29.鍵師イスタの苦悩
燃え盛る炎は一瞬にして、二匹の皇帝烏賊を消し炭へと変えた。
「…ここはどこ?」
誰に聞くでもなく自問する。
辺りを見渡せば、見知らぬ男と数多くの皇帝烏賊。
「そう…お前らがウェスタを」
未だに周りを炎が躍り、ウェスタだった者の姿を朧気にする。
紅葉も、そして皇帝烏賊達もがその光景を見詰めていた。
そんな中で最初に動き出したのは、やはり彼女だった。
炎をその場に残し、紅葉と皇帝烏賊を目掛けて大きく跳躍する。
その光景に、紅葉は危機感を覚えた。
それは皇帝烏賊も同じたったのだろう。止まっていた時間が動き出したかの様に、各々行動を開始した。
水球を作り出そうとするモノ。接近を試みるモノ。
「ちょ、ウェス──」
紅葉が制止を呼び掛け終える前に、彼女の準備は終わっていた。
「全てを飲み込む黒炎」
現れた黒炎はその場にある全てを、紅葉をも対象に放たれた。
黒炎はまさに、その場の全てを飲み込んだ。皇帝烏賊を、皇帝烏賊が放たんとした水球を。
紅葉は何かあると構えていたお陰で間一髪、黒炎の効果範囲を離脱していた。
水をも燃やし尽くす黒炎は、皇帝烏賊を跡形もなく焼失させると静かに消えた。
一瞬の出来事であった。静かになった浜辺は、波の音と黒い燃えた後だけが存在を主張している。
紅葉は燃えカスすら残っていない浜辺へと膝から崩れた。
「……俺の…イカが」
握りしめた手が、砂に指の跡をつくる。
文句は…言えない。まだ皇帝烏賊達は紅葉の物ではなかったのだから。弱肉強食、自然界とは何とも残酷だ。
しかし、運は紅葉を見放してはいなかった。哀愁漂わせる紅葉が顔をあげた先、少し離れた波打ち際にそれは合った。
黒炎からもがき逃れようとした時にでも千切れたのだろう。たった一本だが、確かにそれは皇帝烏賊の足だった。
紅葉は直ぐ様立ち上がり、笑みを浮かべて駆け寄った。
「俺のイ─」
「炎」
「──カ」
無情にも目と鼻の先、伸ばした手のほんの数十センチ先でイカの足が焼かれていく。
「依頼完了」
そんな声のする方へと紅葉は顔を向けた。
ことの元凶の人物が鍵を向けて、無表情に燃える足を見詰めていた。
「ウェスタ…お前」
紅葉が引き戻した手は固く握られ、震えていた。
「私はウェスタじゃない…イスタだ」
憮然とした態度で、燃えていくイカの足を見詰めたままイスタと名乗った、ウェスタだった者。
だが、紅葉が言いたかったのは、聞きたかったのはそんなことではなかったのだ。
「そんなの…どっちでもいいわっ!!」
紅葉はイスタとの距離を一瞬で詰め……おもいっきり殴り飛ばした。
「くはっ!?」
紅葉の動きが余りにも速すぎた為、イスタは反応すら出来なかった。
砂を巻き込みながら砂浜を転がり、止まった頃には髪も服も砂まみれになっていた。
「……くっ」
イスタが必死に立ち上がる。
しかし、既に目の前には紅葉が立っていた。
「お前の言い分を聞いてやる」
イスタの前で仁王立ちする紅葉が、眉間にシワを寄せて言う。
「理由によっては、許してやらん……でもないぞ」
たぶん、と。
今日一日とは言え、共に依頼をこなした仲間なのだ。ウェスタがあのようなことをするような奴に、紅葉には見えなかった。
そして何より、これは依頼の範疇であり、依頼は達成出来ているのだ。
それに、イカの足はまだ正式に紅葉のものでもなかった。それが紅葉の理性をぎりぎり保たせていた。
「…誰なんだお前は?」
「?」
何を言っているのか分からず、紅葉は首をかしげる。
「ウェス──」
「イスタだ。さっきも言った、私はウェスタじゃない」
「え?じゃあ、ウェスタは?」
「……たぶんこココにいる」
そう言い、イスタは自分の胸を指差した。
