手に押せるようになってくるんだよ」
「はぁ~?」
「そうなるには、1回や2回じゃ大抵の人はできない。これを明後日俺がいない間とかに練習すると良いぞ、今見えてない自分が見えてくるかもしれないから」
「何じゃそれは……」
「まぁまぁ、とりあえず夕飯まで一緒にこれやろう!」
「……フンッ、まぁ他にやれることが無い以上は仕方ないのぅ」
「ははは……、まぁ楽しくなってくるから」
そうして夕飯までの間、数時間ミユリはコントローラーと格闘し時折り唸り声を上げる。それを宥めながらコツや感覚、見方を教えて一緒に練習し午後6時を回る。
「ーーはぁあぁ~、もうやじゃ疲れた~空腹じゃあ~……」
「ははは、よく頑張った。んじゃ夕飯作ってくるからゆっくりしときな」
「うむ……はよ作って参れぇ~」
「はいはい……」
誠磨はその場から立って移動し、台所へ行き冷蔵庫の中身を確認する。
「(う~む、昼食ってなかった冷しゃぶどうすっかなぁ~、まぁこれは明日の朝食でいいか。今出すと“早々に手抜きかこの腑抜けめがッ!!”って怒鳴られそうだし、何か違うもの作らないとな……)」
悩みつつも誠磨はシーチキン1缶と玉ねぎ1玉、そしてケチャップ1本と万能ネギを1パック取り出し冷蔵庫の扉を閉めた。
「よし、んじゃ軽く作るか!」
誠磨はまず玉ねぎを半分に切り分けて、その半分をラップし冷蔵庫へ仕舞う。残った半分をみじん切りににし、フライパンにゴマ油を大さじ一杯入れて悼める。狐色になってきたらそこへ炊飯器の白米4合とシーチキンを入れてよく悼め、ケチャップを大回り3回、そしてコンロの近くに置いてあるオイスターソースを小回り2回加えて悼める。
水気が無くなり十分に火が通ったら皿に盛り付け、仕上げに万能ネギを撒いて完成。
「よし出来た、お~い運ぶの手伝ってくれないか~?」
「いやじゃ~、空腹で一歩も動けぬ~」
「って言いながらゲームしてんじゃねぇか!」
「空腹かつ手が離せんのじゃ~!」
「なんつうワガママな……まぁ分かってはいたけど」
誠磨は運ぶ前に一度大きくため息をつき、それによって競り上がった憤りを多少沈めて淡々とテーブルに運んだ。
「さて、んじゃ手を合わせて」
「あいあい」
「「いただきます」」
そしてミユリは誠磨よりも多く盛られた2.5合にがっつきはじめる。
「はぐはぐっ!」
「旨いか?」
「がつがつっ!!」
「多少アレンジしてみたチキンライスなんだが……いやこの場合シーチキンライスか」
「むぐむぐっ……んっ!?」
「ほら急いで食うからそうなるんだ、ほらお茶飲んで」
誠磨は麦茶の入ったコップをミユリの口元へ近づけて飲ませ、同時に背中を軽く叩いたりさすったりして正常に戻す。
「げほっげほ……はぁ」
「まぁそんだけ旨かったってなら嬉しーー」
「まぁまぁじゃな」
「……えっ」
「もっと言えば、この飯事態は知らんが何か貧乏臭さを感じるような」
それを真横で聞いた誠磨は暫し凍りつく。
「……」
「まぁ食えぬほどではないから安心せい」
「(……まぁ、否定はしないというかその通りなんだけども。二人暮らしとなった以上は、多少こうした工夫も挟まないと後が保てないというか……独り暮らしの自炊なんて大抵こんなもんだろ!)」
彼の偏見が脳裏に渦巻いている間、僅か数十秒のうちに気づけばミユリの皿の上が空いていた。
「ーーって早!?」
「のう、もっと食えんのか?」
「いやいや結構な量だったし、あまり食い過ぎても身体に良くないぞ。 摂取量に慣れて燃費が悪くなり、運動量での消化が追い付かなくて肥満になりやすーーっておい!」
「むぐ?」
「むぐじゃねぇ! 俺の分まで空にすんな!!」
「どうでもいい話を聞いてる間に腹が空いてきたんでのう~、んじゃある程度は足しになったし練習再開するかの~」
「はぁ……おいおい今日もこのパターンかよ……。仕方ない、昼のやつ食うか」
昨日に続きまた夕飯を胃の中へ拐われた誠磨は、多少不機嫌さを漏らしながら冷蔵庫に向かい、昼に作ってあった冷しゃぶと特製ドレッシングを取り出してテーブルに戻る。そしてミユリの練習している様子を眺めながらゆっくり食していく。
「んぬあぁあああ!! この降ってくるやつ何なんじゃごらぁああ!!」
「落ち着け落ち着け、その横バーが落ちてくる前に4つのボタンの位置を押して確認するんだ。失敗しても良いから徐々にボタンの場所を覚えていこう」
「もうやじゃ! 知らぬ!」
ミユリは不貞腐れて布団へ仰向けに倒れ、誠磨は箸を置いてミユリの上体を起こそうとする。
