親友カッシィ
『おージャン!話は終わったのか?』
『わりぃな、遅くなって。井戸はどうだ?』
『見てみろよ!』
カッシィは幼なじみの親友だ。すごく真面目で、でもユーモラスで、一緒にいて飽きない男だ。カッシィが竹のカップを渡してきた。中には、まだ少し泥混じりの水が入っていた。
『やったな!』
『やったぜ!はぁ~良かった~』
『お疲れカッシィ。やっぱりお前のダウジングは正確だな』
俺はカッシィの肩をぽんと叩いた。カッシィは笑顔で拳を突きだしてきた。その拳に、俺も拳を合わせる。
『ジャンが手伝ってくれなきゃ掘れなかったよ。ありがとな。これでこの集落も水に困らないな』
俺達の住む村、タッシュは山の中の辺境の地。
近くの川まで歩いて3時間もかかる。
水の確保は、昔からの最重要課題だった。長い年月をかけ、井戸が発明され、早く掘る方法が考えられてきた。
最近、俺とカッシィで、二人でも井戸が掘れる方法を考え出したばかりだ。村に点在する集落ごとに井戸があり、この集落の井戸が最近枯れてしまっていた。そこで俺達が新しい井戸を掘っていた。
俺とカッシィは、村に唯一ある飯屋に来ていた。みんなの憩いの場だ。
『なぁ…カッシィさ、古い言葉って知ってるか?』
『古い言葉って…あぁ、なんか1,000年くらい前の古代語の事か?』
『何だそれ?』
『え?違うのか?この前来てた旅人が話してたぞ?かなり昔の言葉を見たとかなんとか』
『それどんな字だ?覚えてるか?』
『う~ん…確かクネクネと曲がった字だったような…』
『それ本当か?』
カッシイは可笑しそうにクスクス笑い出した。
『あぁ、でもありゃマユツバだぞ?だってあの旅人、アヴェルを見つけたとか言ってたしな』
『アヴェル…?アヴェルってあのおとぎ話のか?!』
『そうだよ!あのおとぎ話のアヴェルを見つけて、そこで見た事もない字を見つけたんだと。アヴェルの村人によると、1,000年前からアヴェルで使われてる言葉だってさ!な、マユツバだろ?その話じゃないのか?』
『…アヴェルか…ありそうだな』
『どうした?』
『その旅人って、どこでアヴェルを見つけたって言ってた?』
『え?…え~っと確か、ここよりずっと北東の山の中だって。道に迷って偶然見つけたとか』
『ずっと北東の山の中…』
『でさ、アヴェルには魔法が残ってて、魔法使いの首長が一番近い村だって、この村への道を教えてくれたとか言ってたぞ。魔法だって…笑っちゃうよな?おとぎ話そのままじゃねぇか』
カッシィは膝を叩いて大笑いした。
『俺だってもっとましな作り話するぜ~!まぁでも、子供心思い出して楽しかったけどよ!』
『ありがとうカッシィ!俺ちょっとアヴェル行ってくる!』
『アハハ…あ~アヴェルな!気を付けて…っておい!何言ってんだよ!おいジャン!』
俺は飲みかけのお茶も、大笑いするカッシィもそのままに
一目散に家へ走った。
『はぁ?アヴェル?何言ってんだジャン?熱でも出たか?』
母ちゃんに頼まれたのか、ひたすら薪を割る親父に、俺は懇願していた。
『俺さ、あの言葉の意味が知りたいんだよ!アヴェルには古い言葉が残ってるらしいんだ!だから俺、アヴェルへ行きたい!な!お願いします!』
『ったく、馬鹿な事言ってないで、麦でも刈ってこい』
『この通りだ!』
俺は、立ったまま腰を前へ折ると、額を地面へ付けた。これが俺達の中での最上級の礼だ。
『おいっ!ヤメロ!』
親父はようやく薪割りの手を止め、真剣な顔で俺を見た。
『…お前。アヴェルはおとぎ話だ。わかってるだろ?』
『でもこの前来た旅人が、アヴェルを見つけたって言ってたんだ!そこには古い言葉が残ってたって!』
『ふぅ~ありゃ作り話だろ』
『…じゃなかったら?』
『え?』
『作り話じゃなくて本当の話だったら?古い言葉が残っててもおかしくないだろ?』
『まぁ…確かにそうだが…』
『この通りだ!お願いします!』
俺はもう一度最上級の礼をした。額にチリチリと砂が擦りつくのがわかった。
『…分かったから!顔を上げろ!ったく。…いいか?一月だ。一月だけ自由にしろ』
『本当に…?いいのか親父?』
『…ちょっと付いてこい』
