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少年と少女

何の変哲も無い住宅街の、なんの変哲も無い普通の道。

そんなありふれた道を、少年と少女は二人で歩く。


「ねえ、礼一君。」

「ん?どした?」

「いや、私ね。時々夢を見るんだ。」

「どういう夢だ?」

「ん~、夢だからあんまりはっきり覚えてないんだけど……礼一君が出てくるんだ。」

「は?俺は妖怪か?枕元に立つ感じのやつか?」

「いやいや、違う違う。その礼一君はね、なんか大人になってるの。」

「はぁ、それで?」

「ん~、ん~、えーっとねぇ。そう!私を何か怖い奴から守ってくれてるの。」

「ははっ、それこそ意味わからねぇよ。俺にはそんな力無いしなぁ。いや、欲しいけど。」

「え?あれなの?礼一君もついにその『チュウニビョウ』とかなんとかに目覚めちゃたの?まだ中学一年生なのに?」

「ちげーよ。いや、ま、若干無意識に発病してるかもしれんが……、ってそうじゃなくて。周りのやつだけでも守れたら嬉しいじゃねぇか。ほんとに持っててもそんなこと言わないと思うけどなぁ。」

「うわー、なんか違う。『キャラ』っていうの?そんな感じのが、何か違う気がするの。それに、ね?ほんとにそんな力があるなら私には言ってよね?」

「わかってるわ!こういうカッコいいのが似合わんことくらい!!それと、絶対に言わん。そんなこと言ったらお前、俺を病院にしょっ引くだろ?」

「勿論!!それに………いや、礼一君は、カッコいいと思うけど………」

「は?なんか言ったか?」

「何でもない!!何も言ってない!!」

「意味わかんねぇ……」

「それでいいの!!」



何の変哲も無い会話。二人ともおそろいの藍色のリュックを背負いながら、茜色に染まった空を背景に、二人は歩く。時に怒り、時に泣き、時に笑い、時に頬を染めながら、二人は歩く。ゆっくりゆっくり歩く。



「じゃ、ここでお別れな。」

「うん、そうだね。また明日ね!礼一君!」

「おう、また明日だな。ユキ。」


そういって三叉路を少年は右に、少女は左に曲がる。

少年は少女に背を向け、手の甲をひらひらとさせて歩きながら。

少女は少年の方を見て、腕を大きく振りながら。


それは、いつも別れた後に決まって言う言葉。もう、お互いの姿は見えないけれど、何故か不思議と、明日も楽しく過ごせると信じられるから。そして、なんの変哲も無い明日が来ると信じられるから。



それは、なんの変哲も無い日常の一コマ。

そして、張り詰めた糸の様に唐突に、終わりを迎えるその時まで、その日常は繰り返される。繰り返される日常は平凡で、時に憂鬱に感じられるときもあるだろう。


日常はとても退屈である。人々は、その日常を『当たり前』として享受し、また時に非日常に憧れる。


ーーそれはそうだ、人ってのは無いものを欲しがる。日常を送る人々は非日常を望み、非日常に暮らす人々は日常を望む。


では、日常とは当たり前なのか?


ーーそんな筈は無い。日常とはありふれたものなれど、それが当たり前となることなど、ありえない。


それは何故?


ーーー決まっている。日常は脆いからである。





そう、日常は脆い。

―――そして、彼らにとって、その日常は、幸せを意味していたのかもしれない。



********************


時は流れ、その二人は中学3年生。ともに、15歳である。


卒業式は無事終わり、二人はいつものように二人だけで帰る。

いつものように他愛も無い会話をし、いつもの三叉路までたどり着く。


「ここでこうするのも最後になるかもしれないね。」

「まあ、それはそうかもしれないが……別に会えなくなるわけでもないだろ?」

「…………、そうだね……。うん!そうだよね!また会えるよ!」」


彼らは、異なる高校に進学予定である。少女の通う高校はなぜか教えて貰えなかったものの、少年は何となくその理由を察している。そもそも、少女の家に訪れたときは、それはそれは驚いたものだ。明らかに、上流階級の家であった。それが分かれば、どのような高校に行くのかは想像に難くない。もっとも、少年自身は一般庶民であるためそこそこの公立高校へ行くこととなっている。


「さ、じゃあこれでさよならだね。礼一君」

「そうだな、ユキ。」

「それじゃあ、また会おうね。礼一君」

「ああ、また会おうな。ユキ。」


そうして、少年と少女はいつもと少々異なる再開の挨拶を交わす。

少年は手を振らず、少女は腕を振らない。


そして、茜色の空を背景に少し立ち止まり、、少女は口ずさむように呟く。


「また、会おうね。絶対……」


その言葉に答える筈の少年は、すでに少女の背後の遠くにおり、その言葉は茜色に染まった空気に溶ける。少女の頬をふわりと風が撫でる。


しかし、いつもは暖かいその空気が、今は冷たく少女には感じられた。少女の瞳は少し潤んでいたものの、決してその瞳から涙があふれることは無い。


少女はまたゆっくりと歩きだす。




その翌日、少年『御神楽礼一』が原因不明の行方不明となった。

明らかに不自然なその事件は世間を一時的に騒がせ、そして他の話題に埋もれていった。

『人の噂も七十五日』とはよく言ったものである。どのような話題でも、時が経てば風化する。それがたとえ悪い噂でも、それがたとえ良い噂でも。


―――そして、たとえ一人の命がかかっている話であっても。



かくして、少年は世間から忘れ去られ、残された少女は途方に暮れる。



―――これが、『御神楽礼一』という少年の災難と苦難のっ始まりの時のことである。


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