1缶目「ローション?」
合作が休載になったので、約2年の構想を経てちまちまと書いていた個人作を連載することにしました。 イメージしやすくサクサク読める、小説を敬遠していた方々にもとっつきやすい〝広き門〟の一つになれるよう書いていきます。
リア充達が水分と笑顔に弾け、人によって様々な刺激を浴びる夏の季節。ただ日差しに皮膚を焼かれ、周囲のカップルに胸を妬く冴えない日和を送っている一人の青年がいた。彼はとあるマンションの1階部屋で、煎餅布団の上で昼間にも関わらず熟睡していた。
「……んふぅ」
彼は高卒のフリーターで、これといった特技も無くアニメやゲームを堪能することが生き甲斐な〝どこにでもいる普通の二次元ヲタク〟である。
「ふぁ~ぁ……もう14時か、ってゲーム付けっぱじゃねぇか! 結局朝までやってそのまま寝ちまったのか……はぁ~あ」
布団と反対側の壁際に位置する、カラーボックスの上にはゲーム画面が映っているモニターが置かれていた。そこにはパシりさせたい欲望が具現化した、三点リーダー付きの吹き出しマークを浮かべているNPCがプレイヤーキャラを前に延々と項垂うなだれていた。
「どうせ飯食ってすぐ続きやるし、放置で良いか」
青年は遅めの昼食を摂ろうと身体を起こした途端、布団の横に置いてあるテーブルの上に着目する。
「なんだこれ……缶詰か? いやこんな絵柄のやつ買ったかな~……シーチキンは冷蔵庫に入れてある筈だし……まぁいいや、腹減ったし飯食お」
青年はふらふらと立ち上がって台所へ向かい、シンクの下の棚から味噌味の袋ラーメンを1つ取り出し、固めを意識してゆがき始めた。その間、ちょくちょく耳元で擦れる金属音が聞こえてくる。
「なんだこれ、耳鳴りか……? 俺そんなに強くかき回してないぞ?」
少し不信感を抱くも、まだ目が覚めきってないと気に止めなかった。そして着々とプラスチック製のラーメンの器を用意して、スープの素、麺、煮汁の順に入れていく。この時、煮汁を少な目に入れてスープの味を濃くするのが青年の低俗的こだわりである。その上にテキトーにハムと青ネギを乗せて完成、箸と一緒にテーブルへと運んでいった。
「──んぁれ? 缶詰ってさっき……床に置いたっけ?」
青年がテーブルにラーメンを置こうとした時には、缶詰は床に落ちていた。
「うーん、まぁいいや。とりあえず食ってから考えよう! いただきまーす」
合掌し礼儀を済ませたところで、青年は箸を先をスープに沈め制止する。
「……」
食べようにもラーメンの香りを前に意識が鮮明になっていくと同時に、隅に追いやった幾つもの疑問にスポットが向いてしまい手が付けられない。仕方なく床にある缶詰を手に取って側面と背面をよく凝視する。
「……うわぁ、何だこれ」
缶詰の側面には極彩色で食欲を阻害するような字体で細かく〝The Dream&Happiness! CA-Company!!〟と書かれていた。
「外国のやつ……か? いや、けどこんな柄のやつなんて買った覚え無い……ってかどこで買ったんだよ!? 業務スーパーでも見たこと無ぇよこんな食欲失せそうな色合いしてるやつ……。つうか何が入ってんだよ、こんなクソ暑い中部屋にほっぽり出してたし腐ってんじゃねぇか?」
凝視するほど不安と疑念が募り、若干の身の危険を感じつつも中身への探究心が抑えられない。そして恐る恐るプルタブに手を掛け、震えた手でゆっくりと手前に反らす。すると隙間から甘酸っぱい柑橘系の香りが漂ってきた。
「ん? え、オレンジ? いやどうなんだろう、レモンってほどツンと来ないけどオレンジほど甘そうな匂いもしないし……つうかこんな柄してて中身果物かよ!! いや待て、香りだけで中身はまだ分からん……、もしかしたら柑橘系のキャンドルかもしれん。缶に詰める必要があるのか? 海外センスのユニークグッズという線も……いやそんなものいちいち買わねぇし。つうかどこにも原料とか書いてねぇし! 本当に食い物か? 匂いだけじゃ分かんねぇしマジで何が入ってんだよ~……」
