ホーマとリック
『ホーマ、ナイフ取りに…どわっ』
運悪く?お客さんが来てしまった。ノビるホーマと、側で立つ私を交互に見比べる。
『あ、ど、どどどどしたんですかね?!寝てるのかな~?おーいホーマさーん!』
バシバシと、頬が赤く腫れ上がるくらい叩くと、ホーマが目を覚ました。
『あ、あれ…』
『ホーマさん、こんな所で寝ちゃダメですよ~?お客さんが来てますよ!』
『…え?あ、え?寝てた?』
『忙しくて疲れてんのかい?』
『やだわ~あたしったら。ごめんなさいね、もう出来てるのよ~』
フラフラな足取りでお客さんを工房へと連れて行く。なんとかセーフ!ギリギリセーフ!
サトの右なんて言われたなぁ。まだ私が“泣き虫サト”って言われてた小さい頃。一人で採石場にいた私を見つけた、村のいじめッ子三人組が、私を泣かせて笑おうとヒドイ言葉を投げ掛けてきた。
『男女サト~!』
『お前なんかより俺の方が弓巧いぜ~?下手くそサト~』
『お前本当に女か?服脱いで見せろよ~』
『パンツ見せてみろよ!』
『泣けよ!サト~!おら泣けって』
『お前の母ちゃん弱くて死んだんだろ?だからお前も弱虫なんだろ?え?』
『伝説のよわよわ母ちゃ~ん』
大好きな母上。
優しい母上。
叱ってくれた母上。
守ってくれた母上。
可愛いと言ってくれた母上。
私の笑顔が見たいと言ってくれた母上。
母上の顔が頭を過った後のことは全然覚えていない。
気が付いたら、私は右手に拳を握りしめていて、目の前には三人が並んで倒れていた。
『姉ちゃん!』
振り向くと、ビックリした顔のペトが立っていた。
慌てて走ってきたペトは、私の手を引いて走った。何が起きたか分からないまま、ただペトに引き摺られるように走った。
走りに走って、いつもの洞窟に着いた時、やっとペトの手から解放された。
『ペト…はぁはぁ…あたし…』
『はぁはぁ…ねぇちゃ…はぁはぁ…く、アハハハハハハ』
息が整うのも待たずに、突然ペトが笑い転げた。絵に描いたように笑い転げた。
『ぺ、ペト?!』
『アハハハ!姉ちゃんすげーや!アハハハハ』
『な、なに?』
『この手!』
まだ握りしめていた私の右手を取って、ペトが優しく擦ってくれる。
『この右手がさ、あっという間に三人の顎をバーンて!そんな特技あったの?!アハハハハハハ!強いよ姉ちゃん!アハハハハハハ』
『私が殴ったの?』
『そうだよ?すげーや!アハハハハハハ!ありがと姉ちゃん』
『?』
『あいつら、母ちゃんの事悪く言ってたからさ!姉ちゃん殴ってなかったら俺、弓射っちゃってたかも!アハハハハハハありがとう姉ちゃん!』
あの日以来、三人組のいじめは鳴りを潜めた。私も、より修行に打ち込み、誰よりも弓使いが巧くなろうとただただ必死だった。お陰で、私が師範を継いだ時、あの三人組も誰も文句を言う人はいなかった。
『額買ってきたぜ~!遅くなったな』
それどこで売ってるの?と思わず聞きたくなるような、金ピカ豪華な額を持って、リックが帰ってきた。
リックの声が聞こえて工房から顔を出したホーマは、金ピカ豪華な額を見ると、みるみる顔が歪み
『趣味悪ッッッ』
吐き捨てて、バンと勢いよく扉を閉めた。
その日の夜、私とホーマとリックの三人で小さな宴を開いた。
リックとホーマは、十秒に一回は喧嘩していた。仲がいいのか悪いのか。
『どうして二人は一緒に工房やってるんですか?』
『え~?私の工房が儲かるからって、こいつが転がりこんできたのよ~』
『毎年鍛冶大会で優勝するからよ~!どんな手使って首長に取り入ってんのか暴いてやろうと思ったんだよ』
『ざーんねん♪じ・つ・りょ・くでしたぁ~』
『あ?この街に長く住んでる奴だったらよ、誰でも一度は疑うんだよ!』
『首長とホーマさんの仲をですか?』
『そうだよ!こいつさ、ちっさい頃に母親とこの街に越して来たんだけどよ。これがまた美人の母ちゃんだったわけよ!それで首長が母ちゃんに目を付けたのは有名な話なのさ!』
『ママはママ、あたしはあたしよ』
『首長がこいつの母ちゃんと結婚したいが為に、こいつに資金援助してたって。みーんな知ってるぜ?』
