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ジャンとセービーの旅(2)

魔力を補充し、絨毯に乗って川を上る。二時ほどは経っていたが、村が近付くにつれ、焦げ臭い匂いが立ち込めていた。木が倒れ、畑が焼かれている。


『大丈夫か?』

『いや、あんまり…』

『お前は幸せ者だな』

『え?』

『争いを知らない民というのは少ない。それを知らないお前は幸せ者だと言ったんだ』

『セービーは知ってる…のか?アヴェルだって平和だったじゃん?』

『…私は、夢で見たり占いで見たり。首長になる前は、見に行った事もある』

『なんで…?』

『興味本意だ。そしてお前のように吐いた』

『え?!』

『私だって、人が死んでいるのを気持ちよく見れるほど冷血ではない』

『あ、そういう訳じゃ…』

『だからお前の気持ちは解る』

『あ、ありがとう…』


セービーは表情こそ変えないし、口調こそ変わらないが、励ましてくれているのは解る。こういう気遣いが慕われていたんだな…


『お前だけじゃなく、私も幸せ者だということだ』


目の前に、一際拓けた場所が出てきた。どうやらここに、村があったようだ。家畜を飼っていたのか、無惨な姿で倒れていた。

ゆっくりと低空飛行で村を進む。魔物や家畜は倒れているが、人は一人もいない事が不思議だった。


『人がいない…』

『…うむ。確かに見当たらないな』


まだ火が燻っている所もある。煙が目に染みて痛い。そのせいか、涙が次々と溢れる。ふと、目の端で何かが動いた気がした。急いでそちらに目を向けると、崩れた家の下に人が倒れていた。


『人だ!』

『どこだ?!』

『あそこ!』


セービーは、俺の指差す方へ急いで絨毯を飛ばす。ゆっくりと地面へ降りると、まだ辛うじて息があった。


『生きてる!大丈夫か?』

『ガレキを飛ばそう』


セービーはガレキに向かって右手を伸ばすと、呪文を唱える。パンッと破裂音がして眩しい閃光が光ると、ガレキは粉々に砕け飛んでいた。セービーがガクッと膝から崩れる。


『セービー?!』

『…っ問題ない!それよりもその人は?』


弾かれるように、ガレキの下敷きになっていた人に視線を戻す。呼吸も浅く、傷も深い。


『大丈夫ですか?!』


駆け寄り、仰向けにする。男性のようだ。セービーに目をやると、ゆっくり左右に首を振っていた。


『…われた…』

『喋れますか?!』

『み…な…吸われ…』

『吸われた?!』


男性は少し目を開くと、小さく頷く。


『みど…り…め』


そう言うと、大きく深く息を吐き。男性から命が抜けるのが分かった。

セービーが『せめて』と、男性の傷を綺麗に消し、俺が穴を掘り、そこへ静かに横たえた。


この村で出会ったのは、結局この男性一人だった。


その夜は、早目に休む事にした。セービーが絨毯の周りに魔物避けの結界を張ってくれるお陰で、夜も安心して越すことが出来た。


『あの人…。みんな吸われた、緑目って言ってました』

『そうだな』

『…どういう意味ですかね…』

『…そういう意味だろう』

『そういう意味って…!』

『緑目に人がみんな吸われた、という事だろう』


緑目。俺が知ってる限り、それは魔物。魔物が村を襲うほど大きく強くなることもピンと来ないが、魔物が人を吸う?もっとピンと来ない。それは、セービーが魔力を吸収するようなものだろうか?でも魔物が人を吸って、一体何になるんだろうか。考えがぐるぐると頭を巡っては消えていく。


『…私が魔物を吸収するような感じだろうか』

『ふえっ?!』

『同じ事を考えていただろう?』


セービーの優しい微笑みを見ると、否定出来なかった。俺は軽く頷いた。


『お前は三歳児並に解りやすいからな』

『す、すみません』

『それはお前の長所でもある。人は、自分では理解出来ないものに恐怖を感じる。だから、心の見えにくい、考えの解らない者は、どこか敬遠してしまうものだ。お前はバカだし、分かりやすい。だから人に安心感を与える。自信を持て』

『はぁ…』


これは間違いなく褒められてるよな?こっそりけなされてる訳じゃないよな…?


