未来視の水晶9
サナドルの酒樽通りに、小さなテーブルがひとつ。
そこに亜麻色のクロスを敷き、小さなクッションを重ね、更に上には水晶球が乗っている。
人々の視線は、常にそこへ集まる。
その透明の中に何が写っているのかと、何が見えているのかと、興味深く覗き込む。
「上に、手を」
テーブルについた、一人の女が促した。
向かい側に座る若い男はごくりと唾を飲み、恐る恐ると手を伸ばす。
水晶球に手を置けば、きめ細かな石特有の冷たさが伝わり、同時にどこか心も研ぎ澄まされる気がした。
「それでは、あなたの未来を……観させていただきます」
男の手の上に女の手が添えられる。
冷たな水晶の暖かな手のひらに挟まれて、男は一瞬不思議な感覚に陥ったが、すぐに本題へと入らなくてはならないと、心を落ち着かせ、自らの悩みを強く思い描いた。
両者が目を瞑ると、周囲を取り囲む野次馬達は押し黙る。
水晶球を中心とした神秘的な儀式の前に、誰もがその神秘性を邪魔すまいと、固唾を飲んで見守る。
それは神秘を崇める何よりの証拠。
神秘を求める者のロマンの証明。
人は未知なるものに夢を見て、不可思議なものに宇宙を感じる。
それが、実際はただの二酸化ケイ素の結晶に過ぎないとしても。
それが、実際は魔術的な読心術によるアドバイスに過ぎないとしても。
見えざる真実は、深い闇につつまれていて。
人はそこに、星のような尊い希望を見い出せるのだ。
サナドルの大広場の噴水で、一人の女と一人の少女は再会した。
「アリアネさん……いらしていたのですね」
背の高い女は頭を下げると、向き合う少女も劣らず、丁寧なお辞儀を返してみせる。
「ええ、もちろんです。お仕事、ご苦労様でした、ファシニアさん」
「はい……しかし、今日でこれは、最後にしようかと思っていまして」
「おや、もったいない。かなり繁盛しているように見えましたが」
「……ええ、まぁ……」
一枚の硬貨を指の上で弄び、ファシニアはそれを、広場の大きな噴水の中に投げ入れた。
硬貨を投じれば願いが叶うという、サナドルの大噴水。底には幾つもの錆びた硬貨が溜り、しかしいくつかの新しいものは、夜の月明かりを受け、仄かに輝いている。
「……アリアネさん。貴女は以前、私を魔女会に誘ってくださいましたよね」
「ええ、お誘いしましたね」
「それは今でも、有効でしょうか」
「ふむ」
噴水の縁に腰をかけ、とんがり帽子の少女がわざとらしく腕を組む。
隣に座る成人の女性は、少女の様子を見て、膝の上に乗せた手に力を込める。
「魔女会は、占いのようにお金の儲かる仕事ではありません」
「なんとなくわかっています」
「魔女会は、時として人に疎まれる職業です」
「全くその通りです」
「魔女会は、異性との出会いがありません」
「今の私には調度良いです」
ファシニアが苦笑を浮かべると、それを見たアリアネは口に手を添えて、小さく笑った。
「……気になったんです。アリアネさんが、普段どのような事をしているのか……どのような世界を見て、どのような夢を、人々に与えているのか」
「そのために?」
「駄目でしょうか? ミス・アリアネ」
貴族流の完璧な礼をしてみせると、アリアネが首を振り、その後に小さく頷いた。
魔女会は、魔力や神秘を信奉する女性集団。
活動内容は不定であり、世間からはろくでもない事を引き起こすならず者の集まりだと言われている。
そこそこの人数を内包すると言われているが、人々からの評価は決して高いものではなく、それ故に入会を希望する奇特な者などは、巷を探してもそうそう見つかるものではない。
「……歓迎します、ファシニアさん」
「……ありがとうございます」
そんな魔女会に今日、一人の女が加盟した。
彼女の名はファシニア。
先輩魔女であるアリアネの下につき、世界に夢とロマンを与える……魔女見習いである。
短篇終了。続きは未定。にくまん。




