受け継がれる【言葉】(2)
『なんだよ話って。井戸がもう少しで掘り上がるかもって所なんだよ。急いでくれる?』
『…まぁ、ちょっと座れ』
親父に促され、畳にあぐらをかく。親父は徐に、服の中から石の板のような物を出して俺に渡してきた。
『…?なんだよこれ』
『どうだ』
『どうだって言われても…』
『温かいだろ?パンツの中で温めといた』
俺は板を放り投げるとすくっと立ち上がった。
『まぁ待て。落ち着け?な?もう一回見てくれ』
『ったく』
俺は板を拾い上げると、もう一度座った。
石の板のようだが、妙に軽い。灰色に白が混ざりあった板で、厚みは2㎝ほど。掌に収まる長方形の形。これは一体何の物質なのか、単純に興味が湧いた。叩いてみると、コツコツとまるで乾燥した木を打ち合わせた時のような軽い音が響いた。
『あの~板が気になるとは思うんですが~…【言葉】をみてくれます?』
申し訳なさそうに親父に諭され、もう一度板の中央に目をやる。
そこには、俺達が使っている文字とは全く違う、見た事もない絵のような文字が並んでいた。
『何これ』
『わかんない』
『はぁ?』
『いやぁ、わかんないだよな~はっはっはっ』
『…何だそれ』
『それはさ、我が家の家宝なんだ。俺もじいさんから貰った。どうやらとっても大切な事が書いてあるらしいんだが、いかんせん古い言葉すぎてなんて書いてあるのかまーーーったくわからんのだ』
『どんなテキトーな先祖なんだよ!大切な事が書いてあるのに、何て書いてあるかは伝えてくれなかったのかよ?』
『そうらしい。まぁ、いかにも俺達の先祖って感じだろ?はっはっはっ』
豪快に笑い飛ばす親父を尻目に、俺はもう一度板を見た。
見た事もない板に、見た事もない文字が書かれている。
○や□や~などを組み合わせた、見れば見るほど図形にしか見えない文字。
これが昔の言葉なのか。
なんだか歴史に触れた気がして、ちょっぴり感動した。
それと同時に、どうして大事な【言葉】が書いてあるのに、その意味は伝わっていないのか。
この文字すら廃れてしまっているのか。
大切に伝えて欲しいが、人には知られたくない。一族さえも信用していない。
そんな不信感。
親父はお調子者だし、じいちゃんは女を追っかける事に命を懸けてたし、ひいじいちゃんは人を笑わせるのが大好きだったらしい。
そんな俺達の先祖が、すこぶる真面目で勤勉な人だった~なんて言われても、確かにピンとこないが。
それにしたって、大事な【言葉】の意味を伝え忘れるほどの大馬鹿者だなんて…子孫として信じたくない。
『これはさ、俺達一族の長となる男子に代々受け継ぐそうだ』
『…ふーん。どうして急に俺にくれたんだ?まだ親父現役じゃねぇか』
『いやぁそれがさ、この板の事自体忘れててさ!はっはっはっ』
…ヤバい。
早速前言撤回しないといけなくなりそうだ。こりゃ意味を伝え忘れた大馬鹿者の先祖がいてもおかしくないぞ。
『そしたら夕べ、すんげえ綺麗な女の人が夢に出てきてな。板を覚えてるか?お前が持ってるのは不安だから、さっさと息子に譲れって、すんげえ怖い顔で言ってきてさ。おしっこちびるかと思ったよ』
『女の人が…?』
『うんうん、母ちゃんの顔を半分の大きさにして、目を倍の大きさにして、髪はシルバーでサラサラにして、鼻筋通らせて唇もプルッとさせた感じだ』
『うん、もう母ちゃんとかけ離れすぎて母ちゃんが可哀想だ』
『あんた!また私の悪口言ってたわね!』
『うおっ地獄耳、出やがったな!…いててててて』
『だーれが出やがったな!よ。私は虫じゃないよ!油売ってないで早く働きな!』
どこからともなく母ちゃんが現れ、親父の耳を引っ張って連れていく。いつもの光景だ。
『ジャン!大事にしろよ!無くすなよ~!人には見せるなよ~』
『それ親父が言う?』
『人に見せるなって!あんた、まーたしょうもない物ジャンにあげたんじゃないだろうね~!』
遠くから母ちゃんの声が響く。母ちゃんは完全に何かを勘違いしてるだろう。親父、御愁傷様。
一人、部屋に残された俺は、またしみじみと板を見た。
夢に出てきた女の人と言い、間違いなく大切な物だろう。
一体何が書かれているのか。女の人は誰なのか。この板の材質は何なのか。俺は無性に知りたくなった。
板をしっかりと腰の袋へ入れると、俺は家を飛び出した。
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