ジリジリゆっくりと蓋を捲っていく、だが半分まできても何故か中身が見えない。影で隠れているわけでもなく、その物が真っ黒で何も見えないのだ。軽く揺すっても液体のように揺れず、固形のようだが不思議と見た目に硬さを感じさせない。そもそも中身が入っていないようにすら思える、まるで底知れぬ深淵のような。
しかし匂いは変わらず柑橘系の甘酸っぱい良い匂いなのである。ここまで得体の知れぬ物を目の当たりにすると、探究心が恐怖へと塗り変わってゆく。だが開けようとする手は何故か止められない。
そしてとうとうプルタブを本体から切り離し、表面上の全貌が明らかになった。
「……真っ黒、だな」
全開にしても缶詰の中身は変わらず、甘酸っぱさ香る深淵のままである。取り敢えず中身を出してみようと、急いでキッチンから陶器の小皿と箸をテーブルに運ぶ。そして胡座あぐらをかいて缶詰を片手に、小皿へと傾ける。
「……全っ然出ねぇ。汁の一滴すら垂れてこねぇんだけど」
次に中身を直接掻き出そうと箸を中に入れるも、全く手応えが無い。箸を半分まで入れてみるが貫通せず、手応えが無いまま深淵に飲まれている状態だ。
「何だこれ……、マジで何だこれ!?」
徐々にラーメンが延びていくが、麺への意識はとうに失せていた。やがて驚愕を口にすることなく、開封口が上に来るようにテーブルに置き、無言で延々と掻き回すことに没頭し始める。すると、中身の表面が突然泡立ち青年の意識が一気に我に返った。
「……っ!!? これ液体だったのか!? やべぇ、いつの間にかずっと弄くってたし何か怒らせちゃったのかな……いや何をだよ。つうか爆発とかしないよな……? マジでやめてくれよ? そういう突発的なビックリは苦手なんだよ!」
徐々に波が強まってゆき、真っ黒の雫が淵から溢れて出てくる。そして、缶詰が独りでに振動し始め、深淵の中心辺りから目を焼くような閃光が青年の視覚に刺激を与え、反射的に青年は右手で自身の視界を覆った。
「何だッ!? マジで爆発か!? 缶詰に殺されんのか俺!?」
すると右手の指の隙間から、小さな人影が飛び込んでくるのが見えた。
「ぱぁー!!」
「うわぁあああ!?」
まるで少女のような幼く緩い声色を耳にし、それと同時に人影が真っ正面から飛び込んで来たため、胴体に衝突を受けた青年は気を失った。
「──ん~……」
暫くして青年の意識が戻り、経過時間や周囲の状況を把握しようと思考を回し始める。そこで最初に感じ取ったのは、自身にのしかかる謎の重みだ。若干の息苦しさを感じ、柑橘系の甘酸っぱい香りが嗅覚を緩やかに刺激する。その香りを鼻で辿っていくと、視界の左端からまるで透き通っているように鮮やかで、赤みがかったオレンジ色の綺麗な長髪に気がつく。
「女の……子?」
視線を少し下げてみると、なんとその子の背中に白い翼が生えていたのだ。そしてその子の格好は何故か真っ裸で、全身に満遍なく得体の知れない透明な液体で濡れていた。青年はもはや事態に驚くことすら忘れ、その子の肩甲骨辺りをそっと指でなぞって先端に液体を付着させてみる。
「ロー……ション?」
その液体は少し粘り気があり、そこから別の甘い匂いが漂ってきた。柑橘系ではないのだが、それが何の匂いに該当するか判別できなかった。
青年から見て少女は顔は左に向いており、顔を確認しようと頭を右に傾けてみる。すると、その動作に釣られて背中の右側が若干浮き上がり、肋骨に密着する小さな柔らかい膨らみに気がつき心拍数が跳ね上がる。
「ん~……んょ?」
目が覚めたのか少女はゆっくりと顔を上げ、虚ろな表情で青年の顔を見つめる。
「(なっ……!?)」
その瞳は鮮やかな夕焼け色をしていて、まるで人形のような顔パーツの造形と配置の完璧さに青年は心を射抜かれた。
「(な、なんだこの美少女は……!? この状況はいったい何なんだ!?)」
「ん~?」
「(……と、取り敢えずこの子に色々聞いてみよう! 寝起きでまだ頭が回ってなさそうだけど……)」
「んむぅ……」
「えっと……お、おはよう!」
「んむ?」
「あぁ、っはは……ごめん、ちょっと退いてもらえるかな? 目を瞑ってるから、あと手で覆って見えないようにするからさ」
「んむ~……」
