鍛冶の街ハヌワ
『あ、すみません。この街ってどれですか?』
通りすがりの人を呼び止め、広げた地図を見せる。少し訝しげな顔をしながらも
『ここはハヌワだよ』
そう言って去ってしまった。
『やった…やっと着いた!』
川に沿って歩くこと三時ほど。一つの街が見えてきた。活気に溢れ、人に溢れた街。村出身の私は、足を踏み入れるのを躊躇うほどの賑やかさ。でもこれでここがハヌワだと判った。思い出したように首から下げた袋を引っ張りだし、水晶を手に載せる。次の瞬間、私はあまりの出来事に腰を抜かしてしまった。
すぅっと、まるで夢だったみたいに、水晶の光が消えてしまったのだ。
そ、そんな…
この光に従ってこの光だけを頼りにここまで来たのに…
一体これからどうすれば?!
私はこれからどうすれば?!
無理矢理村を出てきたのに
突然落とし穴に落ちたみたい。
頭が真っ白になる。手が震える。冷や汗が流れる。
ドンッ
鈍い痛みが背中に走る。思わず上を見上げると、大きな箱を持った男の人が立っていた。
『うっわ!ごめん!まさか人が座ってるなんて思わなくってさ!大丈夫?』
冷や汗が流れる。
疲れた。
座り込んだ下半身がまるで石みたい。全く動く気がしない。口もパクパク金魚みたいにするのが精一杯。何でかな?声が出ない。こんなの初めて。
『ちょっと?なぁおい!大丈夫か?!』
大丈夫じゃないです…って言いたかったけど
もうそんな事どうでも良くなるくらい、絶望感が全身を駆け巡っていた。
私が泣いている。随分と小さい私が。小さいペトが走ってくる。
『ねえたん。だいじ』
『ペトォ』
『ぼく、ねえたんまもゆ。とうたんと、“おとこのやくとく”ちたの』
『ペト…なんでかな…ははさまなんでかな…』
『だいじよねえたん。ねえたんはペトがまもゆ』
随分と懐かしい夢。
母上が亡くなってしまった時の夢かな。もうすっかり忘れてた。そう言えばペトってば、大丈夫って言えなくてだいじって言ってたな…
父上と“男の約束”なんてしたんだ。私を守るって。
なんで忘れてたんだろ。
ゆっくりと目を開けると、言い争う声が聞こえた。
『いやだからさ、どーしても今から刀打ちにいかなきゃいけねぇんだよ!な?ほんの一時、いや半刻でもいいからさ!ちょっと見ててくれよ?な?』
『なんで私が見なきゃいけないわけ?!私だって死ぬほど忙しいのよ?大体あんたが蹴飛ばしたせいでぶっ倒れたんでしょ?!ちゃんと責任取りなさいよ!』
『ぜーったい戻ってくるから!な?』
『い、や、よ!きゃわいい女の子ならまだしも、なにが悲しくて男の面倒なんか…あら?』
ベッドから体を起こした私に、言い争っていた男の人が気付いた。
男と、男。
あれ?
男と、…男。
あれ?
さっき女の人と言い争ってたよね?ちょっと声の低い女の人と…
『やだ、起きてたの?!声くらい掛けてよね~!…あ!ちょっと!待ちなさいよ!』
隙を見て、一人の男の人が部屋を出ていった。私は呆然と、女の人みたいに話すごりごりでムキムキの男の人を見つめた。
『あの…』
『ちょっとあんた大丈夫なの~?あいつに蹴られたんだって~?どっか痛い?』
『え、あの、大丈夫…かな』
『そ~お?なら良かったわ~♪喉渇いてなぁい?』
『あ、渇いてるかな…』
『オッケーイ♪今お水あげちゃう!』
少し背が低くて、髪は短い。髭は生えてないが、体つきはムキムキ。かなり鍛えてるみたい。どうみても男の人にしか見えない。
『お待たせ~。はい、お水よ』
『ありがとうございます。あの…』
『なぁに?』
『男の人…?』
『あ、やだ~あたし?モチロン、お・と・こ♪』
力こぶを作って見せたり、ポーズを取りながら背中の筋肉を見せつけてくる。
…なんというか
オブラートに包んで言えば変人?あ、包めてない?
『あら、おネエ言葉で話す男は初めて?』
思いっきり、これでもか!というくらい頭を縦に振る。
『も~素直ね~♪よく言われるわ♪あたしってば、女の子だーい好きなの!女の子が好きすぎてさ、女の子になりたくなっちゃったってワケ~♪』
すごく嬉しそうだけどすごく可愛くない。
『だから、女の子じゃなきゃ興味ないから安心して☆』
ね?と首を傾げてくる。
ちっとも可愛くない。
だってガチムチ。
『あのぉ私…』
その時、ふと違和感を感じて胸を見る。
熱い。
胸の所が熱い。
…袋。水晶の袋だ。
私は、慌てて紐を引っ張って袋を取りだす。やっぱり水晶だ。すこぶる熱い。
急いで水晶を取り出すと、さっき消えてしまった光が、また復活していた。
…良かった!
