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第三話 狼系男子とは

 黒髪にパーマをあて、眼光が鋭い長身の見知らぬ男が立っていた。

 体は筋骨隆々といった風ではないが袖から覗く腕の筋からは細く、それでいて引き締まった筋肉を感じる。


 イケメンだ。


 見た目に関して言えば狼系男子といっても差し支えないんじゃあなかろうか。

 いや狼系男子が何を指すのか全く知らないのだけれど。知ったかぶりだけど。

 なんちゃってではない、味わい深いタイプのカッコ良さがある。

 この講義に出席しているということは同じ二回生なのだろうがとてもそうは見えない。二十後半くらいの大人感がある。


 私はイケメンは好きである。

 別に見た目より中身か、中身より見た目か論争に片足を突っ込む気はさらさら無い。そんなもんどっちも大切に決まっている。

 そうではなくて、ただ目の保養というか、私の中では美しい景色を見たい欲求と大差ないという話だ。


 ただ、このように人がたくさんいるところでそういう目立つ、しかも見知らぬイケメンに声を掛けられるという状況は、ちょっと私の望むものではない。

 既に周囲では話したこともない、食堂ですれ違ったことがある程度の同級生たちが「何だあの人、知り合いか?」といったニュアンスを含んだざわめき方をしているように聞こえる。

 彼はその外見ゆえだろう、どうやら学内ではちょっとした有名人らしかった。


 そのイケメンな有名人と対比させられるということは、私程度の外見では(中身でさえそうかもしれない)、どう足掻こうが、冴えないやつ認定を受けてしまうということなのだった。


 しかしまあ私にはそれで彼を逆恨みするような自尊心や誇りも無いし、逆に「これを機に彼と連絡先を交換しよう」と意気込む積極性も無いので、別に名も知らぬ周囲からの評価がいかに低くなろうが今更特に意に介したりはしない。

 彼にそこまで気を回せというのには無理があるのは私も分かるし、あの外見で育ってきたというのなら尚更だろう。




 だが今日は、今日だけはそれを踏まえても勘弁して欲しかった。

 全く悪運が強いのか何なのか、ため息が出る。ちなみに新年のおみくじは中吉だった。何とも言えないショボさがある。


 自尊心や諸々、女子としての向上心に欠けている私ではあるが、それでも羞恥心くらいはまだ残っている。

 もし女子道というものがあるなら、私は究道心を欠いてはいても道から外れたい訳ではないのである。


 欲を言えば先程の場面でも周囲が「なんだ? あの男の彼女か?」みたいな誤解をしてくれていたら嬉しかったろうなと不相応な願いを持ってしまうほどに。


 しかし今日の私は、というか今朝は、ドラマや漫画みたいな朝だった。それは決して素敵なという意味ではなく――その真逆だった。


 朝に弱い私は常日頃から目覚まし時計を二重でセットしている。ひとつは枕元に、もう一つは玄関に。


 結論から言えば、今朝、その両方ともが鳴らなかったのである。

 昨日までは何の問題も無かった二台は、ここにきて同時に電池の寿命を迎えたらしい。こんな偶然があるだろうか。


 さらに今日の一限は重要な科目の小テストの日、これを不受ということになれば試験の際に必要な点数は一気に跳ね上がり、単位取得の難易度も同じく跳ね上がる。どうしても遅れる訳にはいかない状況だった。不運のコンボがきまっている。


 追い詰められた私がどうしたかと言えば、まあ普通に朝食と身支度を犠牲にした。


 筆記用具、ノートなどを鞄に放り込み、朝食は抜き、服はそのままといきたいところであったが、夏の間、私は基本寝るときは下は下着のみなので、このまま行くということは学校に着く前に警察署に着いてしまうことになる。

 で、なんとかその辺にあったズボンを履いて走って、汗だくでなんとか間に合ったのだった。


 つまり、服は絶妙にダサく、若干貧血気味で、そして――化粧をしていない。

 普段からどうせ無意味だし、と薄い化粧しかしていないので大差ないといえばそうなのだが、それでもしていないよりはマシなはずだ。焼石に水でもかけないよりは気休めにはなる。

 せめて顔を隠すためにマスクでもあればと思ったが、それも切らしていた。不運のフルコンボである。


 そんなコンディションでイケメンに名指しで声を掛けられ、周囲からの注目を一瞬で集めてしまった私が、頭が真っ白の中咄嗟にとった必死の行動はというと、前の適当な女子群を指して、しかし彼女らには聞こえないように


「いえ違いますよ、その人なら多分あそこら辺にいます、ほら今学部等棟から出ようとしてる人たちです」

 という一か八かの嘘であった。


 これは流石に無理があるか、むしろより状況を悪化させたのでは……という私の心配をよそに彼はあっさり


「えっあっ、そうなの? ごめんごめん、ありがと」


 と言って向こうに走り出して行った。

 最初はなぜ私の名前と顔を知っているのか疑問だったが、存外あやふやな認識の程度だったようだ。

 それにしても有名でもない私の名前と顔を一応とはいえ知っていたのはなぜだろうか……。




 一分後。

 私はイケメンに壁ドンされていた。

 もとい、捕まっていた。


「いやあのさ。なんで嘘ついたの、三夜沢さん」


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