鍛冶の街ハヌワ(2)
『ホーマ!ホーマ!』
『ママァ~!』
『良かった…無事だったのね』
ママの腕に抱きしめられ、少し安心する。
『パパは?』
『ホーマ、いい?今から逃げるからね。ママはどんな事があっても、ホーマを離さないからね!ママを信じてね』
『うん…』
そっと開いたドアから見えるのは、一面の炎。
昨日まで走り回った道も。
虫を追いかけた森も。
泳いだ川も。
全部真っ赤。全部臭い。
これが夢ならどんなに幸せなことか。
ママの腕にぎゅっと力がこもる。ママも怖いんだ。俺は男だ。しっかりしないと。俺が、俺が。
『あ、おはようございます』
『ん…あんた誰?』
『ひどくないですか?昨日からお世話になってます、サトです』
『あ~女の子(仮)のね~』
『男(仮)に言われるのも心外ですね~』
でもこのガチムチおネエさんは、こう見えてかなり腕のいい鍛冶職人だというのが、昨日一日でわかった。
あの後すぐに、私にぶつかった人が戻ってきたのだが、ホーマと旅に出る話をすると
『はぁ?何言ってんだよ~!んなの無理に決まってんだろ?』
と一笑された。
『えっと、サトさんだっけ?こいつさ、こんな感じだけど、この街で一番腕のいい鍛冶職人なんだぜ?まず首長が許さねぇって。こいつ首長の専任鍛冶だからよ』
『えぇ?!』
『失礼なくらい驚きすぎね~』
『すみません』
『それよりさ、外でクレイさんに会ったけど、頼まれたの出来てんのか?もうすぐ来んじゃねぇの?』
『あぁ~今日の分はぜーんぶ終わってるからだいじよ♪』
『…え?』
『なぁに?』
『だいじ?』
『あぁ~大丈夫ってことだよ。こいつさ、ガキの頃の言葉のクセが抜けねぇんだよ。こんな図体してよ』
男の人が大笑いしながら、ホーマの腕をバシッと叩く。
『ったいわね~!止めてよね~!可愛さの演出に決まってんじゃないの!女の子なら当然よね~?』
『…え?さぁ…そんな演出したことないので…』
『あんたは女の子(仮)だからね~』
『邪魔するよ』
ドアが開き、初老の男性が入ってくる。
『あら♪クレイさん。お待ちしてましたわ~』
『やっぱり君が鍛えた鎌じゃなきゃ切れ味が悪いわ。仕事がはかどらねぇはかどらねぇ…』
そのまま三人で奥の部屋へと入っていって。
結局ひっきりなしにお客さんが来ては奥の部屋へと入って、出ては入って出ては入って…
お客さんの出入りは激しいが、ホーマは全く出てこない。私にぶつかった男の人(まず名を名乗れ)も出てきやしない。客人をもてなすという習慣がないのかな?
客人扱いされてないって事か…
あまりに暇なので、勝手にハヌワ観光を始める。
ハヌワは、私達の村の三倍はあるんじゃないかというくらい広くて人が多い。
今まで旅の途中で立ち寄ったのは、全部小さな村だった。
静かな中にも、人々の息づかいがあり、生活を感じ、営みが見える。でも同時に、涼しさ、寂しさ、“止”を感じる村。
しかしハヌワは違う。
“動”だ。
所狭しと並んだテントで、見たこともない食べ物が並べられている。
『ボウズ、食べてみねぇか?』
見たこともない、茶色くて細長くて丸い物がたくさん繋がった縄みたいな物を、露店のおじさんが勧めてくる。
『私、女ですけど』
『そうなのか?!…そりゃすまなかったな』
バツの悪そうなおじさん。ちょっと冷たく言い過ぎたかな?
『これ、なんですか?』
取り繕うように、おじさんが持っていた食べ物を指差す。
『あ?なんだい知らねぇのか。ソーセージだよ』
『へぇ。…美味しいの?』
『あったりめぇだろ?一回食ってみろ、な?』
『あ、でもお金が…』
『サービスしてやるからよ』
『ご馳走さまです!』
ソーセージを頬張り歩いていくと、どんどん声を掛けられる。
『おい、坊っちゃん見ていきな!今朝揚がった魚だよ~』
『オ・ン・ナだよ?』
『ありゃ、そりゃ悪かったな。とりあえず味見してみるか?』
『お金…』
『味見だからいいよ』
『ボウズ、飲んでみねぇか?この酒は甘いぜ~』
『兄ちゃん、葡萄買ってくれよ~』
『焼きたてのパンよ~イケメンのお兄さん』
市場を抜ける頃には、味見だけでお腹イッパイ。一度も女に見られなかったのは本当に本当に心外だけど!
