14缶目「Untiy?」
喫茶店で奇しくも出会ったスピルが加わり、4人で近所の雑貨屋へと向かっている。
「いやぁ、あれだけ冷たいものを食べたものの、やはり暑さはすぐに来るものね」
「そうですね……、ミユリは大丈夫か? まだ水筒には水とポカリが結構入ってるぞ」
「心配いらぬ、先で十分水は摂ってある」
「まぁあの量を食ったらなぁ……、けど倒れる前には、いやもっと前に言うんだぞ?」
「言えと言ったり言うなと言ったり、面倒な奴じゃ」
「……一応どの世界にもあるとは思うが、少なくともこの世の中には“分別”というものがあってだな~……ーーっと、着いたか」
店を出て凡そ10分、木製の外観で綺麗なアンティークさを漂わせる小さい店に着いた。ガラス張りの窓から見えるのは、温色のライトが店内を照らしていて人によっては懐かしむような感じの雰囲気が漂っている空間であった。
「さて、入りますか。中は結構涼しいんですよ」
「へぇ~、お洒落な店を知っているのね」
「え、えぇ」
「ん、どうしたの?」
「いえ、何でもありません。入りましょう!」
「?」
粕寺を含む三人の頭上には疑問符がそれぞれ浮かび上がるが、すぐにそれを流すようにして入店した。
カランコロン♪
「いらっしゃいませ」
一枚扉を開ける際に、軽快ながらも耳をつんざくことのない大人しげなベルが鳴り、それに呼応するようにして店の奥から渋く低音の響く物静かな男性の声が聞こえてきた。
「良いお店ね~」
店内に漂う落ち着いた雰囲気を堪能し、数歩歩いては木製の食器や雑貨が並べられた棚をじっくりと眺めていく。
「……そうですね」
「何じゃ、まだ何か引きずっておるのか? 女々しい奴じゃ」
「いや、引きずってないし女々しくもない。それよりも、何か気になるものはあったか?」
「いや、まだそこまで見入っとらん」
「そうか、まぁ粕寺さん達とじっくり見てきな。俺はちょっと店長に用があるから」
「ふむ」
ミユリの背中をそっと押して、粕寺とスピルが横並びに物色している方へと促す。そして誠磨は店の奥へと真っ直ぐ歩いていった。
「あれ、甘巻君は?」
「“テンチョー”とかいうのに用があるそうじゃ」
「店長に? 何かあったのかしら……」
誠磨は店内の最奥にあるレジカウンターへと十数歩、奥行きがそこまで広くないのでそれだけ歩いてすぐに到着した。そこには、バーテン用の服装を見に纏い、着痩せしているように見える茶髪に渋い髭のダンディな店員が、お洒落なアンティークの外装を身に纏うレジスターの横に立って布巾でお椀を磨いていた。
「こんにちは~店長」
「こんにちは誠磨君、今回はまた随分と良い青春を送っているな~。小中大と3段階揃えてくるとは」
「えっとそれは……何を指して仰ってるんですか?」
「レベルだな」
「レベル……ですか?」
「あぁすまない、言い方が悪かったな。要は段階を踏んで形態変化するタイプのキャラクターとかいるだろう? 可愛い系から美しい容姿へと段階を踏んで進化する、誠磨君もよく知っている“育成ゲーム”の類いで例えていたんだ」
「そ、そうですか……」
誠磨達の訪れた日用雑貨専門店『Unitiy』、その店長を勤めるこの人物は“置久 乂”34歳。彼は実に重度のゲーム中毒なのである。何かと例えたり、日常会話の単語をゲーム内に出てくる単語に置き換えたりと、それなりにゲームが好きな誠磨でも反応しにくい事がたまにある。
「それで、連れのお嬢さん方のうち誰が君の彼女さんなんだね? やはり粕寺さんか?」
「いや別に、そういうのじゃありませんよ。他の二人も色々と用事といいますか、きっかけが重なって一緒に行動しているだけです」
「やれやれ、草食系はもったいないね~……。いつまでもヒヨッていると、気づけばアラサー越えて延々とソロモードから抜け出せなくなるぞ?」
「そう言われましても、今はそういうのじゃないといいますか……」
「まぁすまない、少々言い過ぎたなーーそれで、今日は何を買いに来たんだね?」
「えっと~、さっき一緒にいた三人の中で一番小さい子がいますよね? その子がうちで暫く泊まることになったので、その子用に食器を揃えようかと思いまして」
「なるほど、君も大変だな。親戚か何かかい?」
「ま、まぁそんな感じですね……。で、今日はもう一つ用がありまして」
「ほう」
「店長にこれを見てほしくて」
誠磨は手提げ鞄から透明のビニール袋を取り出し、その中からミユリが入っていた空き缶を手にとって置久に見せる。
「……見たところ空き缶のようだが?」
「えぇ、この空き缶のラベルとかをよ~く見ていただけませんか? それで知っていることがあったら教えてほしいんです」
「ふむ、何か事情がありそうだな。手にとってみてもいいか?」
「はい、お願いします」
置久は磨いていた木製のお椀と布を手元に下ろし、誠磨から空き缶を受け取ってじっくりと観察を始めた。
