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未来視の水晶7

「ブルームバイク、ロウドエメス1号。ロウドエメスの型番は数が少ないので、魔女会でも人気なんですよ」

「……」


 地面に、長い箒が横たえられている。

 柄はよく磨かれ、艷やかな飴色に輝き、尾部にあたる“三叉の”刷毛部分は、竹の枝がそれぞれ綺麗に切り揃えられており、高級品であるというアリアネの言葉は、ファシニアも疑わなかった。

 それ以前に、言うべきことがあったのである。


「……アリアネさん、何故、箒に跨がっているのです」

「なんと、何を今更な」


 大通りで箒に跨る少女は、とても良く目立つ。

 好機と懐疑と憐憫の目に晒されながら、しかし中心部にいるアリアネはどこ吹く風と、全く気にしていない。

 しかし台風の目はほぼ無風、むしろその近くにいるファシニアにこそ、全ての羞恥心が集まっていたのだろう。

 彼女としてはすぐにでも他人のフリをしてこの場を去りたかったが、アリアネのしつこさからして、そう簡単に離れてくれないだろうという結論が脳内に出されており、そしてそれは正しかった。


「あと、何故……この箒には、ハンドルのようなものが付いているのです。見れば、箒自体も三つ叉で……」

「ベルもついてますよ」


 ――りんりーん♪


「鳴らさないでください」

「はい」


 少女は、長い竹箒に跨がり、柄側の先端にある“操縦桿”を握っている。

 それは取ってつけたようなものではなく、柄と同じ飴色の木材であり、しっかりと両手で握り、掴めるデザインになっているらしい。


「さあ、私の後ろにお乗りなさい。時間がありませんよ」

「跨って走るつもりですか」

「何を冗談のようなことをおっしゃっているのですか」


 ファシニアからしてみれば、冗談は目の前のそれでしかなかった。


「まさかアリアネさん、その……箒で飛ぶおつもりで?」

「他に何か?」


 周囲を行き交う人々の憐憫の眼差しがより一層強くなるのを、聡明なファシニアは悟った。

 そして、目の前の少女が本気であることも、“能力”を使わずとも感じ取れてしまった。


「……一度だけですからね」

「一度ってなんですか、ファシニアさん」


 結果、ファシニアが取った行動は、アリアネの後ろについて、一緒になって竹箒に腰掛けることだった。

 ただし、アリアネのように跨ぐというのは流石に嫌だったのだろう、横向きに腰掛けるような体勢である。


 当然ながら、ファシニアも気が進んでこんな真似をしているのではない。

 周囲の視線に耐えきれず、子供の遊びに付き合ってあげる程度の気持ちで、箒に腰を下ろしたのだ。


「はい、アリアネさん。後ろに乗りましたよ」

「では、しっかりと捕まっていてくださいね。柄でも私でも構いませんので」

「大丈夫ですよ」

「そうですか、では浮上しますね」

「浮上って」


 言いかけた途端、箒がグンと浮上した。


「へっ」


 ファシニアの眼鏡が思いがけず傾き外れかけるほどの重力と、風圧。

 先ほどまで二人が立っていた地面では、石タイルが砂埃を上げているのが小さく見える。


「え、えっ、うあっ……!?」

「何を驚かれているのです。浮上すると言ったでしょう」


 二人を乗せた箒はまだまだ登り、サナドルの平均的な建築物を三倍ほど超えた辺りの高さで、ようやく上昇は落ち着いた。


「と、とんっ……あ、魔術!?」

