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六喰の鍵師  作者: 長月 こたつ
エルフの里編
19/63

19.魔物のお味は

投稿おそくなっちまったぁぁ…



 紅葉が精霊武器を手に入れ、数日。

 初めこそ喋る刀に戸惑いを覚えたが、使ってみれば何かと便利な事が分かった。

 その最たる物が、固有の精霊魔法が備わっていたことだろう。

 黒天刀は光の精霊魔法を得意とし、守ることに特化した刀であった。攻撃が出来ないかと問われれば、そんなことはない。しかし、守りに比べると格段にその性能は落ちてしまうのだが。


「光刃!」


 光の精霊魔法を纏い、刀身が光輝く。手近な木を試し斬るも、切れ味は普通の刀より少し斬れるくらいだ。

 紅葉はその斬れ味に満足していたが、黒天刀の方は違うようで、どこか申し訳なさそうにその身を震わせる。


『だから黒、俺は満足してるって。それに誰だって長所があれば短所があるもんだ。お前は守備に特化してんだろ?それでいいじゃん』

『…ありがとうございます』


 慣れてきた会話方法。

 当初は念話での会話に紅葉は悪戦苦闘していた。念話を送りながら口でも喋り、黒天刀には二重音声でお届けされていた。

 念話とは精霊魔法であって精霊魔法ではない。

 精霊力を体外に放出する必要がないので、精霊回路の解除も必要としないのだ。

 だが解除しないで精霊力を一握とは言え扱い、それを駆使して相手に伝える。

 言葉で言うのは簡単だが、やるとなるとこれがなかなか難易度の高い物なのだ。

 体内の精霊力、更に相手の精霊力を把握し、相手の波長に同調させ精霊力の共鳴を引き起こしパスを繋げる。必要とするのは僅かな精霊力を共鳴させるだけなのだが、紅葉は同調に大変苦労した。

