首長ロドリア
『ホーマ。待たせて悪かったな。で、今日はどういった用件だ?』
男の胸ポケットにある財布に付けられた鈴が、りんりんと高い音を響かせる。
白い壁にオレンジの屋根が映える三階建て。そこが首長ロドリアの居住。15歳で首長を継いで早30年。ホーマがまだ幼い頃から、何かとホーマの母共々目を掛け、手を差し伸べてくれた。他の客人とは、きらびやかな応接間で秘書なども伴って会うが、ホーマとはいつも自室で、秘書などもなく一対一で面会する。
外見こそシンプルな屋敷だが、内装は首長の趣味や権力を誇示するかのようなド派手なものだ。至るところに、各地の調度品、動物や魔物の剥製、武器。装飾品に一貫性なんてものはなく、とりあえず集められるだけ集めたものを、詰め込めるだけ詰め込んで、所狭しと並べた。そんな感じで、決して趣味のいい屋敷とは言えなかった。
『いつ来ても気味の悪い家ね』
『余計なお世話だ。で、忙しいんだ。手短に頼むよ』
『あのね、実はあたし、旅に出よっかな~?と思ってて』
『旅か。どのくらいだ?』
『無期限…かな?』
『無期限。どうしたんだ突然』
『うーん…。突然天使が空から降りてきて迷子になってたから、お家まで連れてってあげよっかなって』
『…ブハハハハ。キザなセリフも、女言葉じゃ台無しだな!じゃあ天国までって事か?』
『うんまぁ、そんな感じ?』
『なはははは。まぁいいんじゃないか!』
『それで~ロドリア様の専任鍛冶をね、辞めないといけないかなって思ってるの』
『そうか、そうだな。ま、ドワーフ戦線以降、目立った戦も起きてないしな。このまま平和が続けば武器も使わなくて良さそうだし、気に病む事はない』
『でもね、やっぱり剣とかはちゃんと定期的にお手入れしとかなきゃ!それに、この家で使ってる包丁から鎌からぜーんぶ私がお手入れしてるでしょ?さすがに急に居なくなったらさ、お手伝いさんとか庭師さんとか困ると思うよ?』
『うん。お前は旅に出たいのか?それとも引き留めて欲しいのか?』
『あ、ううん。ごめんね。そういう意味じゃないんだ。私の代わりに、リックを紹介しようと思ってね』
『リック…?あぁ、お前と一緒に工房を切り盛りしてる奴か?』
『そうよ!リックの腕は間違いないないわ!鍛冶大会では万年二位で私よりは劣るけど。オススメよ♪』
『…そうか。まぁ、お前が勧めるなら間違いないな』
『じゃあいつも通り、専任鍛冶の証明書書いてくれる?リック・コルトスでお願いね♪』
『わかったわかった』
席を立ち、ライティングビューローへ行くと、山のように並んだ書類の中から、手慣れた動きで一枚の紙を抜き取る。さらさらと字を書き込み、それを持ってホーマの座るテーブルへと戻ってくる。
渡された紙をしっかりと確認すると、ホーマは
『ありがと♪ロドリア様ならきっと解ってくれると思ってた♪』
『…いやしかし急だな。最近ちょくちょく物騒な噂を耳にしてたが。それが関係してるんじゃないのか?』
『どんな噂かしら?まさか私がドワーフの生き残り、みたいな?』
さっきよりずっと小声でホーマが聞き返す。
『知ってたか』
同じくらい小声でロドリアも応える。
『しかもお前がドワーフの生き残りだと決め付けて、片付けようなんて輩もいるとか』
『…冗談でも聞き捨てならないわねぇ』
『お前に危害を加えようとする奴がいたら、この街から永久追放だな。安心しろ』
『もっ♪ロドリア様ってば頼もしい!』
『…お前が女だったら、そのセリフそそられたけどな…』
『ロドリア様の為なら女になってもいいわよ~』
『いや。それじゃあムニカさんに面目立たねぇから』
『もぅっ。結局ママなのね』
『最近、墓には行ってるのか?』
『これから挨拶に行くわ。しばらく会えなくなるからね』
『天国まで行くなら、ついでに会えるんじゃないか?』
意地悪くニヤリと笑うロドリアの肩に、軽くパンチを入れる。