「て、低血圧なのかな? あ、あっははは! (いやいや何なんだよ~、全っ然言葉が脳に行き渡らねぇじゃねぇか!! どうすんだよこれ、多分目を瞑ってても動いてくれなさそうだな……。でも意識が冴えるまでこのままって訳にもいかねぇよな、この子何故か全裸だから風邪引きそうだし。それに俺の胴体に密着しているこの……いやいやそこに意識回すんじゃない!)」
「んむぃ~」
「あぁ? あぁごめん、ちょっと考え事してた。じゃあ目を瞑りながら起こすから、起き上がったらちゃんと座ってくれよ? あと背中触るけど我慢してくれ、肌に触れた瞬間に叫ぶとかやめてくれよ? 俺の人生が終わるから……」
青年は強く目を瞑り、右手で少女の背中を支えながらゆっくりと上体を起こしてゆき、その際僅かに翼の羽に指が少し触れた。
「うわ、サラッサラだ……」
「ひっ!?」
「え?」
「い、いやぁ……」
「おいおい、ウソだろ……? いや待って頼む悪かった! 今のは流れ的にセクハラ発言だったよな、ごめん傷つけるつもりは無かったんだ! 頼むからーーッがぁあっ!!?」
少女は量腕で青年を突き放し、青年の心臓部に目掛けて右の拳を凄まじい勢いで打ち出した。そして大人の身体が、少女の細腕一本によって殴り飛ばされ壁に打ちつけられる。
「あ……ア……ハッ……が……っがぁ……(息が……、い、息ができ……)」
「……っ!」
青年の様子を見た少女は、数秒経ってから突如表情が僅かに揺らいで青年の前に屈む。そして青年を殴った箇所に右手を添え、生暖かさを感じる橙色の光を放った。
「っあ……あ……ーーっがはァ! はぁ……はぁ……、マジで死ぬかと思ったわ……。これが、この台詞の本当の使い時ってやつか……はぁ……はぁ……、二度と味わいたくないわこんなもん」
青年は息を整えつつ起き上がり、両手を膝の上に置いて胡座をかく。そして自分の足元まで深く俯うつむいて静かに溜め息をついた。
「……」
少女は僅かながら悲しんでいるように見えなくもないような、殆ど無に近い表情で青年を見つめる。それに気づいた青年は顔を上げて、真っ直ぐ少女と視線を合わせる。
「あ、あぁ……えっと、ごめんな? 俺が変な事を口走ったせいだから、君は何も悪くないよ」
「……」
「あ、つうか俺もう胸見ちまってんじゃねぇか!! けど、この子全く動じないな……。まぁ今の俺もまさにそうなんだろうけど、恥じらいとか無いのかこの子……は……って、ちょっと待て」
青年は額に手を当てて、自分の目が覚めてから先程まで見ていた光景を思い返す。すると、その光景の中で一つの不可解な点に気づき始める。
「……いや、ウソだろ……?」
そしてゆっくりと視線を少女の方へと徐々に上がってゆき、とある一点の場所に視点が定まったところで静止した。
「……、ハァ”ア”ア”ア”!!?」
「……?」
青年は肺からありったけの空気を吐き出し、思わず後方に飛び上がった。その直後、自宅のインターホンが何度か鳴らされ、玄関扉の奥から若い女性の声に呼び掛けられる。
『ちょっと、甘巻君大丈夫? なんかさっきから凄い声が聞こえてきたんだけど……』
「っ!? やっべこの状況見られたら確実に色々と終わってしまう……でもどうすりゃいいんだよ!!」
青年の焦る心境と連結しているかのように、扉を叩く音の大きさと頻度が増してゆく。
『ねぇ! 霊とかに襲われたりしてない!? 大丈夫なの!?』
「いや全然大丈夫じゃねぇよ……、まずこの子をどうにか隠さないとーー」
青年は完全に気が動転して意識が散漫とし、行動手順を定められない状態に陥っている。何故なら青年は先程見つめていた一点、少女の股下にて男に常備されている筈の得物が備わっていたからである。
つづく
1缶目、いかがでしたでしょうか?
えぇ、仰りたいことは分かります……。完全に「季節外れ」ですよね;
言い訳しますと、色々バタバタしていて完全に季節を逃してしまいました。本当は来年の夏に向けてストックをもっと貯める予定でしたが、エブリスタで丁度やっているコンテストに応募できそうだったので上げちゃいました。
毎週金曜の20:00に更新する予定です、次回もお楽しみに!