紅葉が黙考し、暫し沈黙が続いた。
「二重人格?」
それが、紅葉が導きだした答えだった。
「……そんなところ」
うつむき、視線を落としたイスタがぼそりと呟いた。
「そうか。ならイスタ、なんでイカの足を焼き払ったんだ?」
紅葉の中の最重要事項は、どこまでいってもイカなのである。
だが、イスタの方は違う。
「そんな…簡単に!?」
伏せていた顔を上げ、イスタが驚愕の表情で叫んだ。
「は?そんなもん後で良い。お前が答えなきゃならないのは、イカの足をなぜ焼いたかだ」
怪訝な顔をする紅葉にイスタが掴み掛かった。
「お前もどうせ私が怖いんだろ!そうやって話を逸らして、現実から逃げているんだろ!?」
紅葉の胸ぐらを掴み、イスタが心の声を叫ぶ。
しかし、紅葉はそんなイスタの手を払いのけ、眉間のシワを深くした。
「話を逸らしてるのはお前だろ!さぁ、言え!なぜイカの足を燃やした!」
「知るかそんなの!?魔物を焼いて何が悪い!それにお前は誰なんだ」
「……誰?」
「そうだ!お前はどこの誰で、何をしていた?ウェスタの敵か!」
射殺さん程の視線で紅葉を睨み付けるイスタ。
「ウェ…イスタは何でここにいるんだ?」
「私の質問にこた──」
「いや、先に教えろ。何んでここにいると思う?」
イスタの言葉を遮り、紅葉はもう一度同じ様な質問を繰り返す。
「皇帝烏賊の討伐依頼…だろ」
イスタはしぶしぶと言った感じで答えた。
「じゃあ、今日は何月何日?」
「……知らない」
「因みに今日は九月十二日な」
この世界は十二ヵ月、三百六十日で一年。一ヶ月が全て三十日となっているのだ。
「………それがどうしたと?」
「お前、イスタと記憶も別々なのな」
紅葉はイスタへとちゃんと向き直った。
「俺はモミジ。最近、焔のギルドに来たんだけどな。で、今日はウェスタと一緒に三つの依頼を受注して、これが今日最後の依頼」
「…そうか。お前は…ウェスタとパーティーを組んでたのか」
イスタは構えを解き、項垂れる。
「…すまなかった」
ポツリとそうこぼしたイスタ。
「どっちに?俺に攻撃したこと?イカの足焼いたこと?」
「両方…に」
「俺を攻撃したことはこの際どうでも良い。何でイカの足焼いたんだ」
「その…お前も敵かと思って…」
うつむき言い淀むイスタの姿は、先ほどまで辺りを火の海に変えていた少女には見えなかった。
「ならあれか?敵が欲してる物を焼いてやった的な?」
「……そうだ。ウェスタは…昔からあんな感じだがら、よく危険に巻き込まれて」
「だから今回もそうだと?」
「大切な…妹なんだ」
今にも泣き出しそうなイスタの声。
共感出来るその気持ちに、紅葉は行き場をなくした苛々で頭をかきむしった。
「はぁ…もういいや。イスタ~帰るぞ」
歩き出した紅葉の背中を、イスタが引き止めた。
「お前は!…私が怖く、ないのか?」
消え入りそうなその声に、紅葉はゆっくりと振り向いた。
「イスタが?なんで?」
「私は…お前を焼き殺そうとしたんだぞ?」
「焼き殺せてないけど?何?またやるのか?」
「それは、もうしないけど」
大切な妹を守るため、イスタは危険だと思われるものは全て排除してきた。今回のような危険な精霊魔法は稀で、いつもは足腰たたないくらいに殴る程度だ。
今回のように間違った事は幾度とある。
だがいくら憎まれ様と、怖がられ様とも、大切な妹を守るために、イスタが行動をやめることはなかった。
「じゃあ、怖がる理由がないだろ?まぁ、またやってきたらぶん殴るけどな」
紅葉は拳をつくり、イスタへと向けて笑った。
「…それに、何でお前はそんな普通に私に話しかけれるんだ?一人の人間に二人分いるんだぞ?…他の奴等はウェスタと私のことを知ると、気味悪がって離れて行くのに!」
