24.秘鍵
ゆらゆらと景色が揺らいでいる。秘鍵より生み出されし、空飛ぶ緋色の化身によって。
原因は外気との激しい温度差だ。それがシュリーレン現象を引き起こしている。
高温度の炎で形成された鳳凰は、まるで生きているかの様に滑らかに緋色の翼を広げた。
その姿は紅蓮からの命令を、今か今かと待ちわびているようだ。
「何なんだ…あの精霊魔法」
『主ぃ…ありゃちとヤバイ』
稀に見る白魔刀の真剣な声に、紅葉もごくりと喉がなる。
『あれ…何とか出来るか白?』
『えぁ?』
白魔刀は驚きと喜びをない交ぜにしたような、珍妙な声を上げた。
カタカタカタカタ…震える刀。
『ヒャッホオォォォ!え!?今のギルマスだろあれ?殺っちゃっていいんだな?いいんだよな!?ヤホオォォォォォォ!!』
遮断できない声を頭に直接叩き込まれ、紅葉は額を押さえ、そこでふと気づく。
「…ギルマス?ギルドマスター?お偉いさん?」
極度の緊張状態により、怒りが落ち着いて来ていた紅葉は気付いたのだ。
(ギルドマスター殺っちゃうとか、ヤバイだろ。)
熱されていた頭が冷めて行った。
「そいつらの…まぁ上司だな」
当然だ。紅蓮はギルドのトップなのだから。
一連の目撃者は多数存在し、もはや紅葉の逃げ道はどう転んでも残されてはいない。勝手も負けてもややこしいモノが待っているのだ。
『あ・る・じ、影十字やろおぉぉぜっ!』
事実に気付き落ち込む紅葉を気に掛けず、白魔刀は無理矢理イメージを押し付ける。
イメージが鮮明に脳内に写し出された。
『うわぁー…えぐいなこれ』
流れてきたイメージに紅葉が譫言の様にもらした。
『さあぁぁぁぁ主いぃっ!叫べえぇぇぇ!』
『いや…ヤバイだろコレ。精霊魔法も状況も』
『だけどな主、相手は待ってはくれませえぇぇぇん!』
紅蓮の準備が整い、緋色の鳳凰は翼をはためかせ高度を上げて行く。
天上ぎりきりまで上り詰めた鳳凰は、頭を勢いよく擡げた。それはまるで勝利の咆哮を上げているようだった。
「やれ緋鳳凰」
指揮者の如く、秘鍵を振るった。
その指示に応じて、鳳凰は一際大きく翼を広げて紅葉を目掛けて急降下を始めた。
その様子は獲物を狙う猛禽類さながら。火の粉を撒き散らしながら、嘴を突きだし速度を上げて迫る。
『主いぃぃぃ!』
「ちっ…もう、どうにでもなれ!やるぞ、影十字!」
白魔刀を握りしめ、力任せに空間を十字に斬り付ける。すると斬った軌道上に薄い影が落ちた。
更にもう一度、紅葉は十字に斬り結ぶ。すると薄かった影が少し濃くなる。
──影十字。
斬った数だけ影を斬り重ねる精霊魔法。
『さあぁぁぁぁ気張ってこおぉぉぉ!』
白魔刀の激励を聞きつつ斬る。また斬る。
そして斬る。
斬る斬る斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬る斬る斬る。
緋鳳凰との距離は既に目と鼻の先。
焦る心を抑え込み、リミットまでひたすら白魔刀を振るい続けた。
斬撃の影はひび割れた空間の様に、黒々としている。出来上がった黒い十字架は、堕ちた天使の為の、十字架の様だ。
『主いぃぃぃ!』
白魔刀の鋭い叫びが、タイムリミットを告げた。
斬ることを止め、紅葉は目一杯に白魔刀を後方に引き絞った。
緋鳳凰は回転を加え渦巻く炎を纏い、炎の竜巻と化していた。
「破壊の祝福!」
言葉と共に、十字架の中心部に白魔刀の切っ先を叩き付けた。それが影十字のトリガーとなる。
──ギャリリリリイィ!
