49.黒と赤
「それが魔族化か」
「おうとも!お前ら平凡な人族にはない、崇高な魔人族だけに許された力だ」
「平凡な…ね」
「そう、平凡な人族!数だけは立派なただの人族が、地上界にのさばってるのはおかしいからな。プルフラス様のためにも、とっとと死んでくれや!」
魔族化により、更に肥大化した肉体を軋ませ、魔人族が構えた。
「…秘鍵」
対する紅蓮は、二つ目の鍵を握った。
それを見た魔人族は目をギラつかせ、纏っていた剣呑な雰囲気が更に増す。
「お前を殺して、次の保持者に移させるか!」
「出来れば良いな」
お互いの鋭い視線がぶつかる。
魔人族は魔族化することにより、その性質が魔物寄りとなり、鍵は形を変え身体に影響を与ている。
魔物も鍵は有している。
ただ、魔物は鍵としての形を捨てる事により、その姿と身体能力、ひいては鍵を鍵の形として使用せずに精霊魔法を行使しているのだ。
それは、魔のモノにのみ許された力。
それはかつて生息していた動物と、魔物に優劣を付けた力だ。
突然変異なのか、それが自然の進化だったのか…動物の中から鍵を身体へと纏ったまま生まれ個体が出始めた。
魔物は鍵が形を成す事を知らない。それを理解出来るほどの知力が備わって居ないからだ。
元は動物、それはどうしようもない。
ただ精霊魔法を使えることは本能なのか遺伝子からか、魔物は初めからそれを知っていた。
魔物は直ぐにその勢力を伸ばした。
当たり前だ。噛む引っ掻く等しか知らない動物が、精霊魔法を使う魔物に勝てるはずもなかった。
動物は絶滅し、魔物がその位置を取って変わった。
だが魔人族はどうだ。
魔人族には理解出来る知力があり、それを成すだけの力があった。
魔人族に出来て、人族には出来ぬ方法。魔物には出来て、動物には出来無かったこと。
魔人族が人族を下位に位置付けるのは、そう遅くはなかった。
「グラアァァァ!!」
魔人族は裂帛の気合いを上げ、限界まで圧縮していた筋肉を爆発させ直進する。
それを迎える紅蓮に焦りはない。
「紅炎」
紅蓮の持つ秘鍵より紅い気体が噴出した。
魔人族へ向かって吹き出た気体は、行く手を塞ぐように展開。
「グッ…ガアァァァァ!」
だが魔人族は一瞬顔を歪めただけで、その中を強引に突き抜けた。
その代償は小さくはない。表皮に生えた毛は焦げ微かに皮膚は焼け爛れていた。
しかし、それだけだった。
その事に紅蓮は驚きを禁じ得なかった。紅炎は普通なら触れれば燃えるどころか、熔けてしまう程の高温を放っているのだ。
皮膚が爛れるだけで済むと言うことは、魔人族がそれだけ耐熱に長けている事が分かる。
肌が少しひりひりするが、これしきならば耐えられる。魔界の炎に比べれば生温いと、紅蓮との距離を詰めた魔人族は、肥大化した腕を引き絞る。
「業火烟!」
大きな拳が業火を纏い、紅蓮へと迫った。
紅蓮は身体を半身にずらしながら、敢えて自ら一歩踏み込みんだ。拳を躱しつつ、魔人族の背後を取ろうとしたのだ。
「っ!?」
だが魔人族も、そう易々とは背後へは通してくれない。空振る拳が紅蓮の横を通りすぎた時、纏っていた業火の範囲を一瞬広げたのだ。
紅蓮は咄嗟に腕をクロスして顔を庇い、大きく後ろに退避した。その判断が早かったため、腕が微かに赤くなる程度の被害ですんだのだが、魔人族は攻め手を緩めはしなかった。
「ガラァァァッ!」
体勢を立て直したい紅蓮は、一旦距離を取りたかった。だが、魔人族は逃がすまいと、執拗に紅蓮を追った。
精霊魔法を使う隙を与えまいと、魔人族は次から次へと攻撃の手を休めない。
絶え間なく繰り出される猛追、紅蓮は回避行動を優先せざるえない状態を余儀なくされていた。