敵に間違い、殴ってしまったものは言うまでもなく去って行く。ウェスタとイスタの特殊な関係を知って、離れていくものも多い。
怖がられ、奇異の視線を浴び、イスタはいつしか疑心暗鬼にとらわれていたのだ。
だが、妹を守るためにはそうなるしかなかった。
突然意識が戻り、知りもしない場所、人、物が目の前に現れるのだ。
分からない、知らないものは排除しなければ、いつしかイスタの心の中は、そんな思いで埋め尽くされていった。
だがそんなイスタも、心の奥底では求めていたのだ。
仲間を、友達を、寄り掛かれる存在を。
イスタとて特殊な境遇に置かれているものの、一人の女の子に変わりない。
「何でお前はそんな普通に…話し掛けてくれるんだ!」
気付けば、いつしかイスタの目から頬につたうものがあった。
喜び、期待、不安…色んなものが混ざったその涙は、留めなく溢れ出る。
「なんでって……何でだろ?」
あまり深く考えていなかった紅葉は首を傾げる。
一人に二人分の意識。
言葉にすれるのは意図も容易く簡単で、考えれば考えるほど至極難問で答えもない。
ウェスタとイスタは裏表のコインの様な関係だ。
表を向けて地面に置けば、裏は外を見れない。逆も然りだろう。
「イスタはイスタで、ウェスタはウェスタだろ?一人の身体だろうが、その中に二人いるんだよな…ならこの場に三人いることになるのか」
紅葉の答えが明後日方向へと進みだした。
「いや、でもいまウェスタはこの状況を分からないんだよな。なら二人なのか?そもそも二重人格ってどこからどこまでを言うんだ?ウェスタとイスタ見たいに完全に別れてるやつのことか?でも、性格の裏表が激しいやつも時には二重人格って揶揄するしな───」
続く考察はどんどんイスタの問い掛けから離れていき、あらぬ目的地へと着地する。
「身体が一つなのに二人分の意識とか、食べる量半分になってめちゃくちゃ損してるなお前ら」
結果、食べ物の話へと刷り変わっていた。
そんな紅葉の話をずっと黙って聞いていたイスタの涙は、いつしか止まっていた。
「はは、はははは…なぜ、そんな答えになってるんだ。私が聞いた答えになってないじゃないか」
涙は止まり、笑いに変わっていた。
「は?お前が聞いたんだろうが」
「いや、すまない。くくっ…」
「…お、お前なぁ」
紅葉なりに真面目に考えた結果がこれである。
笑い続けるイスタに、紅葉は頬を痙攣させていた。
イスタの笑いが納まった頃には夕陽が差し、紅葉のへそは曲がっていた。
「す、すまない」
「………別に」
「そ、それでだな…その」
突然イスタの纏う空気が変わる。
「…何だよ、まだ笑い足りないのか?」
「ち、違う…そうじゃなくて…その…だな」
なかなか決心のつかないイスタ。
俯きもじもじと指先を弄び、まるで告白前のしぐさを見ているかの様だった。
「わ、私と!」
勢いよく上げられた顔は、夕陽の為か茜色に染まっている。
「何?」
「わ、わ、私と…私達と…仲間…友達になっては来るないか?」
「?」
紅葉が首を傾げたことにより、イスタの表情が曇る。
「やはり私では…」
「いや、ウェスタとはもう仲間だしな」
その言葉にイスタは泣き笑いの様な表情に変わった。
「そうか…ウェスタとは…これまで通り、接してやってくれると嬉しい」
「いや、そこお前も含めよ。これからまた一緒に依頼受けたりもするだろうし、その度にお前殴るのめんどくさいし」
「私も…」
「それに友達なんて、一緒に飯食ったらなれんだぞ?」
紅葉は真顔でそう言った。
「な、なら!今日の夕食は私が知っている美味しいレストランに…一緒に、行かないか?」
「よし、早くいこう」
