ジャンとセービーの旅
ゆっくりと優雅に飛ぶ魔法の絨毯は、意外とバランスを取るのが難しく、気を使う乗り物だ。
一日に飛ぶ距離は、おおよそ100キロといった所か。セービーの魔力により、速さや飛行時間も変わる。
『セービー、疲れてない?』
三日も旅をしていると、徐々に二人の間の“壁”も薄くなってきた。
『そうだな…そろそろ一度、魔力を補充したい』
アヴェルにいた頃セービーは、一日四時程度、専用の部屋で魔力を補充していた。しかし、旅をしている間は、専用の部屋は作れない。そこで、魔物が居そうな所に降りては、セービーが持ってきた簡易テントに二人で魔物を集め、そこでセービーが魔力を補充する事にした。なので、ちょこちょこ森へと降りなくてはいけない。
『あの辺どうかな?』
『うむ、良さそうだな』
魔物といえど、水が必要だ。この世界に生きる物は、水無くしては生きていけない。俺達は、川や池や湖といった水辺には必ず立ち寄る事にしていた。
セービーが右手を振ると、ゆっくりと絨毯は下降する。この時バランスを崩すと、地面へまっ逆さま。かなり痛い目を見る。俺は初日にたんこぶを三つも作る羽目になった。地面へ降りるまでは気を抜けない。
地面へ着くと、魔法の絨毯の上に簡易テントを張る。そして、セービーがテントに魔力を充満させる。この魔力が充満したテントに入った者は、その魔力や、中には生命力を吸収されてしまう者もいる。耐えられるのは、より強い魔力を備えた者、もしくは精神の強き者。アヴェルでは、魔力の充満した部屋には、セービーの魔力を溶かした水を飲まないと入る事は出来なかった。
セービーが魔力を補充している間に、俺は食事を取る。魚を採ったり、木の実を食べたり。たまに魔物を食べてみるが、俺の口にはあまり合わなかった。セービーは、村では食事を摂っていたけれど、本当は魔力さえ補充していれば空腹にもならないらしい。食事は、俺達で言うところのおやつ感覚みたいだ。
いつものように川で魚を採っていると、上流から何かが流れてきた。初めは小さな木片や布切れだったが、次第に折れた矢や死んだ魔物が流れてきた。川の先の方で煙が上がっているのが見える。
『また…?』
アヴェルを経ってほどなくして、俺達は一つの村を見つけた。
その時もセービーは魔力の補充中で、俺は川の中だった。
突然上流から流れてきた木片や家のガレキに驚いて、慌ててセービーを呼びに行った。
セービーは少し悲しそうな顔をしたが
『焦る必要はない』
一言そういうと、またテントに籠ってしまった。
一時ほど待って、セービーと共に川を上る。そこで目にしたのは、廃村だった。
俺の生まれた村タッシュは、辺境の村で、周りに魔物も多くなく、先のドワーフ戦線にも参加しなかった。この世界に正確な地図なんて物はなく、小さな村は見逃されることも少なくなかった。
とにかく、タッシュは平穏だった。小さないさかいこそあれ、争いだ戦争だ、そういう事にはこと無縁だった。
だから、どう見ても争いの末に廃村になった村を初めて目の当たりして、情けない事に吐いてしまった。
粉々になった家やぐしゃぐしゃに踏み潰された畑を見ながら、セービーは何か考えてるようだった。
『セービー、ど、どうかしました?…おえっ』
『お前こそ大丈夫か。ちょっと気になっただけだ。そこに横になれ』
そう言われ、絨毯に横になる。
セービーが呪文を唱えながら、右手を俺の胸辺りに下ろし、右へ左へゆっくりと動かす。すると、すぅっと気持ち悪さが引いていくのがわかった。
『あ、ありがとうございます』
『うむ。礼には及ばん。だが、旅をするなら心を強く持て。これから先、何が起きても倒れない。それくらいの精神力でいかねば、いつか死ぬぞ』
『あ、はい』
セービーは、ゆっくりと村を見回し
『…魔物か?』
呟いた。
『え?!ま、魔物ってあの魔物?!』
『いや、勘違いかもしれん。とにかく村が無くなってそう時は経っておらん。すぐ離れよう』
『…あ、はい』
そのまま、その村の事にも魔物の事にも触れずに旅を続けた。
俺の知ってる魔物は、みんな猫くらいの大きさで、全身真っ黒で目は緑色に光って、変な声で鳴いて、人間にはない魔力を持っていて、人間の食べ物を漁る。そんなイメージだ。
その魔物が村を壊す?到底信じられない。グーズーが村を襲ったと言われたほうが、まだしっくりくる。そんな事を考えながら。
川の先で上がる煙は、今戦いの真っ最中だということだろう。そう考えると、余りの恐怖に足が震えてきた。格好悪いくらい手も震え、唇も震えていた。俺は無意識に、腰に下げたひいじいちゃんの方位磁石を握り締めていた。
『ジャン!』
呼ばれて顔を向けると、険しい顔をしてこちらへ右手を伸ばしたセービーと目が合う。
魔力の補充は終わったのかななんて、随分と呑気な考えが頭を過った。
次の瞬間、セービーの手から明るい光の玉が飛び出し、凄い速さで自分へ迫ってきた。あ、と思う間もなく、目の前が眩しい光に包まれ視界を奪われた。
次に目を開けた時、俺は川から上がっていた。慌てて起き上がると、セービーの絨毯の上だった。
『あれ…』
『すまなかったな』
後ろを見ると、セービーが立っていた。
『俺…川の中に』
その言葉を遮るように、セービーは、はぁぁぁぁと盛大な溜め息を吐いて
『立ったまま腰でも抜かしてたか?川の中で死にそうな顔をしていたぞ。動けなさそうだったから、少し移動させたぞ』
『あ、その…すみません』
『戦をしてるのだろうな。おそらく終わったみたいだが』
『やっぱりそうだよね!?だってこの前も戦…!』
『行ってみるか?』
『え?』
『その目で戦を見てみるか?また吐くかもしれんが』
『…行ってみます』
『うむ。では行こう。しかし、お前の移動にかなりの魔力を使ってしまったからな。また魔力を補充したい。たっぷり魔物を集めてくれるな?』
『も、モチロンッ』
俺はダッシュで森へと入った。
少しですが更新しました。二人の旅は何回かに分けて書く予定です。