炎が効きづらい魔人族をいかにして始末するか、紅蓮は魔人族の攻撃を全て躱しながら考えていた。
紅炎よりも更に高火力で焼き払うか。だが紅炎も効いていない訳ではない。回数を重ねれば、それは魔人族の身体を蝕んでいくはず。しかし、あまりこの魔人族一人に長い時間構っている訳にもいかない。やはり高火力が一番適切か、と紅蓮は朧気ながらも答えが出ようとしていた。
だがこうも張り付かれては、精霊魔法を使えない上に、高火力での反撃は自身にまで被害が及ぶ可能性があった。
それだけではない。こうも立て続けに攻撃を繰り返されている中では、上手く精霊力を込めることは難しい。
しかし、攻めあぐねる紅蓮の下に、解決策の方が自ら飛び込んできた。
『紅蓮!相手代わってくれぇぇぇ!』
頭のなかに響く声。それは常闇からの念話だった。
『ちょうどいい所に来たな。こっちも面倒くさいのに絡まれているところだ』
『ぎゃははは!こっちも遠距離の面倒い奴だ』
『こっちは完全にお前向きだ』
『なに!?代われ!』
常闇は今も続く不完全燃焼な戦いに、じわじわと煮え切らない思いを募らせていたのだ。
『タイミングは?』
魔人族の厳しい攻撃に晒されながらも、紅蓮の声にはからかうような、笑いを堪えるような節があった。
『いつものやつに決まってんだろ、っが!』
常闇も飛んでくる土の塊を躱しつつ、紅蓮の念話に答える。
『場所は?』
『派手にぶちかます!それで確認しろ!』
『わかった。十秒後に始めるぞ』
『とっととやれ!』
口悪く返す常闇だったが、その声は期待に溢れていた。
この鬱憤をぶつける相手がすぐそばにいる。下がりきっていた常闇のボルテージが上がっていく。
『始めるぞ』
紅蓮はその言葉と共に、準備を始める。
十秒前。
思惑を魔人族に気付かれぬように、何食わぬ顔で攻撃を躱し続ける。
五秒前。
ゆっくりと、だが着実に紅蓮は精霊力を少しずつ鍵へと送り始めた。
二秒前。
一気に精霊力を解放する。
魔人族もそれに気付き、攻撃が激化した。
一秒前。
紅蓮は大きく後ろに後ろに跳躍し、魔人族との距離を測る。魔人族は離されまいと、紅蓮に追い縋るが、魔人族は間に合わなかった。
「炎の仕切り」
目前に炎が遮るように展開する。
だがそれは魔人族からすれば気にする余地もない、薄く広がっただけの炎だった。
「気でも狂ったか!」
意味の無いことをする、と魔人族は紅蓮を嘲笑った。
そして、視界を遮るだけの炎を意図も容易く突き抜けた。
「はあぁ?」
だが魔人族の口から漏れたのは、呆れと落胆の声。
炎を突き抜けて魔人族が見たものは、背を向けた紅蓮の姿だった。
これだから人族は、と魔人族は軽蔑の眼差しを向けながらもその背中を見詰める。
黒いドームの様な場所へ向かおうとしている紅蓮との距離は、まだあまり離れてはいない。
ここまできて、逃がしてやるものか。
背を向けて走る紅蓮を追おうとした魔人族だったが、それとは逆に、こちらに向かってくる黒い影を捉えた。
「ぎゃはははははははは!てめぇかあぁぁぁぁ!」
その影は嬉しそうに笑い、魔人族に向けて疾走する。
変な奴がきたな、と魔人族は迎撃する構えを取った。
「おらぁぁっ!」
「グラアァァァ!」
正面から飛び込んだ常闇と魔人族の拳がぶつかった。
にやりと笑う常闇に、魔人族は怒りに満ちた顔に変わる。
「てめぇやるなぁ」
「人族が大口を叩くなよ!」
互いに近接戦闘を得意とする者同士、次の行動は決まっていた。
「っらぁ!」
「ガァ!」
ほぼ同時に繰り出された拳は、それぞれ相手の頬を捉えた。
常闇の仮面が軋み、魔人族の歯が欠ける。