「こらこら、食ったばっかで寝るな! ほら暫くはちゃんと起きろ!」
「んむ~……」
そうこうしているうちに誠磨のLINERに一件のトークが表示され、慌ててスマホを取り確認する。
『こんばんは誠磨君、既読は付いているみたいだが質問はちゃんと見てくれたかな? 答えにくいようなら濁してくれて構わないから、一度話してみてくれないか?』
「っ!? わ……」
「わ?」
「忘れてたぁああああ!!」
「ぬわぁ!? 急に脅かすな!」
「あ、悪い……つい (やばいやばい、頼み事しておいて約束した質問に答えるのを忘れるとか……失態もいいとこだ)」
『すみません!! 色々あって返信しそびれてました!』
『そうか、まぁ女の子が泊まりに来たら忙しくなるだろうし、俺もただ心配だっただけだから気にしないでくれ』
『すみません……俺も昨日、数ヵ月ぶりに会って話したところなので正直よく分かってないんです。店入る前から初見のような口振りをしていて俺も驚いたんです』
『ふむ……、その空白の間に何かあったのだろうか。何回も訪れている店の事を綺麗さっぱり忘れるくらいのものとなると、生活上の支障が心配だな』
『はい……、近々また聞いてみようと思います。俺も心配ですし』
『分かった、こっちも頼まれた物の調べを進めるから、進捗についてはまた追って連絡する』
『はい、お願いします』
誠磨はスマホの画面を閉じて暫し考え込む。
「(記憶喪失……か……ーー半年前、何の前触れも無く急に絶縁を言い渡されたあのLINERの拒絶メッセージが多分ヒントになるのかも……)」
そう思い立った誠磨は、抵抗心を押し切って自分の記憶を遡って行く。
ー
ーー
ーーー
『お願い、もう話しかけないで』
そう粕寺からメッセージが送られた午後8時、誠磨は仕事先の居酒屋で少し休憩をもらって控え室に座っていた。画面を開いたと同時に誠磨の顔から一気に血の気が引いてゆき、次第になんとも言えない衝動が込み上げてくる。
その最初に過った心境を言葉で返そうと短く文字を打とうとした時、誠磨は返信を受け付けぬ早さで言葉を紡がれる。まるで耳を塞ぎながら叫ばれているような。
『貴方とはもう関われる気がしないの、大事の時に傍にしてくれない貴方は、貴方じゃない』
『私を想ってくれていたの、本当は知っていたよ? でもそれも上っ面で所詮貴方も私の身体を欲していただけだったんだね』
『貴方の顔を思い出したくないの、嫌なのを思い出すから。だからもう話しかけないで、来ないで』
目を通している筈なのに内容がまるで入ってこない。つっかえているような通過しているような、自分に向けられているのかすら分からなくなってくる程に混乱が渦巻き、控え室の外から漂う香ばしい料理の香りが嗅覚を擽るのを再認識した時、自身の身体から嘔吐を促される。
「……ヴぶっ!?」
慌てて手で抑えて気を反らそうと頭を揺らしながら外へ出るが、そこで耐えきれず生ゴミ用のポリバケツを開けて嘔吐した。
「うっ……う”ヴぉぇえええ!! ェっエ”っゲェェエッ!!」
すると控え室の扉が勢いよく開かれ、中から小柄で茶髪の女性スタッフの声が耳に届いた。
「……あ、甘ちゃんッ!!?」
慌てて女性スタッフが駆け寄って誠磨の背中を擦る。
ーーー
ーー
ー
「っ!?」
記憶を呼び戻している最中、ミユリが背中を軽く叩いてくる感覚が徐々にハッキリとして意識が現実に戻った。
「なぁ、何ぼ~っとしておるのじゃ?」
「……やめてくれ」
「はぁ?」
「その叩くのを、やめてくれ……」
「何じゃお前いきなり、具合でも悪くなったのか?」
そうミユリが叩くのを止めて擦り始めると、誠磨は勢いよくその手を払い退けた。
「やめろと言っているだろッ!!」
「な、何じゃお前……さっきは妾にこうしておったじゃろうが」
「……、ぅうっブ!?」
誠磨は込み上げてきた少ない蓄積をシンクに駆け込んで流してしまった。
「ェ”ッェエ”ェェォエ”ッ!!」
「!? な、何じゃッ!?」
昨日から大して口にしてない分、そこまで量は出てないが蛇口の浄水をガブ飲みして強引に引っ込ませてた。
「はぁ……はぁ……」
「お、お前……」
「悪い、気にするな、つい嫌なことを思い出しただけだ。悪いな、飯食ったばっかなのに」
「それは良いが……」
ミユリは暫し言葉に詰まる。それから二人は特に言葉を交わすこと無くゲームを閉じ、空白の時間を過ごした後に晴れない気を紛らわす為に自らを就寝へ誘う。
つづく