緋鳳凰と影十字がぶつかり合い、不快な音が鳴り響く。
拮抗する力のぶつかり合い。だが斬撃の影が一つ、また一つと焼却されている。拮抗が崩れるのも時間の問題だった。
『ヒャアァァァァ!やっぱり秘鍵相手はきびしぃなあぁぁぁ!主いぃぃぃ!黒天刀だしといたほうがいいぜえぇ』
その意見には賛成と、紅葉は素早く黒天刀をボックスから取り出した。
『黒ぉおぉぉ!秘鍵が相手だぜ!』
『…うるさいですね、白。秘鍵ですか。厄介ですね』
『今の内に紅蓮倒しに行くか?』
『止めときましょう。あちらもこっちを見ています』
紅蓮は紅葉の動きをずっと観察していた。
起こる全てを見逃さぬように。
『主、光銀の遮布をお願いします。いまイメージを……それで、今の主なら五枚は行ける筈です。イメージに追加してください』
黒天刀は的確な指示を紅葉へと出して行く。紅葉もそれに逆らうこと無く、粛々と従う。
「光銀の遮布」
紅葉の周囲を銀色のベールが包み込む。
その間に緋鳳凰と影十字の決着が着こうとしていた。
『来るぜぇ、主いぃぃぃ!』
白魔刀の合図と共に、影十字が燃やし尽くされ消滅した。
遮るものの無くなった緋鳳凰は、紅葉へと一直線に突き進む。
守りに特化した黒天刀。
その守りを破るのは、緋鳳凰でも苦戦するようだ。
だが少しずつではあるが、緋鳳凰は自身の嘴を光銀の遮布内部へと進めている。
「…ヤバイな」
光銀の遮布が一枚破られた。コツを掴んだのか、先程よりも二枚目への侵攻速度は速い。
「大劫火炎」
紅蓮は秘鍵を掲げ命じた。
緋鳳凰はそれに答えるかのように、大きく羽ばたいた。
『…来ます。遮布に集中してください。恐らく次で最後です』
『ギャハハハハハ!耐えろよ主いぃぃぃ!』
二本の刀は主を支え、鼓舞する。
主はその声に答えるように、精霊力と集中力を総動員した。
緋鳳凰が翼を広げた状態で遮布に抱きつき、今までの火力がお遊びだとでも言うように赤々と燃え上がり─。
閃く閃光、轟く轟音。
緋鳳凰は自身に込められた精霊力の全てを、一瞬で許容範囲外へと押し上げ、異常爆発を引き起こしたのだ。
爆風が紅蓮がいる場所まで襲い、外套がばたばた靡く。その拍子にフードが外れ、真紅の髪が露になった。
紅蓮はそんなことは些細な事と、未だ炎が上がっている爆心地を見据えていた。
炎の中から黒い塊が飛び出した。
所々が煤けて黒くなっており、場所によって煙が燻っている。
「ぶっは!死ぬかと思った!」
新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。炎の中で息をしようものなら、有毒な空気を吸い込み意識を失っていたことだろう。
肩で息する紅葉へと、紅蓮が歩み寄る。
「これにて昇格試験を終了する」
「…………え?」
「帰りに受け付けに寄れ。そこで説明を受けろ。以上だ」
それだけ言うと、紅蓮は振り返ることもなく紅葉を置いて退室していった。
残された紅葉は脳の処理が追い付かず、フリーズ状態だった。
▼
「紅蓮さん!」
紅葉を放置し受け付けに戻った紅蓮を受付嬢が逸早く発見した。
「リナ、アイツの鍵証緑…銀にしておけ」
リナと呼ばれた受付嬢は驚愕で目を見開く。
「…大丈夫なんですか?まだ少年ですよ?」
リナもプロの受付嬢である。直ぐに表情を戻し、若者を危険へと導こうとする紅蓮に厳しい目を向ける。
そんな彼女に紅蓮は仮面の下でにやりと笑う。
「アイツ、精霊魔法って言ってたんだ」
紅葉が緋鳳凰を出した時呟いた小さな声を、紅蓮は聞き取っていた。
「っ!?」
「これから面白くなるぞ」
そう言い残し、紅蓮はギルド内の奥へと消えていった。
息抜き小説書き始めました。
よっかたらそちらもどうぞ。
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