紅葉は素早く返答し、イスタの腕を引いた。
「どこにあるんだ、そのレストラン?何がオススメ?」
ぐんぐん引っ張る紅葉わイスタが止める。
「ま、待て!その前にけじめをつけておきたい!」
「けじめ?」
「そう、お前に迷惑を色々掛けてしまったから…友達になる前に清算させて欲しい」
イスタの真剣な目を見て、紅葉も退くわけにはいかないと頷いた。
「で、どうやって清算するんだ?旨いものでもくれるのか?」
紅葉は期待の籠った目でイスタを見詰めた。
「美味しいのはレストランで食べよう」
「…そうか」
少し紅葉の肩が下がった。
「私を一発殴って欲しい」
「もう、一回殴ってるけど?」
「いや、心の問題なんだ。頼まれてくれないか?」
そう言って頭下げるイスタ。
「…わかった」
紅葉はイスタと向かい合い、拳を引いた。
「本気でやってくれ。これで…心置き無くお前と…モミジと友達になれる」
そう言い微笑むイスタに向かい、紅葉は拳を振るった。
▼
「リナさーん」
紅葉はギルド受け付けにて、もはや担当と言っても言い受付嬢を呼んだ。
「あ、おかえり…って、どうしたの!?」
リナは紅葉の背後を見て、慌てて受け付けから外側へと回り込んできた。
「いやー…ちょっと色々ありまして、俺が殴りました」
「…どういうこと?」
リナからただの受付嬢とは思えない程の殺気が漏れる。
「おい、イスタ!起きろ!いつまで寝てんだ!」
背負っていたイスタを揺するが反応がない。
「え?イスタちゃん?」
リナが呟くが、紅葉はイスタを起こすことに必死で気付かない。
「おい、イスタ!今起きなきゃ友達なんかなれないぞ!友達をたすけろ!」
その紅葉の叫びにイスタが飛び起きた。
「それはダメだ!約束を破るのは良くない!」
「イスタ!…離せ!ギブッ!」
背負われていたイスタは、手近にあった紅葉の首を閉めていた。
落ち着いたイスタと共に、紅葉はリナへと今日の報告とことの顛末を話した。
紅葉はそこそこの力で殴ったはずだった。が、どうやらイカ足を自分でも知らない内にまだ引きずっていた様だった。
思いの外力の入った拳をを受け、イスタは微笑みながら意識を失い、仕方なく紅葉が背負って連れて帰ったのだ。
「モミジくん…いえ、何でもありません。では、今後は二人とも気を付けて下さいね」
「すいません」
「はーい」
真面目に答えるイスタと適当な紅葉。
リナはため息を吐きつつ、書類を纏めた。
「では、明日からも頑張ってください」
紅葉とイスタは頷くと、二人揃ってギルドから出ていった。
「はぁ…」
それを見送り、リナは深いため息を吐いた。
「モミジくん、絶対渡した資料…見てないよね」
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秘匿事項の為、下記の情報の漏洩を禁じる。
対象ウェスタ・プラーミア
イスタ・プラーミア
彼女等は双子であった。
母親のお腹の中までは。出産時、難産に陥り姉ことイスタはこの世に生を受ける前に死亡を確認される。
妹ウェスタも生死の境をさ迷う危険な状態に陥るが、奇跡的に生還を果たす。
その後、七歳まで特筆することなく成長。
八歳の誕生日の前日、誘拐事件に遭遇。
その際にイスタ・プラーミアが誕生する。
現場は消えることのない炎に騒然とし、後の調査で火と闇の複合精霊魔法によるものと判明。
鍵、単一の発動は不可能であり、これを可能にしたイスタ・プラーミアは極めて危険である。
今回の任務にて、イスタ・プラーミアを確認した場合は速やかにギルドに報告せよ。
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