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最終章 精一杯頑張って1

「えぇー!? 晴人と咲良、付き合うことになったの!?」


「あ、ああ」


 顔を真っ赤にして、恥ずかしげに鼻の頭を掻く晴人。


 飲み会のあった翌日の土曜日。昨日、酔いのせいで足取りのおぼつかないボクをわざわざ家まで送ってくれた修一郎に、いろいろと考えた末に短く『ありがとう』とメールを送ってから一時間弱経った午前十一時過ぎ。


 自分(結葉)の部屋でレポートをしていたボクに、突如晴人からとてつもなく大きな爆弾を放り投げられた。


「い、いつのまに……」


 二日酔いで痛む頭を薬で抑えていたボクは、いまだ続く痛みに顔をしかめながら、ベッドの縁に腰掛ける晴人を見やった。


「昨日の飲み会の後だよ。咲良が門限で帰るって言うから送って行った時」


「あー、あのとき」


 ボクがかなり酔っていた時のことだ。昨日のことは大抵覚えているけれど、ところどころが出来上がり間近のパズルのように欠けている。出来上がり間近だから、欠けていてもその前後をつなぎ合わせればおおよその想像はつく。そんな感じだ。


「……き、きっかけは?」


 ボクも普通の人だ。他人ならともかく、家族、しかも世界は違えどボク自身であった彼がどうやって咲良と彼氏彼女になったのか、かなり興味があった。


「きっかけはなんだったんだろうな。ほとんど誰もいない道端で、夜景とかそんなロマンチックなものがどこにもないごく普通の住宅街の歩道で。突然咲良がふと思い出したように言ったんだよ」


『あたし、あなたのことが好きよ』


「ってな」


「うわぁ~……」


 やっぱり咲良からかあ……。ボクからはありえないだろうなと思っていたけど、せめて告白くらいは自分からしてもらいたかった。一応男なんだから。


 ……って、晴人は咲良のことが好きだったんだっけ? とりあえずボクが晴人だったときは咲良のことをそんな風には見ていなかった。ということはこの一ヶ月で晴人が心変わりした、もしくは気付かなかった自分の思いに気付いたのか、そのどちらかになるのだろうけど……。うーん、まあ、どちらにしても、最近の二人を見ていれば、二人が相思相愛だっていうのは一目瞭然ではあった。過程はどうであれ、結果はそうであった。だったらそれでいいのだろう。うん。


 しかし、咲良から告白というのは、咲良らしいといえば咲良らしいけど、そんなにさらっと告白してしまうなんて、凄いというかなんというか……。


「そ、それで晴人はなんて返事したの?」


「なんてって、まあ、ありきたりに、俺もお前のことが好きだ、と……」


「……う、うわーっ、うわーっ」


 膝に置いてあったクッションを抱きしめてよく分からない声を上げる。


 俺もお前のことが好きだ。なんとも捻りのない素朴で平凡で面白味のない言葉なんだ。そんな真正面からの返事を晴人が? 逃げ出さずに? ありえない!