そう言うとスタスタと歩き出した、いつもより広く感じる親父の背中を、夢中で追いかけた。
着いたのは、親父の書斎だった。
机の引き出しから取り出したのは、大振りのナイフと、年季の入った方位磁石だった。
『これはな、お前のひいじいさんの形見だ』
『ひいじいちゃんの?』
『あぁ。俺は小さい頃、ひいじいさんの冒険話を聞くのが大好きでな。嘘か本当かわからんが、ひいじいさんの冒険話は、俺をワクワクさせてくれる面白い話だった。ある時ひいじいさんに呼ばれて、これを渡されたんだ。“いつかお前も旅に出なさい”ってな』
『…それで、親父は旅に出たのか?』
『うん、出てない!はっはっはっ』
ドン!と誇らしげに胸を叩く親父を見てはぁ~とため息が出た。
『ひいじいちゃんも浮かばれないな』
『俺はグーズーが怖いからな!』
『なに自慢気に話してんだよ!魔物は怖くないのかよ?』
『グーズーは足が速いが、魔物は足が遅いからな!走れば逃げ切れる!はっはっはっ』
『親父…一応体術の免許皆伝だろ?戦えよ…』
『あ、お前も旅に出る前に免許皆伝になっとく?』
『そんな簡単に奥義教えていいのかよ!』
『…いいんじゃない?』
『軽ッッッ!…いいよ。帰ってきたら教えてくれよ』
『…そうか。じゃあそうするか』
あまり見た事がない、優しい顔で微笑む親父を見ると、なんだか胸の奥に小さく風が吹いた。
『それで、いつ出るんだ?』
『気が変わらないうちに。今夜にでも出たいと思ってる』
『そうか。母さんには話していきなさい』
『あぁ。親父、本当にありがとう!』
俺は素早く立ち上がると、もう一度最上級の礼をした。そして、母ちゃんの元へと急いだ。
母ちゃんからは、右頬にキョーレツなビンタを一発食らったが
『うちの男共は頑固だからね!お前の思う通りに生きたらいいよ』
と言って、強く抱き締めてくれた。
泣いている。
震える肩が雄弁に語っていた。でも、決して俺に泣き顔は見せまいとしてるみたいだった。…強い母ちゃんだ。
次に顔を上げた時には、少しだけ目の赤い、でもいつもの母ちゃんの顔になっていた。
『ちょっとおいで』
母ちゃんは、俺を土間へと連れてくると、かまどの裏から小さな巾着袋を取り出した。
『持っていきな。何か役に立つだろ』
巾着袋を開けると、中には砂金の粒が6つ入っていた。この村では、これだけの金があれば家が一軒建つほどの大金だ。
『母ちゃんこれ――』
『私は体術も出来ないし、刀も振れないし、魔法も使えないし。あんたにしてやれるのはこれくらいだからね。あとは、あんたが無事でいられるように、神様に噛み付いてでもお願いしとくからね』
『…母ちゃん。本当にありがとう。俺さ、ビンタは痛ぇけど、母ちゃんに産んでもらって本当に感謝してる。幸せだ』
『止めとくれよ、辛気くさい!お前は、無事に帰ってきてくれればそれでいいんだよ』
『ありがとうな…母ちゃん』
湿っぽい、別れの空気が流れる。耐えきれなくなって、俺は努めて明るく聞いた。
『土産、何がいい?魔法の土産あったら買ってくるよ』
『それはいいね!やっぱり魔法の絨毯…いや、魔法のテーブルクロスだね!』
『それっておとぎ話に出てくる、広げるだけで料理が出てくるやつ?』
『そうそれ!もしくは、勝手に掃除してくれる箒もいいねぇ』
『ぷっ…母ちゃんらしいな』
『なに笑ってんだい!炊事、洗濯、掃除は主婦の辛~い三大家事なんだよ!その辺を楽にしてくれる魔法じゃなきゃ、あたしゃ要らないね』
『わかったよ!絶対土産買ってくるから。楽しみにしててくれよ!じゃあな!』
俺はまるで隣の家に遊びに行くみたいに軽い調子で、家を飛び出した。
母ちゃんがそっと祈ってる事も知らずに。
◇ ◇ ◇
『あの~ジャン居ますか?』
『あら、カッシィ。どうしたんだい?』
『あ、こんにちは。ジャン居ますか?』
『ジャンはちょっと旅に出たんだよ。もしかしてカッシィに何も言ってかなかったのかい?本当におっちょこちょいなんだから』
『それでジャンは何処に…?』
『アヴェルだよ』
『え、あ、アヴェル?!本当に行ったんですか?!』
『あぁ。まぁ、あの子の事だからきっと、お土産買って戻ってくるよ』