「ロマンの無い呼び方ですね、魔法とお呼びください」

「影魔術の、重力操作! あ、アリアネさんあなた、そんなに高度な魔道士……」

「ファシニアさん、ちゃんと捕まっていないと、これから本当に落ちますよ」

「!」


 ファシニアは危機を煽る言葉によって、慌ててアリアネの腰辺りに抱きついた。


「それがいいですね。結構な速さを出しますので、しっかりと捕まるのが一番です」

 ――できれば座り方も、ちゃんとして欲しかったのですが


「しょうがないでしょう! まさか本当に飛ぶだなんて!」

「はい?」

「な、なんでもありません!」

「はあ」


 アリアネはハンドルを捻り、箒をゆっくりと旋回させた。

 空中での旋回自体に音はないが、そのかわりに風の吹き付ける激しい音と、眼下の小さな街の景色が、ファシニアの恐怖を強く煽る。


 ――さて、街の外に出た個人用の馬車を探すとしましょうか


 彼女の心を支えたのは、抱きついた身体から伝わってくる、少女の頼もしい“声”だった。


「……まさか、アリアネさん。この箒で、馬車を追いかけるつもりじゃ……」

「それ以外、何があるというのです?」

 ――空の旅もなかなかですよ


 アリアネが首だけ僅かに振り向いて、怪しげな微笑みを浮かべる。


「ないんでしょうね……」


 ファシニアはただ、腕に込める力を強める他に選択肢はなかった。




 ――ああ、やはり空の旅は素晴らしいものですね


 三叉の竹箒型バイクが、サナドルの上空を勢い良く飛行する。

 影魔術による浮遊効果と、風魔術による推進力。

 二つの魔力を専用の理学式によって兼ね備えた魔女の箒は、前提として高度な魔術的技能を求めるものの、使用者が魔力を注ぐ限りに、それ相応の速さを反映させる。


 箒は二人の女を乗せて、風を切る。

 前方で木製のハンドルを握るアリアネは、時折大きなとんがり帽を片手で抑え、後ろでその仕草を見ているファシニアは慌てふためく。


「しっかり両手で握っていてください!」

「平気ですよ、愛車ですから」

「そういう問題ではありません!」

「大丈夫ですって、ほらっ」


 アリアネは終始薄い笑みを浮かべ、余裕綽々と箒の舵を切る。

 時折サナドルの鐘塔の脇を掠めたり、蛇行をしたり、遊び心は十分だ。

 逆に乗り慣れないファシニアにとっては、そんなアクロバット飛行も恐怖の対象でしかない。


「ふふふ、どうですこの乗りこなし。私は魔女会の中でも箒の扱いだけは……」

「やめないと帽子を捨てちゃいますよ!」

「おっと、それは困ります」

 ――真面目にやりますよ


 帽子が捨てられるのはよほど嫌なのか、アリアネはひとつ脅されるだけで気を引き締めた。

 ハンドルを両手で握り、姿勢を低く構える。ジグザグ飛行も自重され、安定した直線飛行に戻ると、それまでの難しい走行で鍛えられたおかげもあってか、ファシニアは驚くほど自分の姿勢が安定していることに気づく。


 ――これで慣れたことでしょう


 前に跨る少女の口で言わぬ気遣いに、ファシニアはむっと口を尖らせた。


「……クローアさんを追いかけるといっても、相手がどんな姿をしているのか、わからないでしょう。馬車に乗っていても、中が見えるわけではないですし」

「問題ありませんよ。手当たり次第に馬車を見つけては、中を検めさせてもらえば良いのです。それに、犯人だったら急いで逃げるでしょう。中を見るまでもなく、相手がわかるかもしれません」