心の底からの安堵感。この光を支えにここまで旅をしてきたんだ。
水晶の光は、また一筋にまとまって伸びている。その光の先がちょうど、このガチムチおネエさんの額に当たっている。
『あら、なぁにそれ?光ってるの?面白~い』
『はいっ!実は我が家の家宝なんです。この光に従えって言い伝えがあって。それでここまで旅を』
『へぇ~面白いことしてるのねぇ~。で、この光はどこ指してるの?』
『それはわからないんです。とりあえず、この街をずっと指してたんですが…』
『ふぅん』
言いながら、ガチムチおネエさんが、光の先を見ようと体を少し傾けた。
光の筋が…ない?
あれ?
おネエさんも私も、光の筋の先になりそうな所に視線を送っていた。けれどそこに光の筋はなかった。不思議に思ってもう一度水晶へ視線を戻す。
光の筋は出ている。
その先を追うと
やっぱりガチムチおネエさんの額。
私達は顔を見合わせた。
ガチムチおネエさんは右へ移動する。
光の筋も右へ移動する。
ガチムチおネエさんは左へ移動する。
光の筋も左へ移動する。
ガチムチおネエさんはジャンプした。
光の筋も(以下省略)
ガチムチおネエさんはしゃがんだ。
光の(略)
『えぇぇぇぇぇ?!』
『えぇぇぇぇぇ?!』
同時に上がる悲鳴。
『ちょちょちょちょ、なによコレ?!どうなってんのよ~!?』
『いやいやいやいや私にもわからないんです!こっちが聞きたいくらい!』
『え、ちょっとあんた。女なの?』
ガチムチおネエさんが急に冷静になる。
『あ、はい一応』
この旅の間、ずっと男に間違われてきた。だから別段驚かない。短髪な髪型や、フードを被って顔を隠してるせいだと思っていた。
ガチムチおネエさんは、視線を胸の辺りで止めると
『女の子の誇りは!おっぱいはどこに置いてきたのよ?!』
至極当然な顔でぬかしやがった。
その瞬間、私の右手が空気を切り裂き、ガチムチおネエさんの顎に向かって伸びていた。ガチムチおネエさんの顎の下から、私の拳が昇り竜の如く天へと舞い上がる。
膝から崩れ落ちるおネエさん。
私の頭の中に鐘が鳴り響いた。
K.O.
Winner サト
『やっちゃった…』
ノビたおネエさんを見て、罪悪感に襲われる。
『…はぁっ!』
テーブルに置いてあった布を水に濡らし、おネエさんの顔を拭いていたら、ようやくおネエさんが気付いてくれた。
『あ、大丈夫ですか?』
『…あら。私ったらどうしたのかしら…?』
『…さぁ?急に倒れられましたよ?』
どうやら突然の事で、若干記憶が飛んでいるみたい。
ここは全力で知らんぷりしておこう。
『なんだか顎が痛…』
『倒れた時にぶつけたんですかね!?』
濡らした布で優しく顎を冷やしてあげる。
ここは全力で優しくしておこう。
『ていうか、ちょっとあんた!どういう事か詳しく教えなさいよ!あの光はナニよ?!』
『私にも本当になんの事だか』
『あんたんちの家宝なんでしょ?!』
私は水晶のこと、旅のこと、光が出たのは初めてなことを懇切丁寧に話した。
そうして、ガチムチおネエさんと顔を突き合わせて相談し
一つの仮説を導きだした。
それは、このガチムチおネエさんと出会う為に水晶が光った―という、にわかには信じがたい仮説だった。
『あの、ちなみにお名前は?』
『あたしはホーマよ。この街で一番可愛い鍛冶職人☆』
『ちなみに、何か言い伝えとか継いじゃったりしてませんか?』
『ん~?特にねぇ…思い当たる節はないわよ?』
『そうですか…。あの、ご両親はご健在ですか?』
ホーマは胸の前で大きく×印を作る。
『ブブー!残念だけど、両親はおろか親類縁者もいないわよ?天涯孤独みたいな?』
『そ、それは失礼しました』
『別に気にしてないし~?独り暮らしも10年経てば慣れっこ慣れっこ♪』
『これじゃあどうして光がホーマさんを差すのか分からずじまいですね…』
『ホントね~。なんであたしなのかしら?不思議な力がある水晶なんだから、あたしの体が目的よ~!とか答えてくれればね♪楽なのに~』
『いやそれはさすがに』
そんな話をしていると、突然また水晶が光り始めた。
『また光りだした…なんだろ?』
光はまたぼぅっと光り、そして収束しはじめ、何か複雑な形になっている。
『何か字になってたりして~♪ちょっと壁に当ててみたら?』
言われるまま、光を壁に当てると
『ホーマ 共に』
字が浮かび上がった。
『えぇぇぇぇぇ?!』
『えぇぇぇぇぇ?!』
またハモる。
『便利すぎるだろ』
ガチムチおネエさんが
ただのガチムチに戻った瞬間を見た。




