魔法使いセービー
次に目を覚ませば、俺はきっとあの、古くて今にも倒れそうなのに結構頑丈な、住み慣れた我が家にいるはずだ。
きっと旅の疲れで、変な夢ばかり見てるんだ。そう思いながら目を覚ますと
やっぱり羽根の上。
うん、夢じゃないみたいだ。
俺はとうとう、アヴェルに着いたんだ!
…でも、随分と想像とかけ離れているみたいだけど。
おとぎ話で聞いたアヴェルは、少し不思議だけど、夢と魔法が溢れる、キラキラした地だった。
しかしどうだ。
名前も教えてないのに、いきなり俺の名前を呼びやがる。
その前にまず、何故俺があそこから来ると判ってたんだ?魔法か?魔法だと言ってくれ!
『魔法だ』
大体、105歳の少年に108歳の少女ってなんだ?!嘘に決まってる。
『嘘じゃない』
嘘じゃないとしたら、じゃあなんだ?!アヴェルでは1,000歳でやっと大人なのか?!そんな馬鹿な話があってたまるか。
『あれも魔法だ』
え?あれが魔法?どういう事だ?若返りの魔法ってか?
『察しがいいな』
…って…
俺、二重人格にでもなった?
『お前の心の声を聞くなど造作もない』
『ひゃえぇぇえぇぇぇ~』
『支えろ!話にならん!』
また気を失いそうになる俺を、少年少女?がピタリと支える。セービーが右手を振り下ろすと、上を向いた俺の顔面に殺す気か!というくらいの大量の水が、溺死を狙ってるだろ!くらいの勢いで降ってくる。
『ぐはっ!がはっ…』
俺がもがいていると、唐突に水が止まった。セービーは、やれやれと言った表情で、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
『あまり気絶ばかりされると、話にならん。しっかりしろ』
『ず、ずみません』
何故か反射的に正座で謝ってしまった。大量の水を掛けられたり、勝手に心の中と会話されたり、謝ってもらうのはむしろこっちだと思うが。
『殺すつもりはなかった。つい楽しくてな』
『は?』
『うん、まぁ忘れてくれ』
忘れるつもりなんて毛頭ないが…ここは秒速で忘れておこう。
『私はセービー。この地を治める首長だ。そして、お前を案内してきたのが、マハラとクハラだ』
『マハラですの』
少女?がひらりと挨拶をする。
『クハラでございます』
少年?が頭を下げる。
『さっきの紹介の通り、マハラが姉で108歳。クハラが弟で105歳だ。二人とも優秀な宮仕えだ。よろしく頼むよ』
『ほ、本当に108歳…?』
どう見ても、年の頃10歳くらいにしか見えない。クハラだって同じくらいだ。
『セービー様に魔法をかけてもらってますの♪』
マハラが嬉しそうに、顔の横で手を合わせ、首を傾けた。俺はマハラを一瞥した後、ジーーーっとセービーを見つめた。
『…私は20歳だ。自分に魔法は掛けてないぞ』
『え、あ、そですか…はは』
無心になれ俺!無心だ!