『…私が過去に見た争いは、人と人との争いだった』


揺れる焚き火を見つめながら、セービーが話し始めた。


初めて戦を見たのは、まだ幼い頃だった。

“争いとはどういうものか。上に立つ者として知っておきなさい”

母上にそう言われて、占いの間に連れて行かれた。母上が呪文を唱えると、焚かれた炎から立ち上る煙に映像が映し出された。大人の男の人が三人ほど集まり、ひそひそ話をしていた。隣の村の奴が水を取ってるだの、あちらの土地の方が土壌がいいだの話していた。今度は別の男が四人ほど映り、隣村が攻めてくるだの土地を広げたいだの話していた。

今度は初めの三人組が、偉そうな男の人と話をしていた。やはり水や土壌の話をしていた。そうすると、偉そうな男の人が納得した顔になり、村中の男が集められ、全員が武器を使う練習を始めた。

今度は四人組の男が映った。こちらも首長らしき夫婦と話をして、村人が武器を練習し始めた。首長夫婦は、男を呼んで子どもがどうとか話をしていた。

次に映ったのは、この村人同士が争っている場面だった。隣同士の村が、水や土地を取り合っての争いだった。結局、四人組の男達の村が負けた。首長夫婦も犠牲になり、村は壊滅だった。勝った村も死傷者が多く、土地や水を奪ってもそれを維持できる村力があるのか疑問だった。

初めて見た戦は、ただただ流れる映像で、現実味も何もなかった。ただ幼心に、怖いというのはよく分かった。


私が首長になる直前、私は母上に無理を行って戦を見に行った。その頃すでに母上は魔力も弱まり、生命力も弱くなっていた。しかし、私を心配して付いてきてくれた。

アヴェルから南へ下った村だった。そこは長年、隣同士で小さないさかいや争いが絶えなかった。ある日、片方の村人が自分の畑の作物を盗んだと、隣の村人を殴り殺してしまった。確かにその者が盗みを働いていた。しかし、この小さないさかいが、あっという間に大きな火となり燃え広がった。互いに『相手が悪い』『こちらが正しい』と言い合い、殺し合う。鬼の形相でな。もう人じゃないんだ、人を殺す時。相手が、自分と同じように家族があり、赤ん坊から生きてきた、笑ったり苦しんだりした、歴史のある人だというのを忘れているんだ。


本当に醜い。

あの臭い。あの顔。

あの時の人間は魔物だ。間違いなく。恐ろしい魔物だ。


私は情けなくも吐いた。人の醜さとか、死の臭いとか。それはもう、血を吐きそうなくらいにな。その時、一人の村人に見つかってしまったのだ。そいつは薄く笑ってたよ。私達に弓を向け、躊躇いもなく引いたんだ。咄嗟に目を伏せるしか出来なかった。体に痛みがないのを不思議に思って目を開けると、母上が結界を張り守ってくれた。人前で魔法を見せてはいけないと言われていたが、私を守るために躊躇いもなく魔法を使ってくれた。驚く村人に、記憶を消す魔法を掛けると、母上はぐったりと倒れてしまった。


母上を抱き抱えながら、戦を見に行った自分を呪った。そして、母上の愛を感じた。きっと私が危ない目に遭うと判っていたんだろう。自分の命を投げ出してでも私を守るつもりで付いてきたんだと。やっとその時気付いたんだ。

本当に愚か者だった。

私は母上を抱えたまま、アヴェルへ転移を行った。初めて使う魔法だったから、上手くいくのか解らなかったが賭けた。それが、母上を助ける最善の道だというのは分かっていたからな。何とかアヴェルへ転移出来たが、私は三日も眠る羽目になった。


『あ、前にマハラ達が話してた…』


懐かしい名に、セービーの頬が少し緩む。


『…そうだ。先に目覚めた母上も、マハラもクハラも、私が目覚めるか気が気じゃなかったと言っていたな。しかし、戦をこの目で見て、今は良かったと思っている。首長として、戦になるのだけは全力で避けなければならないのが、身に染みて解ったからな』

『…確かに』

『お前の村や私達の村は、辺境の地だが、逆にそれが平和に繋がっていると思うぞ。人は、身近な人ほど良く見える。隣の村の方が裕福に見えるし、幸せそうに見える。そして、その幸せが欲しいと妬む。私達は、妬む隣人もいなかったし、妬まれる事もなかった。もしかしたら祖先が、そういう事を良く知っていて敢えて辺境の地に村を造ったのかもな。…感謝せねばな』


また優しい微笑みを俺に向けてくれる。

その顔を見るだけで、ふうっと安心する。これがセービーの力なんだな。


『…本当に。俺は幸せ者です』


カタリと音を立て、燃えた木が折れる。俺は、新しい木を投げ入れる。


眠れない夜は、静かに確実に深まっていた。

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