「な、なんで結葉が真っ赤になってるんだよ!」


「そう言う晴人だって真っ赤じゃん! 耳とか首まで真っ赤!」


「お、俺は別にいいんだよ! 自分のことだから」


「ボクだって一ヶ月前まで晴人だったんだ。だから晴人がしたことをボクもしたかもしれないって思うと……ぬわーっ!」


 恥ずかしい。その告白の場面を鮮明に想像できるからなおのこと恥ずかしい。


「晴人は恥ずかしいヤツ!」


「恥ずかしいヤツなんて言うな!」


「だってそうだから仕方ないじゃん!」


「うるさい! 向こうが好きだって言ったんだから俺も好きだって返しただけじゃないか!」


「その真面目さが恥ずかしいって言ってんの!」


 晴人にクッションを投げつける。簡単に防がれて投げ返された。


「お、お前の方こそどうだったんだよ。修一郎と二人っきりだったんだろ?」


「ひゃい!? ボ、ボク!?」


 驚いて声が裏返ってしまった。


「お前らだって毎日二人でよく話して仲良さそうにしてたじゃないか」


「そ、それが何か!?」


「あの修一郎のことだ。ただ二人で飲んで送り届けただけじゃないんだろ?」


「うぅ……」


 お、思い出さないようにしてたのに晴人のせいで昨日のことを鮮明に思い出してしまった。


『俺、お前のことが好きだから』


 別れ際、ボクの家の前で告白紛いのセリフを口にした修一郎。酔っていて頭が回らなかったせいもあり、突然のことに対処できなかったボクは、ただただ頬に熱を感じながら、彼に視線を向けたりそらしたりするだけだった。数秒だろうか、数分だろうか、長いような短いような沈黙が続き、口を開いたのは修一郎だった。


『突然悪いな。別にだからといってどうこうしたいわけじゃねーんだよ。ただ結葉に、俺はお前のことが好きなんだってことを、知ってもらいたかったんだ』


 彼らしくもない曖昧で優しく、そして僕を追い詰める言葉。その後彼は「また月曜」と言って去って行った。本当にボクの返事を聞かずに、自分の思いだけを伝えて。


「で、どうなんだ?」


 晴人が返事を急かす。彼はボクの問いにちゃんと答えてくれた。だったら恥ずかしくても言うべきだ。


「…………す、好きだって言われた」


 消え入りそうな声。少しでも周りが騒がしければ聞こえなかったであろう小さな声で、ボクはこれ以上にないくらい頬に熱を感じながら言った。


「やるな、修一郎。どうせ咲良に焚き付けられたんだろうが、自分から結葉に告白するとは。それで、結葉はなんて答えたんだ?」


「なんてって……別に何も」


「は?」


「……何も言えなかった」


 晴人がポカンとした顔をする。しかしすぐに気を取り直して、


「何もって、何も?」


「うん」


「はいもいいえもなし?」


「うん」


「なんで?」


「なんでと言われても……言えるわけないじゃないか。晴人なら分かるでしょ」


 晴人は答えない。しかし、その表情からボクが言わんとしていることを理解しているようだった。


「ボクが修一郎に、はいもいいえも言っちゃいけない存在だってことを」


 ボクが何も言わなかった、何も言えなかった理由。酔っていたから、突然のことに頭の中がぐちゃぐちゃになったから。理由はいくつかある。でも一番の理由は、ボクが『晴人』だから。体は結葉という女の子になっても、ボクの心は今も晴人のままなのだ。


「……なあ、結葉。お前はいつまでそうやって逃げるんだ?」


「に、逃げるって……?」


「お前はいつまで自分を晴人だと偽るつもりなんだ?」


 晴人がボクを見つめる。その瞳はとても冷たく感じた。


「偽るって、ボクは晴人だよ? 偽るだなんてそんな――」


「だが今のお前は結葉だ。父さんからも母さんからも、亜依莉からも咲良からも修一郎からも。誰からも結葉だと認識されているんだ」


「そ、そんなこと、言われなくても知ってるよ。でもそれはボク達が別の世界から来たってことを知らないだけで、知ってたらきっと――」


「知っていたとしても、きっと誰もがお前を結葉として接するだろうな。お前だってそうあろうとしているじゃないか」


「それは……っ!」


 周りがそうだから、それに合わしただけ。みんながボクに望んでいるのは加志崎結葉であるボクであって晴人じゃない。だから結葉として振る舞っているだけ。それだけだ。


「そ、そうだ。晴人は知ってるじゃないか。ボクが晴人だったってこと。晴人はボクを結葉としてじゃなく、晴人だって認識してくれている。晴人さえいてくれたらボクは――」


「――ボクは自分が晴人だったと思い出すことが出来る、と?」


 晴人の言葉に心臓がドクンと跳ねた。


「結葉……。お前、本当は自分が女になったことをそれほど問題にしてはいないんだろ? ここ一ヶ月でお前は凄く女の子らしくなった。進んでではないにしろ、そうあろうと務めたのはたしかだよな」


