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第一章 どうやら女の子になったようです3

 ボク達が贔屓して通う、大学の近くにある駅から二駅、電車で五分くらいのところにあるボーリング場は、設備的には大学前にあるボーリング場と遜色ないのに、大抵いつも空いている。立地条件というものはとても大事らしい。こっちとしてはおかげで待ち時間なしでプレイできるからいいのだけど、潰れやしないかと少し心配だ。


 公言通り奢ってくれるらしい修一郎が受付を済ませ、レーンを確保したのちに各々ボーリング用の靴を借りる。ここでは縦長の自動販売機が靴のサイズ毎に並んでいて、自分の足のサイズの数字が書かれた自動販売機に200円を入れたら下から靴が出てくる仕組みになっている。


 えっとボクは27センチだから……。


 自動販売機の前に立って、目当ての数値を探す。横にスライドしていくと、トンッと肩が当たった。


 見上げるとそれは晴人だった。


「なんでお前がこっち来てるんだよ」


 何故か小声で話しかけてくる晴人。しかも微妙に焦っている?


「なんでって、靴のサイズ――」


「結葉の靴のサイズは27じゃないだろ」


 ……あ。


 やっと気付いたかのように、いや本当に今気付いたのだけど、視線を下ろして自分の足を見る。


 そこには余りにも小さな、すぐ横にある晴人の足とは似ても似つかないかわいらしい足が二つあった。


 これは誰が見ても27センチもあるようには見えないよね……。


「……うん。知ってた」


「嘘付け」


「ほんとほんと」


「じゃあなんでこっちに来たんだ?」


「え、ええと……すみません忘れてました」


「素直でよろしい」


 肩を押されて来た道を戻る。視線の先には靴を二足持った咲良がいた。


「はい。結葉は21センチでいいのよね?」


「う、うん。ありがとう」


 戸惑いながらも肯定して靴を受け取る。結葉の靴の大きさなんて知らない。でも咲良が選んでくれたのだからきっと合っているのだろう。


 しかし……なんだよこの手のひらサイズのちっさな靴は。晴人のときは27センチだったので、その違いは歴然だった。本当に入るのかな、これ。


 おそるおそる靴を履き替える。


「……うわっ、ホントに入った」


「ん、結葉、何か言った?」


「ううん。何でもない」


 やばい。すごい。こんなに小さな靴にすっぽりと収まりやがりましたよ。恐ろしいわ、女の子。


 トントンとつま先で床を叩く。靴はこれでよし。次はボールだ。いつもなら10と刻印されているボールを使うのだけど、この体じゃ到底無理だろう。ためしに8か7でも……。


「はい。結葉はこれよね?」


「え? う、うん。ありがとう」


 またもや咲良から受け取る。咲良ってこんなに面倒見が良かったっけ? まあ優しくされるに越したことはない。で、このボールはいったい幾つだろ。そう思ってボールを回す。


「……こ、子供用?」


 それは『小学生用』と書かれた、なんともカラフルなボールだった。レインボーとはいかないまでも、三、四種類の色でマーブル状になっている。指を入れる穴も小さいし、これじゃ入らな……結葉の手なら入るか。ためしに指を入れてみる。普通に入った。嬉しいような悲しいような、微妙な気分だ。


 ボールを置くと、隣にいつもボクが使っていた真っ黒のボールがあった。きっと重いんだろうなと思いつつ指を入れて持ち上げてみる。


「ふっ、ん…………はあ、はあ」


 肩が抜けるかと思った。少しも持ち上げられず、ふて腐れて椅子に座る。


「その体で余り無理するなよ」


「はいはい」


 含み笑いする晴人に、大丈夫だと言う代わりに肩をグルリと回してみせる。


「よしっ!」


 そうこうしているうちに始まっていたらしく、修一郎がレーンの前でガッツポーズを取っていた。天井から吊されたテレビを見ると、『STRIKE』という文字が画面いっぱいに踊っている。一投目でストライクを取ったようだ。