『私が首長になる時、あまりに若い首長に付くのはプライドが傷付くかと思ってな。私より若い見た目にしてやったんだ』
『お陰で気兼ねなく80歳下のセービー様に仕えられますの♪』
『セービー様のお母様は、そういう所に疎かったですからね。90だろうと100だろうと、遠慮なくこき使ってくれましたから』
『マハラ、クハラ。もう大丈夫だ。食事の支度を頼む』
『はい、かしこまりました』
二人は礼をすると、いそいそと部屋を出た。
『先に言っておくが、今はお前の心を読んではいない。読心術というのは、見た目以上に魔力を使うのだ。だから安心していい』
『え?あ、だってさっき――』
『あれはお前の顔に書いてあったぞ。3歳の子ども以上に分かりやすい奴だな』
『そ、それは大変失礼しました』
『はぁ…まぁその、楽にして欲しい。堅くなるな』
『あ、ありがとうございます』
『とりあえずその短い足を崩したらどうだ?』
『はいッッッ!』
正座していた事もすっかり忘れていた。胡座をかくと、ふわふわと羽根の感触に気付く。
『すごいフトンですね…』
『フトン?…あぁ、ここではユニパと呼んでいる。それはヤンモ鳥の羽根だ』
『へぇ~ヤンモ鳥っていうのは大きいんですか?』
『な、お前、ヤンモ鳥も知らない馬鹿なのか?それとも大馬鹿なのか?』
うん…とりあえず馬鹿なのは確定してるんだ。
『す、すみません』
『ヤンモ鳥は冬は白毛で、夏は灰色の毛になるんだ。暖かい所が好きな渡り鳥だ。よくこの辺りでは川にプカプカ浮いてるんだ』
『あー…それってもしかして…ハクドリかな?』
『…そうか。鳥の呼び方が違うのか。…すまなかった』
『あ、いえいえ。俺の旅の目的がぁぁぁぁぁぁ!!!』
『?』
そう。
すっかり忘れていた、旅の目的。
アヴェルには、古い言葉が残ってる。その言葉が俺の継いだ【言葉】と同じかどうか――
しかしどうだ。
すんごい会話が成立してるぞ。ごくごくフツーに話してるぞ。これは一体どういう事だ?
『…大丈夫か?どうした?』
『いや、その。実は俺、ここに古い言葉が残ってると聞いて来ました』
『うん、お前達が話す言葉と、私達の言葉は違うな』
『でも!今すんごく会話がスラスラ続いてます…よね?』
『…あぁ、これか。これも魔法だ』
『ま、魔法?!』
『あぁ。私達は見ての通り、外界との交流を断って、独自の文化で生きてきた。しかし、何百年かに一度は、思いがけず外界からの旅人がやって来たりする。その時に言葉が通じないと不便なんだ。だからアヴェルには結界を張ってある』
『結界…?』
『魔物、そして敵意を持った者の侵入を阻む結界と、言葉を通じるようにする結界だ。今私達は私達の言葉で話してるぞ。でもお前には、お前達の言葉で聞こえるだろう?』
『聞こえます!』
『私達には、お前の話す言葉は、私達の言葉に聞こえている。かなり古い魔法なんだが、私が復活させたんだ。きっと昔にも、言葉に困った先祖がいて、この魔法を発明したんだろう。しかし、アヴェルはどんどん伝説上の地とされ、訪れる者もめっきり減り、魔法が廃れたんだろう』
『どうしてそんな必要のなくなった魔法を復活させたんです?』
『…解らん。興味…だ。だが、この魔法を復活させてすぐ、旅人がやってきて役に立った。そしてお前が来た。いや、来るのが判った』
『え、わかってたんですか?!』
『あぁ。だからマハラとクハラを出迎えにやったんだが』
『やっぱり魔法で、ですか?』
『あぁ。正確には予知夢だ。…私も初めて見た。お前が、父上らしき者にアヴェルへ行きたいと懇願してる所と、ここへ向かってる途中でグーズーに座ってる所だった』
『そですか、はは…』
そっか。出来れば違う所を見て欲しかったな…
神様、今度はぜひ予知夢、選ばせてくださいな~(棒読み)
『それで、お前は私達の言葉をどうして知りたいんだ?』
『あ、はい!実は俺、【言葉】を引き継いだんです!でもその言葉が古くて、意味までわからないんです。人に教えるなとか大事にしろとか言われてるんですが、一体どういう意味があるのか知りたくて』
『…なるほど。じゃあ私達に伝わる言葉を教えればいいのか?それとも文字が知りたいのか?』
『あ、文字が見たいです』
『わかった。少し待っててくれ』
