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第二章 良くも悪くも変化していく3

 それから一時間後くらい。


「もー飲めましぇん!」


 ボクはテーブルにゴロンと頭をくっつけて声を上げた。


「いや誰もそんなに飲めって言ってな――」


「ぷはっ!」


「って飲むな!」


 修一郎にジョッキを取られた。でもすぐに取り返す。これはボクのだ。


「ビールは飲むためにあるんだよっ! そんなことも分からないのかなあ~」


「いやいやそうじゃなくて、お前酔ってんだろ。もうそれ以上飲むのは止めろって言ってんだよ」


「酔ってましぇん!」


「どう見ても酔ってんじゃねーか!」


 むう……。本人が酔ってないって言ってるんだから酔ってないのに。修一郎の聞き分けのなさは呆れものだよまったく。あー、テーブルがひんやりして気持ちいい。


「ふわふわするぅ……」


「べろんべろんだコイツ……」


 ぺぺろんちーの? 修一郎はまだ食べるつもりなのかな。


「お腹は八分目にしたほーがいいよぉ」


「お前も酒はほどほどにな!」


「ほんとそーだよね。血糖値的なアレがびよーんだよね」


「コイツ分かってんのかよ……」


「じゃあもー少し飲むね」


「分かってなかった!?」


 よいしょと顔を上げて、気がつく。


「あれ、晴人と咲良は?」


「先に帰ったよ。晴人が咲良を送ってくって言ってな」


「あー、咲良の家って門限あったんだっけ。ちゃんとしたご両親だよねー」


「成人してんだから門限なんてなくて良いと思うんだけどな」


「子供のことが心配なんだよ、うん」


 うちの親だって正確な時間とかは決めていないけど、あまりにも遅いと怒るしね。


「そういうのって窮屈じゃないか?」


「んぅー……。心配されるのと、まったく心配されないのと、ボクなら心配される方が嬉しいかなあ~」


 親の子供への愛、って感じがするから。なんちゃって。


「あー、まあ、たしかに。無関心よりかはいいか。愛されてるって感じるもんな」


「うわっ、修一郎がそんなこと言うなんて意外」


「お、俺だってたまには、な」


 顔を真っ赤にしちゃって。凄く恥ずかしかったんだ。


「ちょっと修一郎を見直したっ。えらいえらい」


「べっ、別に普通だろ。いくらウザい親でも、育ててくれていることには感謝してる」


「ふーん」


 ボクが褒めたのはそういうことじゃなくてさ。ちゃんと言葉に出来たことを褒めたんだよ。


「子供が親を選べないように、親も子供を選べない。どんなヤツに育つかも分からねーし、ちゃんと育てた恩を返してくれるかも分からない。そんな不確かなものに大金をはたいているんだぜ。単純にすげーよな」


「そーだね。修一郎の親なんて特にそうじゃない?」


「それ、どういう意味だよ」


「さあねー?」


 くすくすと笑う。修一郎がグリグリと頭を乱暴に触ってくる。


「俺にもいつかは子供が出来て、親になるんだよな。ちゃんと出来るか心配だ」


「その前に結婚できるかどうか、だけどね」


「うっせえ」


 頭をグリグリする手に力が入る。でも全然痛くない。むしろ少し心地いい。


「うん。修一郎ならだいじょーぶだよ」


「そうか? お前がそう言うんなら、なんかそんな気がしてきた」


「単純だなあ」


 あははと笑うと、「うっせ」と頭をコツンと叩かれた。


「いつか子供ができたら、どうせなら親が俺で良かったって言ってくれるような子供になるように、精一杯頑張ってみるか」


「うんうん」


 精一杯、か。選べないのなら、選択肢がないのなら、せめてそれで良かったと思えるように精一杯頑張る。前向きな発言。ボクでは考えつかなかったかな。


「ん、なんだ。ジッと俺を見つめて。もしかして俺に惚れたか?」


「うーん。どうだろうねー」


 ちょっと格好いいかも、と思ったのは秘密。


「そういや結葉の髪ってなんで銀色なんだ? 親も晴人も妹さんも黒いんだろ?」


「ばあちゃんが外国のどこかと日本人のハーフで、髪が銀色だったんだって。そのせいじゃないかって母さんが言ってた」


「ああ。えーと、隔世遺伝、ってヤツか」


「そうそう。はくさいおでん」


「食い物!? 隔世遺伝だよ!」


「わかってるーって。もう大袈裟だなあ」


 笑いながら、ふと時計を見る。十一時を少し回っていた。


「うぅ。そろそろ帰らないと母さんに怒られる」


「んじゃそろそろ帰るか」


「もーちょっと飲みたかったのにー」


「まだ飲むつもりだったのか!?」


 何故か驚かれた。


 鞄を手に椅子から立ち上がる。携帯ある。お財布ある。忘れ物なし、と。


「忘れもんないか?」


「うん。だいじょーぶ」


「……足取りは大丈夫そうじゃないな」


「んぅ?」


 首を傾げるボクの腕を修一郎が掴む。そのまま引っ張られてレジの前へ。


「結葉は座ってろ」


「うん。いくら?」


「いいって。俺の奢り」


「え、それは悪いよ」


「いいんだって。ここは俺のメンツを立てるところだろ?」


 ところと言われても、今まで飲みに来たときは割り勘にしてたのに、突然どうしたんだろ。修一郎のメンツ?


 そうこうしている内に修一郎が会計を済ませてしまう。出したけど使うことのなかったお財布を鞄に戻す。


「えっと……ごめんね。いたっ」


 お店を出てから謝ると、何故か頭を叩かれた。


「ここは謝るところじゃねーだろ」


「じゃあなんて言うの?」


「……そりゃ、ありがとう、だろ」


 修一郎がそっぽを向く。それがかわいく思えて、ボクは小さく笑ってしまう。


「ありがと、修一郎」


「……おう」


 あさっての方向を見たまま、彼は小さく返事した。


 そうしてボク達は家路についた。駅へ行き、電車に乗る。修一郎とボクは乗る電車は同じ、降りる駅が手前かその先かの違いだけだから、手前の駅で降りる彼に「また来週」と言って別れるつもりだった。


 けれど、修一郎は駅についても降りなかった。


「あれ、さっきの駅で降りるんじゃないの?」


「夜遅いのに結葉一人で帰らせてどうすんだよ。送ってく」


「い、いいよ。酔いも少し覚めてきたし、一人で帰れるから」


「遠慮すんなって」


 その後も遠慮し続けたのだけど、絶対送り届けると言って聞かず、結局家の前まで送ってもらった。


「何から何までありがと」


 お礼を言って今度こそ終わり。そう思い手を振ろうとした時だった。


「結葉」


「うん?」


 やけに真面目な顔。しかし、まだ酔っていたボクはそれに気付かなかった。


 少しの沈黙が流れ、「なに?」と声に出そうとしたその前に、修一郎は思い詰めたような顔をして、こう言った。




「俺、お前のことが好きだから」

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