表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

最終章 精一杯頑張って2

 それからの数日間。晴人とはギクシャクとした関係が続いた。そんなボク達を咲良は心配そうに見ていたけど、特に何も言うことはなかった。きっと初めての兄妹喧嘩だとでも思ったのだろう。


 修一郎はと言えば、ボクに告白したあとも何ら変わることはなかった。むしろ幾分スッキリしたようにも見える。どうこうしたいわけじゃない、ただ知って欲しかった。彼はそう言っていたけど、本心だったようだ。


 そしてある日。


「あの時は悪かった。ごめん。でもあれはお前のことを心配したから言ったことなんだ。それだけは知っていて欲しい」


「……うん。分かってる。ボクの方こそゴメン」


 晴人からの謝罪により、ボク達の関係は一応修復された。


 ◇◆◇◆


 そうして迎えた十二月二十四日。クリスマスイブの日。


「じゃあ、俺は行ってくるよ」


「いってらっしゃい。せいぜい頑張ってきて」


「ああ」


 緊張した面持ちで晴人は家を出た。


 今日、晴人と咲良は初めてのデートなのだそうだ。わざわざクリスマスイブが初めてになるように、今まで我慢したらしい。考えるまでもなく、咲良の発案だろう。


 玄関からリビングへ戻り、ソファーに座る。テレビはクリスマス特集と題して、美味しいフランス料理のお店を紹介していた。


 今日のボクに予定はない。両親は仕事が終わったらそのまま二人でご飯を済ませてくると言っていたし、亜依莉は友達の家でクリスマスパーティなのだそうだ。予定がないのはボクだけ。なんとも寂しいクリスマスイブになってしまった。


 こういうとき、恋人がいたら寂しくないのかな。そんなことを考えて、慌てて頭を左右に振る。これはボクが望んだことじゃないか。都合がいいときだけ誰かを求めるなんてダメだ。それに恋人って、この場合は相手が男になってしまうじゃないか。ボクは元は晴人という男だったのだから、男と付き合うことにそれなりに抵抗がある。と言っても嫌悪感を抱くほどのものではなく、なんとなく嫌だなあと、ふと思う程度。気持ちの問題だ。きっと付き合ってしまえば些細なことになってしまうんだろう。


 ……まあ、つまりは、ボクが意気地なしだってことだ。勇気がない。後一歩を踏み出せない。そういうこと。


 それに、


「勇気を出したところでどうするんだよ……」


 もちろんそうなればボクは修一郎と付き合うことになるのだろう。彼はボクを好きだと言ってくれた。だったらあとはボクから言えばそれで済むことなのだ。


 修一郎はいいヤツだ。それは間違いない。でも彼と付き合うだなんて想像できなかった。あくまでも彼はボクの友達なのだ。


 そう、友達。彼は友達だ。一緒にいて楽しいし、心が安らぐ。最近では四人でいても彼とばかり話しているし、気付いたら彼の顔を見つめている。彼が講義を休むと心配になるし、この間だって風邪を引いたって言うからいても立ってもいられなくて、おかゆを作りに……。


「……あれ?」


 ちょっと待って。これって――


 とその時、突然携帯電話が鳴り響いた。ビクッと体を震わせつつ、携帯電話を手に取る。


 電話は修一郎からだった。数秒迷った末にボクは電話に出た。


 ◇◆◇◆


 時刻は夕方の六時。日は落ちているから夜の六時と言った方がいいのかもしれない。


 ボクは街の中央にある公園にやってきていた。


「おー、結葉。こっちこっち!」


 クリスマスイブ効果なのか、いつもより人の多い公園の一角で、こちらに向かって大きく手を振りながら声を上げる人影を見つける。


 目立ってる、目立ってるから!


 彼のせいで視線が集まる。頬が熱くなるのを感じつつ、彼、修一郎に駆け寄る。


「悪いな。急に呼び出したりして」


「そ、それは別にいいけど、早くどこか行かない?」


「どうしたんだ? そんなに慌てて」


「いいから、早く行くよっ」


 修一郎の手を引いて、公園を後にする。


「あんなに人がいるのに、大声出して呼ばないでよ。注目されちゃったじゃないか」


「あー、そうか。悪い。お前ただでさえ目立つもんな。配慮が足りなかった」


 修一郎があからさまに肩を落とす。あ、いや、そんなに落ち込まれるほどには怒ってないんだけど……。


「……もう気にしてないから」


 なんでボクの方が気を遣わないといけないんだろう。困らされたのはボクの方なのに。


 公園から出て商店街へ。クリスマスらしく飾り付けられた商店街はいつもとは様相が違い、アーケードにはカップルらしき男女が溢れかえっていた。


 な、なんか恥ずかしい……。周りはカップルだらけ。そしてボク達も一応男と女の組み合わせ。周りからはどういう風に見えているのだろう。


「そ、それで、なんの用?」


 話していないと落ち着かない。こちらから話を促した。


「ああ。……ちょっと、な」


「ちょっとって?」


 修一郎はそれに答えず、ボクの手を取って商店街から一本外れた通路にある公園へやってきた。アーケードには多くの人がいるのに、一本道を外れただけで、そこに人はいなかった。


 なんだろう。こんな人気のないところへ連れてきて。


 問いただそうとしたボクよりも先に、修一郎が頭を下げた。


「この前は悪かった! 一方的に自分の気持ちだけを伝えて。お前のことを何も考えてなかった。すまなかった!」


「え、え?」


 突然謝罪されて混乱する。何か修一郎はボクに謝らなければならないようなことしたっけ?