セービーは立ち上がり、部屋の奥のタンスへと向かった。
丁度その時、マハラとクハラが食事の支度を持ってきた。
『失礼致します』
『ジャン様、お腹空いてませんか?お口に合うと嬉しいんですの』
マハラがにっこりと微笑み、俺の前に膳を置いた。この可愛い少女が108歳だなんて…
魔法は恐ろしい。
『待たせたな』
セービーが、1枚の白くて薄い布のような物を差し出した。少しざらざらとした手触りだが、今まで触った布の中で一番薄くて軽かった。まるで、大根を薄く剥いた皮みたいだ。
『この薄いのは布ですか?』
『これは紙だ』
『かみ?』
『木から作るんだ』
『木?!木からこんなに白くて薄い物を?!ま、魔法で?!』
『いや、魔法じゃないぞ。…まぁ後で教えてやるから、文字を見たらどうだ?』
『あ、そうですね…すみませんビックリしちゃって』
俺は腰袋から【言葉】を取り出すと、アヴェルの文字と見比べた。俺の継いだ【言葉】は、本当に図形のようだが、アヴェルの文字は、もっと文字らしく進化した物だった。○や□などの形はほぼ崩れ、いくつか重なりあったりと、もっと複雑な形状をしていた。
『…違うのか?』
『あぁ、はい』
俺の顔を見て察したのか、少し悲しい顔を見せるセービー。なんだか俺も申し訳ない気分になる。
『…少し、違うみたいです。俺の継いだ【言葉】の方が、何て言うかその、もっと前時代的というか、ごくシンプルですね』
紙を返し、どうせ読めないならと、セービーにも【言葉】を見せてみた。
『…いいのか?』
『あ、はい。実は、さっき俺が言った、夢に出てきた女の人って言うのは、俺の夢じゃなくて親父の夢なんです』
【言葉】の板をセービーに渡す。
『親父の夢に出てきた女の人が、親父が【言葉】を持ってたら不安だから、早く俺に譲れって言ったらしくて。その女の人のイメージが、その貴女に――』
『セービーでいい』
『セービーにそっくりだったんです。だから、その女の人とセービーは何かしら関係があるんじゃないかなって思うんです。俺がアヴェルを目指したのも、もしかしたら偶然じゃないのかも、なんて』
『…そうだったのか』
セービーは板に目を走らせる。ふぅっと一つ息を吐いた。
『確かに、私達の言葉よりもっと単調で純粋だな。…力になれなくてすまない』
『いえ、いいんです!こうしてアヴェルに無事着いただけでも。あ、食べても…いいですか?』
腹の虫がぎゅ~と鳴き出した。ふっと肩の力が抜けたら、途端に空腹感が全身を駆け巡った。
『あぁ、すまんな。好きなだけ食べてくれ』
『お言葉に甘えまして。頂きます!』
初めて目にする、白い粒の立った物。小麦とはかなり違う。口に含むと、今までに嗅いだ事のない香りが鼻に抜けた。
『ん、あったか…』
『それはコメだ。ここの特産品だ。噛むと甘くなるぞ』
『ん、ほんほだ!うまひっ』
『魚は川で採れるベニウオで、塩焼きが絶品だ。その肉はグーズーだ』
『え?!グーズー?!』
『あぁ、グーズーはそのままだと獣臭くて食えないが、塩揉みして浸けておけば柔らかくなるし、臭みも消えるんだ』
『ひ、ひらなかった…うまっ!ぜひ後で作り方教えてください!絶対母ちゃんが喜ぶ!』
『クハラが料理が得意なんだ。クハラに聞くといい』
『あ、そうだ。母ちゃんといえば、お土産頼まれたんですよね~。家事が楽になる魔法なんて売ってません?ないですよね~』
『…あるぞ』
『あるんだ?!』
『このテーブルクロスを広げて、右手をこうぱちんと鳴らせば…』
そう言って、セービーは真っ赤な布を広げると、右手の親指と中指を擦り合わせ、ぱちんと音を出した。その途端に、テーブルクロスの上に料理が現れた。
『まっ魔法のテーブルクロス!!!』
『なんだ知ってるのか?』
『ゆ、夢物語だと思ってた…』
『うむ、ただしこのテーブルクロスは、一度でもこの上に並べた事がある料理しか出せないんだ。良かったら持っていけ。役に立てなかった詫びだ』
『いっ、いいですか?!ありがとうございます!』
『テーブルクロスならいくらでも作れる。簡単な魔法だからな。遠慮はいらん』
『かあひゃん、よろこひまふっ!』
【言葉】が解らなかったショックもどこへやら、魔法のテーブルクロスに美味しい料理で、俺はすっかり有頂天になっていた。