『そうだったわね。天国にいてくれたらね』
『ムニカさんは間違いなく天国にいるよ。さ、俺は今日も忙しくてな。もう行くぞ』
『お時間取らせました』
『ま、ここがお前の故郷だ。いつも言ってるが、俺のこと親父だと思ってくれよ』
ホーマの肩をポンポンッと二回叩いて立ち上がる。また、りんりんと高い鈴の音を響かせ、ロドリアは足早に部屋を後にした。
一人残されたホーマは、深いため息を吐く。
『あたしのふるさと…ねぇ』
ハヌワの街が一望出来る小高い丘。
そこには真っ白な墓が立ち並んでいる。墓守りが、一つ一つの墓を掃除し、草を取り、花に水をやり、いつも綺麗に守っている。真っ赤な花束を持ったホーマが、一つの小さな墓の前で跪く。
『ママ。俺、旅に出るよ。最近さ、ドワーフの生き残りとか言われてさ。俺の命を狙ってる奴もいるみたいなんだ。やっと、やっと安心して住める街を見つけたと思ってたのにな。ヒドイよな。俺達って何か悪い事したか?なんで生きてる事も許されねぇのかな…なんで人間だけが当たり前に生きてるのかな。死んだら悲しんでもらえるしよ。理不尽だよな。まぁ、愚痴っても仕方ないよな。どうやったって俺は半分ドワーフだしな』
じゃあ…と花束を置き、墓にキスをする。周りを見回し、誰もいない事を確認すると、ゆっくりとその場を去った。
『ただいま~』
『あ、おかえりなさい!』
『帰ったか?!おせーぞ!』
奥の工房から、リックも顔を出す。
『くそも出来ねぇくらい忙しいんだよ!早く手伝え男女!』
『ひっどい言い草!これあげる!』
リックは顔の前に突き付けられた紙を奪いとると、穴が開きそうなくらいじっと見つめ
『こ、ここここここれ!』
『明日からあんたが専任鍛冶だって』
『ま、まじか?夢か?』
『嬉しくないの~?』
『いや嬉しい!マジで嬉しい!鼻血が出るんじゃねぇかって思うくらい嬉しい!』
『出てるわよ?』
『え?』
本当?と言いたそうな顔でこちらを見てきたリックの鼻の下には、立派な赤い筋が一本出ていた。
『…出てます出てます』
『マジか』
『その紙で拭いたら専任鍛冶はおしゃかよん?』
『誰が家宝で拭くか!おい!額買ってくるからよろしくな』
いいよの返事も聞かず、一目散に出ていくリック。
あの紙が家宝になるとは。すごい街だ。
『あの紙、すごいんですね』
『あんたから見たらどってことない紙切れでしょ?でもね、あの紙切れを飾っておくとね、勝手にお客が集まるのよ。この街は忙しいからね。細かい所まで気を回してられる人は少ないのよ。そんな時にあの紙切れ見るとね、ここがこの街の首長お墨付きの鍛冶屋か、じゃあここで頼もっかってなる訳』
『そうなんだ』
『毎年、鍛冶大会が開かれてね。そこで優勝した者が、あの紙切れを貰えるのよ。ここ十年以上、ずーっと私が優勝してるんだけどね♪』
『へぇ~スゴいですね』
『リックは五年くらい前からずっと準優勝なのよね~。今年の大会は終わったばっかりだから、来年の大会まではあの紙切れが魔法の看板になるわ。ま、来年からはリックの頑張り次第だけどね』
『そっか…鼻血が出るのも分かる気がします』
『あの紙切れで売上は三倍にも四倍にもなるからね~。私がいなくなった後も、この工房は安泰かな…』
ホーマの笑顔はものすごく優しくて。
…この人こんなに穏やかに笑うんだ。なんだか少し見る目が変わりそう。
『そう言えばさ、あんたまだ石の矢じりなんて使ってんの?』
『え?あ、うん。村での伝統的な矢じりで…。って石の矢じり以外に何かあるの?』
『てーつ』
『てつ…?』
『鉄知らないの~?!あんた本当に人間?!信じらんない!』
その時、私の右手がまた空を切ったことは言うまでもない。
足元で気絶するホーマに、頭の中で鳴り響く鐘の音。
winner サト
『…ま、またやっちゃったぁぁぁぁぁぁぁ』