「だ、だからそれは仕方なくで――」


「仕方なくにしろ、どうしようもなかったにしろ、お前は結葉であろうとした。そして結葉になった。それなのに心だけは今も晴人だと言う。何故だ?」


「だ、だから、だからだから、それは……」


 なんで。なんで晴人は僕をこんなに責める? 元々は同じ晴人なのに、どうしてこんなに冷たく当たるんだ。ひどいよ。自分は晴人のままのくせに、ボクばかりに押しつけて。優しくしてくれたっていいじゃないか。


「お前は自分を苦しめることから逃げたいんだ。結葉になったことでそれが増えて、全部抱え込めなくなったから、自分が晴人だったことを盾にして、全部晴人のせいにして、逃げてたんだろ? 自分が晴人だったら、嫌なことがあってもすぐに逃げられる。逃げる口実を作れる。そのために晴人であったことを利用しているだけなんだろ?」


「――っ!?」


「本当は別に結葉でもいいんだろ? 俺はお前だからな。分かるよ。高校へ入学したあの時も、中学では根暗だったせいで友達ができなかったから、そんな自分を変えたくて、高校ではもっと積極的になろうとした。俺はそこで自分を変えられた。でもお前はそこで自分を変えられなかった。つまりお前は、俺がなりたくなかった俺なんだよ。だから――」


「このっ!」


 晴人の言葉はボクの心を抉るかのようだった。耐えられなくなったボクは力任せにクッションを晴人に投げつける。彼はそれを防ぐことなく、顔で受け止めた。


「うっさい! なんで自分に否定されなくちゃいけないんだよ。君がボクならもっと優しくしてくれてもいいじゃないか!」


「俺だから、目を覚ましてやりたいんだよ」


「はっ! 君に何が分かる!? 自分を変えられて、ボクのことを高見から見下ろす君に! 自分を変えることが出来なくて、気付いたらいつも何かのせいにしてしまって自己嫌悪するボクの気持ちが!」


 堰を切ったように言葉が溢れ出す。彼の言うとおりだった。ボクは、今更元の世界に戻ろうだなんて思っていなかった。結葉として生きていくことも甘んじて受け入れていた。それなのにボクが晴人だと言い続けていたのは至極簡単なこと。せっかく手に入れた逃げ道を手放したくなかったからだ。


『ボクは晴人だから』


 その一言で大抵のことが許される。許される気がした。ボクは弱い人間だ。弱いから、言い訳がほしかった。誰かのせいにしたかったんだ。


 そしてボクは昨日、その言い訳を、こともあろうか友人の修一郎に使ってしまったわけだ。修一郎や咲良、そして晴人との関係が変わってしまうのが嫌で。今の居心地のいい空間がなくなってしまうのが嫌で。そして何よりも、そうして思い悩むことが嫌だった。


「ゆ、結葉……?」


 晴人が幽霊でも見たかのように目を見開いた。なんでそんなに驚くんだと思っていると、ポタリと、何かが手の甲に落ちた。


 ……水?


 ポタリポタリと落ちるそれは透明な雫。室内だから雨だなんてことはない。じゃあこれはいったい……?


「お前……泣いてるのか?」


 ハッとして両手を頬に当てる。冷たい感触。それはボクの両の目から溢れていた。カッと頭の中が熱くなる。


「――君のせいだ! 君がボクを虐めるから!」


 乱暴に涙を拭う。それでも涙は溢れてくる。


「出てけ!」


「結葉――」


「早く出ていけ!」


 あらん限りの声を上げて、ボクはキツク晴人を睨み付け、ドアを指さした。何か言いたげに晴人は一度口を開いたが、何も言わず静かに部屋を出て行った。

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