でも得したかも。みんな気前がいいと言うか、商人気質がスゴイというか。
村では到底食べられない物も沢山ある。ペトにもこの空気を感じさせてあげたいな。
『村、どうなってるかな…』
そんな事を考えながらとぼとぼ歩いていると、いつの間にか市場の喧騒が風に紛れてしまうくらい、遠くまで来ていた。
川が流れ、石で造られた橋がかかっている。少し先に、一際立派な建物が見える。白い壁にオレンジの屋根が映える三階建て。あれが、この街の首長の家だろうか。
橋の上で、柔らかな花の匂いを含んだ風に吹かれながら、ただぼぅっと川を見つめる。
私が下ってきた川から繋がっているはず。
でも森の中で見た川と、この街の中で見る川じゃ、表情が全く違う。
全ての生き物を拒みもしないが歓迎もしない。荒々しくぶつかり、広がり、速くなる。そんな川が、街の中に入ると悟りを開いた老人のように、ただ穏やかで優しい。
そろそろ帰ろっかな
その時初めて、橋の下に人がいる事に気付く。微かな話し声が、風に運ばれてくる。
『~~、~…ホーマ…~!』
突然、知った名前が聞こえ
思わずしゃがんで橋に耳をくっつける。壁に耳あり、橋にも耳あり。
『…ホーマにまた客盗られたんだぜ?ったく、あのヤロー』
『首長のお墨付きってのが厄介なんだよ』
『あいつ小さいだろ?ドワーフの生き残りなんじゃないかって噂知ってるか?』
『え?!もしそうだったらまずいだろ?あのドワーフ戦線で、ドワーフは壊滅しましたって人類政府が声明出しただろ?』
『もしあいつがドワーフならなぁ~。それを理由に…』
『おいおい、そりゃまずいだろ』
『自分でやるかよ!バスラで雇うんだよ』
『おーこわこわっ』
ふーん…ドワーフの生き残り…
なんだか少し腑に落ちた。
どうしてホーマが旅の仲間なのか。
私はそっと橋を後にした。
呑気に欠伸をしながら茶色い飲み物を飲むホーマにそっと近付く。
『ホーマさんて』
『なぁに?』
『ここだけの話、ドワーフの生き残り…とか?』
『ん~?なにそれ』
『ちょっと昨日、そんな噂を小耳に…』
『噂は噂よ。さっさと忘れてくれる?』
『…図星なんですか?』
ホーマは持っていたカップを邪魔臭そうに机に置くと、突然私の顎をぐいっと痛いくらい掴み、ぐっと顔を近付けた。
『女の子にはさ、優しくしたいのよね。だからその話はさ。…一回忘れろ?な?』
お腹に響く低い声が、ホーマの本気を表していた。
私がこくっと小さく頷くと、やっときつく掴まれた顎が解き放たれた。掴まれている感覚がじんじんとまだ残る。呆然としていると、信じられないくらい優しい手で、ホーマが顎を撫でてくれる。
『ごめんね?…今日色々と整理しちゃうから、明日には出よっか!』
『え?そんな急で大丈夫ですか?!』
『大丈夫よ~。この街は鍛冶職人だらけなんだから。私が居なくなったくらいで困りゃしないわよ』
『だって首長の専任鍛冶なんですよね?』
『ん~それよね。それだけはマズイのよね~。ま、リックに譲ろっかな?』
『そんな簡単に!?まずリックってどなた?!』
『え~!リックはあんたを蹴飛ばした奴でしょ?!名前聞いてなかったの~?信じらんな~い。リックはこの街No.2の鍛冶職人よ。まぁ私がNo.1だけどね~♪ちょっと首長の所に行って話してくるわ』
ホーマは軽やかな足取りで家を出ていく。
入れ違いに眠そうな目を擦りながらリックが入ってくる。
『お、ホーマどこ行くんだ?』
『ちょっと首長のとこ~。今日の予約分は作っておいたから、お客来たら渡しといてくれる?』
『…あぁわかった』
ホーマの後ろ姿を見送ると、私の方に振り返り
『首長に納品なんかあったっけな?何しに言ったんだ?』
『…専任鍛冶を辞めるって言いにいったっぽいです…』
『あぁ専任鍛冶をね』
流れる沈黙
『えぇぇぇぇぇ?!』
『えぇぇぇぇぇ?!』
ハヌワに来てハモってばっかりだ。
初めてブックマークが付きました。こんなに嬉しいとは…!頑張ります!ありがとうございます。