「グガラアァァァ」
押し負けたことを悟った魔人族は激昂し、我を忘れて拳を振るう。
「業炎打!」
だが放たれた拳は、下から突き上げた常闇の手によって上へと逸らされる。
「ぎゃははは!楽しかったぜっ!」
「嘗めるなぁぁぁ!人族風情があぁぁぁ!」
「黒破!」
自分より格下の人族に負けるわけがない。先程の人族の攻撃もたいしたことは無かったのだから。
魔人族の自信は慢心へと変わり、回避より攻撃を選んでしまった。
「業炎双───」
魔人族が唱え終える事はなかった。
常闇の放った精霊魔法を纏った拳は、魔人族の下腹を強打し、纏った精霊魔法が触れた部分を瞬時に消滅させていった。
結果、魔人族の上半身と下半身を分断したのだ。
嘗めていたのは己だった。
見える自身の下半身を見つめながら魔人族は後悔するが、それはもはや取り返しはきかない。
そう、動物が使用出来なかった精霊魔術だとしても、人族はそれを扱えるのだから。
「ぎゃははは!じゃあなあぁぁぁ!」
下半身から離され宙を舞い、あとは地面に落下するだけの上半身に常闇は蹴りを放った。
「黒懐!」
魔人族が最後に見たの、自身に迫る黒い精霊魔法を纏った常闇の足だった。
常闇の蹴りは魔人族の頭を捉え、蹴り抜かれた魔人族は吹き飛ぶようにその存在を消滅させた。
「ぎゃはははははは!さぁて…紅蓮はうまくやってっかなぁ?」
▼
炎の仕切りを放った紅蓮は、躊躇いなくその場を駆け出した。
視線を走らせ、それを探す。
目印となる常闇の黒円蓋は直ぐに見付かった。
速度を落とすことなく、紅蓮は黒円蓋を目指してた。
「めっちゃ早く飛び回る魔人族だ!」
すれ違い様に常闇は紅蓮にそれだけを言い残し、さっさと通りすぎていった。
紅蓮の目前では、効力を失った黒円蓋が消え始めている。
黒閻魔は周囲を闇で包むだけの、非殺傷の精霊魔術だ。
その中で魔人族は、悠々と常闇を探していた。
「どこに逃げても無駄ですよ」
宙に止まっていた魔人族は辺りを見渡し、紅蓮を見付けた。
「おや?選手交替ですか?」
「まぁそんなところだ」
「それはそれは、常闇を逃がしてしまいましたか。ですが代わりに、貴方を殺せば同じ事ですね。紅蓮の鍵師」
「ご託は良い、早く来い」
「そうですね。では死んでもらいましょう。では、トトルース。これが貴方を殺す者の名前です」
そう言いニヤリと笑ったトトルースの姿がかき消えた。
紅蓮は周囲に視線を走らせる。
「っ!?」
紅蓮の背後から、土の塊が飛来した。
ぎりぎりで躱した紅蓮に、トトルースの声がどこからともなく聞こえる。
「上手く躱せましたね。ですが、これならどうですか?」
紅蓮の耳に、微かに風切り音が聞こえた直後。
「土塊散弾」
四方八方から紅蓮を囲むように放たれた。
逃げ場を潰すように、巧妙に時間差もつけて飛んでくる土の塊。
これは常闇が嫌がるわけだな。
紅蓮はその陰湿なやり方に感心しながらも、悠然と鍵を構えた。
「焼却火膜」
土の塊から身を守るべく、炎の膜で紅蓮は自らを覆った。張られた高温の膜により、土塊は着弾と同時に焼き消されて行く。
紅蓮の周りを高速で飛び交うトトルースは、その膜が途絶えた時こそ紅蓮の最後だとほくそ笑む。
だが紅蓮もそんなことは承知している。
だから火膜がある内に、紅蓮は次の精霊魔法を放つ。
「炎熱地獄」
紅蓮は周りに人が居ないことは、すでに確認済みだった。
使用した精霊魔法、炎熱地獄は自身の半径二百メートル、高さ五十メートルの空間を燃やし尽くす広範囲殲滅形の精霊魔法。
「ギャアアアアアアァァァァァァァ…──」
紅蓮の耳に、魔人族の悲痛な断末魔が聞こえた。