「……ふむ、海外製品のように見えるが、何故わざわざこれを見せに来たんだ?」
「それは……えっと、いつ買ったか分からないといいますか……最近部屋で見つけて気になったので情報が欲しいんです」
「部屋に空き缶を放置……、ちゃんと部屋掃除にしているか?」
「してますよ!! これは、たまたま部屋で見つけたんです!」
「分かった分かった、この“The Dream&Happiness!”ってのは商品名か?」
「分かりません」
「そうか、なら誰かの忘れ物とかじゃないのか?」
「いえ、うちに来る人は同じマンションに住む粕寺さんと、もう一人繋益さんって人がお菓子類を持っていていただけるくらいですので、忘れ物ではないと思います」
「ふむ……」
置久は空き缶を片手に顎髭をさすりながら、地響きのような低い声が漏れる。
「ネットで調べても、そのCA-Companyって会社名らしき単語の情報すら出てこないんです」
「ふむ……確かに妙だな」
「ですよね? 出所の分からない缶詰が部屋にあるなんて、どう考えてもおかしいですよ」
「不法侵入というケースは?」
「……分かりません」
「警察には?」
「……行ってません」
「何やってるんだ君は……こういう時こそ最悪のケースに備えて可能な限りの対処すべきだろう?」
「はい……すみません」
置久の言う通り、確かに警察に届けるのが最善における常識として成り立つ。しかしミユリの身元を聞かれた途端、当然特定出来ない故に警察に届けず同居していたとなれば、犯行の手口と捉えられてもおかしくはない。そう判断を下された場合、誠磨と粕寺は確実に逮捕される。
一応誠磨はそうなった場合の考えとして、粕寺だけでも免れるよう“甘巻誠磨の脅しに従っただけ”と被害者の口実として告げさせれば助けられるかもしれないとまでは考えている。
僅かな時間沈黙が漂い、詰めすぎたと思った置久は軽くため息をつきながら変わらぬ低いトーンでゆっくりと話し始める。
「……まぁ警察に届けず俺んところにわざわざ聞きにきたってことは、それなりに事情があるってことだろう。よし分かった、俺もこの件について色々と調べてみよう」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
「ここまで聞いた後じゃ気になって仕方ないしな。さて、この現物は一旦君に返しておくとして、全体の構図が分かるように何枚が写真を撮らせてもらえるかな?」
「はい、分かりました」
置久は手に持つ空き缶をレジカウンターに置き、ズボンのポケットからスマホを取り出す。そして外装や内面、底の内側と外側が分かるように何枚か撮影し再びポケットに仕舞う。
「よし、これで全体を把握出来るだろう。ところで、これはこの綺麗な状態で発見したのか? 中身はあったのか?」
「それはえっと、その……」
その質問に誠磨の目が泳ぎ始める。
「ん、どうした? 中身を知っているなら教えてもらわないとーー」
「甘巻君~、せっかくだからミユリちゃんとお揃いあなたの分もーー」
「っ!?」
そう粕寺の声が近づいてきて、誠磨は慌ててレジカウンターに置いてある空き缶を鞄に仕舞い粕寺達の方へと振り向く。
「そ、そんなに驚かなくても……」
「あ、す、すみません……」
置久とのやり取りが丁度終えたところに、粕寺がカゴを片手にミユリとスピルを連れてレジに向かってきた。カゴの中には木製の皿やお椀や箸といった食器の数々が、それぞれ2セットずつ綺麗に底に収まっていた。
「すみません、すぐ合流するつもりでしたが結局任せっきりにしてしまって……」
「いいわよ気にしなくて、この子達と選ぶの楽しかったし。あと甘巻君の分もせっかくだからサイズ違いのものを入れておいたから。お会計お願いしまーす」
粕寺がカゴをレジカウンターに乗せ、手提げ鞄から徐に財布を取り出す。
「ちょちょちょ待ってください!! 財布を仕舞ってください!」
「え? いやでも、それじゃ会計がーー」
「俺が払います!! これ俺達の分ですし、さっき払っていただいた分も後にお返し致しますので一先ずその財布を仕舞ってください!」
「……え、えぇ……」
ウザったいくらい支払いの件について食い下がる誠磨の態度に、喫茶店で言った自分の言葉で返す気も起きず、やれやれと財布を仕舞う。
「(しまった、つい色々と負荷かけすぎたことへのプレッシャーが表に出てしまった……。完全にドン引きされてるなこれ……)ーーすみません、お会計お願いします」
「かしこまりました、ではお会計失礼致します」
誠磨が自分のポケットから財布を取り出し、粕寺と代わってレジの正面に立つ。置久はレジ打ちをしながら誠磨にだけ聞こえるように置久が小声で囁いてくる。
「なぁにキョドっているんだ誠磨君よ~、男を見せるならもっとしっかりやれ! 見ているこっちまで恥ずかしくなるだろう」