「ええ……そんな強引な」

「強引でいいのです。魔女なのですから」


 魔女という単語に対する印象が急落し続けるファシニアだが、高速の空の旅の最中にあっては、げんなりし続けてもいられない。


「見つけました。幌馬車です」


 アリアネが遥か前方に走行中の馬車を発見し、突然高度を下げた。

 いきなりこみあげてきた内臓が浮くような間隔に、ファシニアの額から冷や汗が溢れる。


「ちょ、ちょっとアリアネさん、本気でやるつもり……」

「ふふ」

 ――本気ですが何か


 言葉を使わないアリアネの怪し気な微笑みは、全て信用できない。

 ファシニアはそう確信し、実際それは正しいのであった。




「うん……?」


 先頭で二匹の駆鳥(コビン)を走らせている馬車の御者が、ぼんやりと眺めていた視線の中に入り込んだ地面の影に気がついた。


 自分の進行方向、コビンに被さることはないだろうが、右前あたりの地面に、何かぼんやりとした影が浮かんでいる。

 なんだろうか。特に危機感も抱かず、心構えもせずにゆっくり見上げた御者は、逆に心臓を吐き出しかけるくらいに驚いた。


「げっ、な、なぁっ……!?」

「こんにちは、アリアネです」


 そいつらは、そいつは、竹箒らしいものにまたがりながら、その上で帽子を取り、優雅に一礼してみせた。


「ま、魔女!?」

「どうも、魔女です」


 コビンがギャァギャァ喚くのにも関わらず、箒に跨る魔女二人は、ゆっくりと馬車の横に付けるようにして近づいてきた。御者は突如現れた珍妙な少女に気が気でないが、対するアリアネは毛ほども気にしていない。

 近づくほどに、箒の毛先から溢れ出る風魔術の推進力の力強さが伝わってくる。きっとそこから溢れ出る気流に当てられれば、タダでは済まないだろう。

 しかし箒はしっかりと安定した様子で、馬車の真横に張り付いた。


「御者さん、中にはどなたが居られますか?」

「な、なんでそんな! この馬車の荷台は、俺らのギルドが預かるものだ! 軽々と言えるもんか!」


 尋ねると、ごくごく当然の返答が返ってきた。

 客からの預かり物にせよ、他のものにせよ、他人に教える義理はない。当たり前である。


「あ、アリアネさん、これ以上はまずいのでは……」

「ファシニアさん、こういう時は弱気になったら駄目なのです。押しが強くなくては、女性は社会で生きてゆけませんよ」


 もはやファシニアには、目の前の少女が何を言っているのかわからなかった。

 魔術はできるが、気は狂っているのではないか。わりと真剣にそう思えてくる。


「その中に人はいますか。人がいるならば、お尋ね者がいるかもしれません」

「お尋ね者だぁ!?」

「傭兵らしい背格好の男です。二十代後半、浅黒い肌、髪は濃紺。心当たりは?」

「……」

「あるようですね」


 アリアネは、特徴を口頭で挙げてゆくうちに強張ってゆく御者の表情を見逃さなかった。

 僅かな沈黙を答えと受け取り、口の端を不敵に吊り上げる。


 同時に、傍でやり取りを見ていたファシニアは、思わず唾を飲んだ。

 緊張に、アリアネの胴を掴む手に汗が滲む。


 もしかして、そこにクローアさんがいるのか。ほとんど密着している馬車の幌の向こう側に潜む存在に、思わず握力を強めずにはいられない。


「やれやれ、面倒な事になった」


 そして幌の向こう側で、耳あたりの良い声が聞こえてきた。

 “そんな”とファシニアは息を呑む。聞こえてきた声は、紛れも無くクローアのものだったのだ。


「ファシニアちゃん、そこにいるのかい?」

「く、クローア……さ……」

「そこか」


 ファシニアは思わず声に反応するが、返ってきた短い言葉はひどく冷静で、冷淡。


「死ね」


 ファシニアが違和感を感じる前に、鋭利な剣は馬車の幌を突き破った。

 刃渡りの長い、頑丈なロングソードの切っ先である。魔力を含めて強化すれば、分厚い幌を貫くことなど造作も無い。


「あ……」

「え」


 馬車の中から突き出された凶刃は、正確にファシニアが声を発した地点を襲い、アリアネの脇腹を貫いた。


 ファシニアとアリアネはぽかんとした目で、幌から伸びる剣と、アリアネの脇腹を見る。


「あ、あ……」


 悲鳴にならないファシニアの震える小声と共に、アリアネの瞼はゆっくりと閉ざされてゆく。


 そしてほどなくして、ブルームバイクは徐々に高度を落とし、安定した速度を保ったまま地面に墜落した。


「ふん、仕方ない。コビンだけ奪って脱出するか」


 未だひた走る馬車の荷台の中で、男の声だけが平坦に響いていた。




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