『ん~それは本当♪』
『え?本当なんですか?!』
『俺は君の父親になりたい。父親だと思ってくれ(キリッ)とか言っちゃってさ~。鍛冶の勉強とか生活費の援助してくれてたって訳♪』
『ずりぃよな~俺だって孤児なのによ』
『え?!そうなんですか?!』
『そ。リックは私より後にこの街の孤児院に来たのよね~』
『父ちゃんと母ちゃんさ、自殺しちまったんだよ。俺の出身はもっと南にある小さな村なんだよ』
『そうだったんだ…』
『あ、別に気にすんなって。元々父ちゃんと母ちゃんと別に暮らしてたからよ。後見人がいなくなっちまって孤児院に来たわけよ』
『はぁ…』
なんだか複雑な家庭環境だったみたい。
『でもな、本当は知ってたんだよ。孤児院に寄付してくれてんのがホーマだってよ』
『ばっ』
『え?』
『こいつさ、鍛冶屋に弟子入りしてたからよ。貰ってた勉強代か稼いでた金か知らねぇけど、孤児院に寄付してくれてたんだよ』
『なんでそれ…』
『昔見たんだよ。お前が施設長の部屋から出るのをさ。施設長が握手したり、やけに丁寧に対応してっからよ。不思議に思って問い詰めたんだよ』
『知ってたのね』
『意外な一面…』
『そんなお前なら、俺が飛び込んでも受け入れてくれると思ってさ。ついでに、あわよくば首長とのスキャンダル暴いて失脚させようと思ってさ!』
『やっぱりそっちが本音でしょ~!』
あーだこーだ言い合ってはいるが、境遇も似てるからか、意外と息が合ってる。
『首長は色々良くしてくれたけどさ。なーんでか首長があたし達親子に目かけてるって噂が立っちゃってさ~。後ろ指指されたり、厭がらせされたり、本当に肩身狭かったんだから』
『なんでお前の母ちゃん、結婚しなかったんだよ?』
『さぁ?趣味悪い男だからじゃない?』
アハハハハハハと笑い合う二人。
やっぱり息が合ってる。
『お前の母ちゃんも変な噂に振り回されて辛かっただろうにな。結婚しちゃえば楽になっただろうに。…強い母ちゃんだったな』
『…そうね。強かったわね』
『墓の世話はやってやるからよ。心配すんなって』
『墓守りがいるわよ。…ったく。ありがとね!』
『あ?なんだ?』
『もう言わな~い』
『可愛くねぇーなー!』
『あんただって格好よくないわよ!』
どんどん空いていくお酒の瓶が、夜の深まりを教えてくれていた。
『起こさず行くんですか?』
翌朝。
あんなに飲んだのに、スッキリと目を覚ましたホーマとは対照的に、地獄まで行ってるんじゃないかってくらい深い眠りから戻ってこないリック。
ホーマは、リックを起こさずに旅支度を終わらせた。
『いいのよ。また帰ってくるしさ』
家を出ると
『あ、ちょっと待ってて』
と言って、ホーマが玄関に貼り紙を貼る。
『さ、行きましょ♪』
『なんて書いてあるんですか?』
『しばらく旅に出ますって書いてきたわ』
『…あの額、やっぱりド派手』
ゆうべ、べろべろに酔っぱらいながら、リックが嬉しそうに玄関ドアに飾った証明書の額。その下に貼り紙を貼った。
『さぁ行くわよ!天国でもどこでも』
意気揚々と連れ立って街を出る。
『で、どこ行くの?』
『あ、わかんないです』
『はぁぁぁぁぁぁぁ?早く水晶出しなさいよ!』
『はいっ!』
慌てて胸から水晶の袋を引っ張りだすと、水晶を取り出す。水晶からは、真っ直ぐに光が出ていた。急いで地図を取り出すと、後ろからひょいとホーマが覗き込む。
『こっち方面だと、もしかしてバスラかしら?』
『バスラ、ですか?』
『知ってる?』
首を横に振る。
『バスラはでっかい街よ!闘いの街よ!楽しいわよ~♪さ、行きましょ』
鼻歌混じりに歩き出すホーマを慌てて追いかける。
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┃しばらく旅に出ま~す ┃
┃ここはこの街一番の ┃
┃腕利きの鍛冶屋だから ┃
┃安心して任せてね☆ ┃
┃ ホーマ┃
┃リック鍛冶工房 ┃
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