通り雨
今年高二になる俺には近所に住んでいる幼馴染がいる。
小・中・高と同じ学校に進学し、付き合いはかれこれ十年近くになる。いわゆる腐れ縁というやつだ。
子供の頃はよく一緒に遊んでいたが、それも中学に入るまでだった。
徐々に女らしい丸みを帯びた体つきになっていったそいつは当然女の子同士で遊ぶようになり、俺は俺でそいつの作り出した壁を突き破るほどには勇気がなかった。
男女特有の思春期が俺たちの関係を少しずつ変えていく。
それは今も同じで、俺にはどうしようもないことだ。
クラスの違うそいつと廊下ですれ違うたび、また綺麗になったとつい目で追ってしまう。けれどそれだけだ。それ以上の接触をするには俺たちの関係は疎遠になりすぎていて、今さらどう話しかけていいかわからなかった。
きっとこのまま何事もなくお互い卒業するのだろう。腐れ縁は音もなくあっさり切れて、俺の心に小さな傷だけが残るのだ。
失望に似た諦観を抱え、日々を無為に過ごしていく。
そんなある日、通り雨が降った。
委員会の仕事で遅くなった俺は肩を落とす。よりによってこれから帰ろうというタイミングで降らなくてもいいだろうに。
昇降口で靴を履きかえ、降りしきる雨を見上げる。走って帰るには家が遠く、雨も強かった。
しばらく待てば止むだろうと壁に寄りかかり、手持ち無沙汰な時間を持て余す。遠く晴れ間の見える空をぼんやりと眺め、意味もなく足を組み替える。
知らずため息が出ていた。
何で出たのか自分でもわからない。帰る段になって雨に降られたことに対してなのか。時間を無駄にすることに対してなのか。あるいは……。
つらつらと取り留めのない考えを転がすのにも飽きてきた頃、突然視界に傘が割り込んでくる。
一瞬意味が分からず目を丸くする俺の横に、いつの間にかそいつが立っていた。
「んっ」
仏頂面で差し出された傘を流されるままに受け取り、かける言葉を探して口をもごもご動かす。
「……えっと、いいのか?」
「……傘ないんでしょ?」
「それは、まぁ。……ありがと」
「ん」
久しぶりの会話は非常に素っ気ないものだった。けれど、どこかむず痒い余韻が心を甘く痺れさせる。
俺はじっとしていられなくて渡された傘を開いた。女の子らしいカラフルな小さめの傘。これを差して帰るのは少々気恥ずかしいが、今ならばどんなことでも堂々とできそうな気がした。
気の大きくなった俺は傘を掲げて提案する。
「なぁ、だったら一緒に入らないか」
「え、いや、それはちょっと……」
「あ、そ、そうだよな。ごめん、忘れてくれ」
一歩引いて怪訝な視線を向けられた俺はたじろいだ。蛮勇は自滅しか生まないらしい。
押し黙る俺の隣でそいつは自分のカバンを開ける。中から折りたたみを取り出して広げた。
立ち止まったまま動こうとしない俺に振り返って不思議そうな視線を向けてくる。
「……何してんの?」
「お、おぅ。ちょっと考え事をな……」
慌てて雨の中に踏み出し、隣に並ぶ。
まぁ今はこれでいいか。
学校からの帰り道、この通り雨がいつまでも続けばいいと思った。