「今日は調子いいな。これなら夢の200越えも狙えるかもしれない」


「修一郎。お前昨日もそう言って最初ストライクを取ってからガタガタになって三桁もいかなかったよな」


「き、今日は昨日とは違うんだよ」


「どうだか」


 続いて晴人がボールを投げる。真っ黒なボールが吸い込まれるようにピンへと向かい、見事一度で全てのピンを倒した。修一郎同様ストライクだ。自分じゃないけど自分のことでもあるので、少し嬉しい。その次は咲良。一投目はガターだったが、二投で全て倒しスペア。どうしてそれを一投目でしなかったんだと思うのはボクだけだろうか。


「次は結葉の番よ。頑張って」


 咲良に送り出され、ボールを持ってレーンの前に立つ。手にしたのは子供用のレインボーなボール。ボールが軽いとカーブし過ぎるので余りよろしくないのだけど、さっき咲良が使っていた緑のボールでさえ投げるには少し重いように感じた。この体にはこの子供用ボールがちょうどいいらしい。なんとも情けない。


 憂鬱な気分のままボールを構える。レーンの中央に狙いをつけ、腕を振り上げて思い切り投げた。


「ぬわっ!?」


 ボールに体が持って行かれて、体勢を崩してしまう。いつもならこれくらい踏ん張って耐えられるのに、到底無理でその場に座り込むように、お尻をしたたかに打ち付けてしまった。顔からビタンと格好悪く倒れるのは阻止したけど、なんて鈍臭い体なんだ……。


 ボールはと言えば、手から離れてすぐにぐにゃりと曲がってガター(溝)に落ちた。


 想定外の軌道を描き、ガターをゴロゴロと転がり消えていくボールを見送り、やがて残念なBGMとともにボクのスコア表にGの文字が付く。


「相変わらず凄いカーブだな。ガターに吸い込まれるかのようだ」


「まるで夜空に流れる流星。一種の芸術ね」


「……それ、褒めてないよね?」


 腰を押さえながら涙目で戻ってきたボクに修一郎と咲良が半笑いで言った。ナチュラルにひどい。


 拭くことにどんな意味があるのか知らないけど、願をかけるように、イライラをぶつけるかのようにボールを磨く。クロスを置いてボールを持ち上げると、マーブル模様の中に女の子の姿を見つけた。球面上に伸びた顔は、それでも結葉だと分かった。


 小さな手に細い腕。本当に大学生かっての。


「手首を捻らずまっすぐ投げてみろ」


「ん、うん。分かった」


 晴人からのアドバイス。手首を捻るな、か。


 ボールを胸のあたりに持ち上げて、構える。助走を付けて、手首を捻らないよう意識しつつ二投目を投げた。手から離れたボールはさっきよりもずっと真っ直ぐに進み、ピンの手前で曲がってしまったけど、幾つかを倒してガターに落ちた。スコア表に5の文字が書き込まれる。あれで五本も倒したらしい。振り返り、目が合った晴人に笑いかける。晴人がそれに笑顔で応じ、両手を上げたのでハイタッチした。


「結葉がピンを倒すところなんて久しぶりに見たわ。晴人のアドバイスが効いたのかしらね」


「うん。かなり効いた」


 意気揚々と椅子に座る。スコア的には大したことではない。でもこの体になって初めてのボーリングにしては上出来だろう。


「この調子なら今日こそ夢の三十に届くかもしれないわね」


ゆ、夢の三十……? 余りにも低い夢に声も出ない。そんなに結葉はボーリングが下手だったのか。いや、なんとなく分かるけど。


「晴人のヤツめ。それくらい俺でも教えられるのに……」


 ボソッと修一郎が呟く。周りが騒がしいせいで聞き取れなかった。


「ん、修一郎、何か言った?」


「い、いや、なんでもない。さーて、次は俺の番だ」


 修一郎が急に立ち上がる。変なヤツだ。

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