「飲みに行った日のことだ。別れ際に好きだって言っただろ。あれだよ」


「あ、そ、そうなんだ」


 そう言われても分からない。あの告白のどこに彼の落ち度があったのか。


「あの後一人で考えて気付いたんだ。あれって逃げたんだよなって。自分だけ言いたいこと言って、すっきりして、満足してさ。告白された側のお前のことなんてこれっぽっちも考えていなかった」


 それのどこが悪いのか、ボクには分からなかった。告白なんて結局は自分の気持ちを相手に押しつけることだ。押しつけて、押しつけられた相手がそれをどうするか。告白する、されるっていうのはそういうことなのだと思っていた。


「いやもうあの時は自分を殴りたくなったぜ。居酒屋では居もしない数年後の子供相手に精一杯頑張るとか言っておきながら、間近のもっと大事なことを全然頑張れてないんだからよ」


 頑張る、か。彼は心が強いのだろう。だから自分の行いを悔い、改めようとする。頭を下げて謝ったのだ。ボクにはできないことだ。羨ましい。


「だから今度はちゃんと言う。結葉。俺はお前が好きだ。だから、俺と付き合ってくれ!」


 真剣な表情の彼の目がボクを射貫く。しかし、その瞳は不安に揺れていた。彼だって怖いんだ。振られるかもしれないことに。自分の気持ちが届かないかもしれないことに。それでも彼は再び告白したのだ。自分のために、そしてボクのために。


 一歩後ずさる。ここから走り去りたい。それが駄目ならせめて「また今度」とはぐらかしたい。逃げ出したかった。


「……しゅ、修一郎はなんでボクなんかのことが好きなの?」


「笑顔がかわいいから。一緒に居ると楽しいから。ずっと一緒にいたいと思ったから」


 臆すること無く言い放つ彼はなかなかに男らしかった。こんな男になりたかったなあ……。もう無理なことだけど。


「……で、でもボクって結構ダメなヤツだよ? 嫌なことがあったらすぐに逃げるし、自分に不都合なことがあれば誰かのせいにして自分を守る、卑怯者だよ?」


 せめて心くらいは男らしく、正直になってみよう。晴人と喧嘩して、初めて他人に自分の嫌なところを見せたからだろうか。今まで絶対言えなかった言葉が言えた。


「別にそれでいいんじゃねーか? 俺だって歯医者が嫌いで逃げたりするしさ。おっ、そうだ。なんなら俺に押しつければいいんじゃねーか? 嫌なことがあったら全部俺のせいにすればいいんだよ」


「お、押しつけるって……。それじゃただの八つ当たりだよ」


「八つ当たりごときドンとこいだ。そんくらい受けてやるよ」


 修一郎が歯を見せて笑う。余裕の現われだろうか。


「……そんなことまで言うくらいに、ボクのことが好きなの?」


「ああ」


 迷いのない声。だったら、


「じゃあ、もしも実はボクと晴人の中身がいれかわっていて、ボクの中身が晴人だったとしたら……それでも修一郎は同じことが言える?」


「意味がちょっと分からねーが……その時に好きになったヤツであれば、中身がどうであれ、俺はソイツが好きなんだと思う」


「……そっか」


 どんなボクであれ、ボクのことを好きになった自分自身を信じるってことか。前向きな発言だ。


「修一郎は格好いいね」


「な、なんだよ突然。今頃気付いたのか?」


「うん。そういうことにしておいて」


 クスッと笑いながら答える。うん、そうだ。自分一人では無理でも、誰かと、彼と一緒なら変われるかもしれない。ふとそう思った。


「ねえ、もしボクが修一郎と付き合ったら、少しは嫌な自分を変えられるかな」


 自分を変えようとしてから早五年も経ってしまったけど、まだ遅くはないよね?


「さあ。でも、結葉が何かするなら協力するし、出来る限りの手も貸すつもりだ」


「ありがと」


「そ、それでな、結葉。返事なんだが……」


「ん? あ、返事か。分かった」


 ボクは少しだけ気を引き締めて、彼に返事をするために向き直った。


 が、あまりにも緊張していたせいで、何かに躓いて転んでしまった。


「お、おい。大丈夫か?」


 修一郎が駆け寄る。膝を少しすりむいたかもしれない。ちょっと痛くて涙が出た。せっかく勇気を振り絞ろうとしているのに、ほんと鈍臭い。


「もー、締らないなあ」


 ボクは少し笑って、修一郎に向かって手を伸ばした。不思議そうにその手を見つめる彼に、ボクはこう言った。


「手を貸してくれるんだよね?」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