「わ、分かっていますから追い討ちは止めてくださいよ……。今日ここ来る前にも数件やらかしているんですから」
「はぁ……ホントなにやっているだか、自分持ちで財布出す女性は極めて貴重な存在なんだから、もっと大事にしろ。さもなくば天罰を喰らうぞ」
「もう喰らってますよ……」
そう力なく小言を吐いていると、会計した食器が入れられ茶色いお洒落な柄の紙袋が正面に置かれた。
「……えぇコホンッ、お会計2800円になります」
「はい」
誠磨は言われた通りの金額をトレイに出し、レシートを貰って財布を仕舞う。その後に粕寺が店内を少し見回しゆるりと言葉を連ねる。
「にしても、良い雰囲気のお店ですね~。初めて来たのに、なんか懐かしいような感じがします」
「ありがとうございます、お気に召していただいたようで光栄です」
置久が答えるや否や誠磨の方へ僅かに視線を合わせ、誠磨に対してサインを訴えかけた。誠磨はそのサインの意味を聞かずとも理解している。
誠磨はレジの方を向きながら、置久にだけ聞こえるよう小さく一言だけ告げる。
「……あとで話します」
置久は僅かに顎を引いて承諾を示す。
「そちらのお嬢さん方もまたいらしていただけると幸いです。ここだけの話ですが、うちの店に来ていただける方の大半が屈強なオジ様方なので……」
「へぇ~、それは意外ですね」
「えぇ、経営側が言うのも大変失礼な話ではございますが、あなた方のような華方にも興味を示していただき、より多くの方々にご来店いただけることを望んでおります」
「分かりました、ではうちの姉にも声掛けてみますね」
「ではまた来ますね~」
「ありがとうございました、またのご来店お待ちしております」
茶色い紙袋を誠磨が手に持って4人は退店し、再び灼熱気温の中を歩き始める。
「さて、これで一通り揃いましたね」
「そうね~」
「こっちの用事はひとまず終わりましたが、スピルさんはどうします?」
「私は、一応姉のところに戻ろうと思います。あとそちらは敬語でなくて大丈夫ですよ、私の方が年下っぽいですし」
「そ、そう……? 分かった、なるべくそうします……あっ」
「ふふっ、では私はこの辺で失礼致しますね。ありがとうございました!」
笑みを浮かべる時に口元に手を当てる仕草、物腰の低さ、来日した金髪美少女のような容姿に透き通った声、それらいっぺんに仕掛けられた誠磨は若干怯んでしまう。
「はーい、じゃあまたLINERするね~」
粕寺が軽く手を振って挨拶を返す隣で、誠磨は荷物両手に怯んで挨拶を返せないまま棒立ちしていた。スピルはペコリと一礼して背を向け、スマホを片手に歩き出した。
「姉さん、今どこにいるのですか?ーーあ、眼鏡忘れてた、だから間違えられたのか……え? あぁいえ、こっちの話です。それより姉さんの現在地を教えてください、合流しますから」
スピルが手提げバックから眼鏡ケースを取り出し、薄いフレーム眼鏡を掛けてから再び一方へと向かってゆき姿を消した。
「(眼鏡っ娘だったのか~、素晴らしい)」
「大丈夫?」
変態染みた想像を浮かべた途端に粕寺が顔を覗き込んできた。
「う、うわぁああ!! す、すすすみません!!」
「ん? 何が? それより言うのだいぶ遅くなっちゃったけど、私も荷物持つからどっちか貸して」
「え? あ、いいですよ大丈夫です。結構軽いですし」
「両手塞がってたらスマホ使えないし不便でしょ? それに私、荷物全持ちしてもらうの恥ずかしいから持ちたいの。知ってるでしょ?」
「え、えぇ、確かにそういえば……すみません。ありがとうございます (忘れてた……、男に任せっきりみたいな見映えで嫌だと前に言っていたな。俺の方まで忘れてどうするんだ)」
誠磨は木製の食器が入った茶色い袋の方を粕寺に手渡す。すると、ポケットに入れていたスマホに短い着信のバイブレーションが鳴りだした。
「あ、ちょっとすみません。今着信が」
「えぇ、とりあえず歩きながらにしましょ」
「あづい”~……」
「ごめんね~、すぐ帰るからね~。ほら、ポカリ飲みながら歩こっか」
「う”ぅ”~」
ミユリが猛暑に文句を垂れ始めた頃に3人は自宅に向けて歩き始め、粕寺がミユリを宥めたり汗拭いたりしている後ろで誠磨は先程の着信を確認する。
『今じゃなくていいが、君が忘れないうちにさっきの件について聞かせてほしい』
「……」
着信は置久からのLINERトークだった。だが彼の問いに対し誠磨はどう答えたらいいのか返答が定まらず暫く悩み始める。
誠磨が来店時に粕寺の発言に対しキョドっていたこと、そして退店前に置久の方でまた粕寺の発言に多少なりとも違和感を察知し誠磨にサインを送ったこと。それらの理由として誠磨の中で一つの仮説が生まれる。
その仮説とは、半年前まで二人で何度も訪れていた、このUnityに関しての記憶そのものが彼女自身から抜け落ちているかもしれないということである。
つづく