 念話中に同調がうまく維持出来ないと、送る念話は途切れ途切れになり会話は成立しない。


 そんな念話を、紅葉は寝る前に黒天刀と日夜練習に励んでいたのだ。

 その甲斐あり、今ではすらすらと念話で会話出来る様になっていた。


『じゃ、次いくか』

『では、そうですね…極光盾などどうでしょう?』


 黒天刀は念話と共に、そのイメージを送る。


『………なるほど。それいこう』


 紅葉は目を閉じ、送られてきたイメージを明確に思い浮かべ、柄は黒く、刀身は白い刀に精霊力を送り込む。


「極光盾!」


 切っ先から光の粒子が噴出。その粒子が半径2メートルの半球となり紅葉を中心に覆った。

 光の粒子がキラキラと漂う様は、一見あまりに心許ない。

 これ大丈夫か…と、紅葉が少し不安に思っていた所に、ちょうどいいタイミングでルシアが訪れた。


「おーいルシア!ちょっと一発何か精霊魔法撃ってくれ!」


 ルシアは目を細目、また紅葉がバカなことをし始めたと足取り重く紅葉に近付く。


「…で、どんなものを貴様はご所望なのだ?」


 やれやれと肩を落としながらも鍵を取り出した。


「そーだな…」


自分では分からないと、紅葉は念話で問い掛ける。


『どれくらいならいけるんだ?』

『大抵は大丈夫かと』

『りょーかい』


 紅葉は素早く黒と相談を終えると、


「ルシア最大の精霊魔法で」


 紅葉はにやりと挑戦的な笑みを浮かべた。


「…後悔するなよ。精霊回路解錠」


 紅葉の発言に一瞬目を見開くも、直ぐ様剣呑な表情に変わった。

 ルシアは距離を取り、詠唱を開始する。


「吹きずさむ暴力、切り裂く刃、十全たる死の風よ。疾るは地、翔るは空。略奪せしは銀翼の。搖れる天秤、対なす破鏡」


 ルシアはそこで大きく息を吸い、叫んだ。


「呑み込め乱気!刃旋飆風(じんせんひょうふう)!」


 現れたそれは、紛れもない天災だろう。

 ふわりと風が舞った直後、轟音を伴い天を穿つ勢いの渦が紅葉を襲った。

 地面を巻き上げとぐろを巻く風に、極光盾が耳を劈く悲鳴を上げる。

 紅葉は薄い光の壁の向こうに死を垣間見た。


 消失は唐突だった。瞬きする間に消えた旋風は、白昼夢かと錯覚するほど呆気ない幕引きだった。しかし、辺りの状況がそれが現実に起こった事だと物語っている。

 紅葉を中心に地は抉れ、その周りには巻き込まれた木々が散在していた。


 紅葉の頬を冷や汗が伝う。

 ルシアに対する認識を改めるには十分だった。今後、逆らうのは極力やめておこうと。


 ルシアは肩で息をして、悔しそうに紅葉を見て俯いた。

 ルシアが使った精霊魔法は、現在使える中で最高威力を持つものだった。自身の精霊力の大半を費やし、やっと使えるほどの大技。それを紅葉は無傷で生還したのだ。

 死にはしなくても、大怪我位はするだろうとルシアは思っていた。

 しかし、結果はルシアと紅葉の実力を嫌と言うほど知らしめた。


「おい、ルシア大丈夫か?」


 気づけば紅葉は精霊魔法を解き、ルシアのすぐ近くにいた。


「…なんともない」


 一度大きく深呼吸し、気丈な振る舞いで顔を上げ己に誓う。


「いつかあの壁をぶち破り、貴様をぼろ雑巾に出来る様、精進する」


 握られた拳にぐっと力を入れ宣言する。

 紅葉をライバル認定した瞬間であった。


 紅葉の背中に冷たいものが走り、ごくりと喉がなる。


『黒、極光盾を越えるヤツはあるよな?』

『お任せください、主』


 ルシアに睨まれつつ、紅葉は人知れず速やかに確認をとったのだった。



 一連の後始末のため、紅葉が土の精霊魔法で抉れた箇所を埋め終えて一息付こうとした時だった。

 サージが不吉な一報を告げる。


『里の北北東十キロ辺りに侵入者だ。数は15…まずいな、プラチナウルフだ』


 その言葉を聞くや否や、ルシアは駆け出した。

 しかし、その動きにはいつもの俊敏さが欠けていた。紅葉に使った精霊魔法が尾を引いているのだ。

 それを見て、紅葉も駆け出した。自分にも出来ることがある筈だと。


『プラチナウルフは精霊魔法を打ち消す、気を付けろよ』


 背後のサージから助言が送られた。

 紅葉はそれに答える代わりに、手に持つ白魔刀を振った。





 紅葉がたどり着いた現場は、まさに戦場。怒号が飛び交い、悲鳴に罵声。精霊魔法が飛び、血飛沫が飛び。場は混沌としていた。


 ルシアが緑花風月を振りかざし、プラチナウルフに応戦しているのが見えた。しかし、決定打には至らず、細かな傷を与えているだけだった。

 プラチナウルフ…体長がゆうに5メートルは有るだろうその巨躯に似合わず、輝く毛を靡かせて素早い動きでエルフ達を翻弄している。

 現在のプラチナウルフの数は12匹。3匹は始末出来たようで、その骸が確認できた。

 しかし、その代償は大きく既に幾人のエルフが負傷し、後方に下げられている。


 どこに加勢するか状況を確認している時、1匹のプラチナウルフが前線の包囲網を突破した。

 その行き先は後方に下がっている、負傷したエルフ達の方向だった。

 紅葉は咄嗟に黒天刀を抜き放ち、切っ先をプラチナウルフとエルフの間に定め、


「極光盾!」


 光の粒子を噴出する。

 プラチナウルフより、エルフの方が驚いた顔で紅葉を見るが構っている暇はない。

 ルシアとの対峙した時とは違い、光の盾を平らに伸ばして両者を隔てた。

 あの凄まじい精霊魔法に耐えた盾だ。

 破られらことはないと思ったのだが、呆気なく突き破られた。

 どうやらエルフ達の驚きは、プラチナウルフに精霊魔法を放った間抜けに驚いたのだろう。

 破られてから紅葉は思い出した。サージからの助言を。


『お力になれず』

『気にするな、結果オーライだ』


 紅葉は流れる様に黒天刀を納刀し、代わりに白魔刀を抜刀し構える。

 極光盾は動きを止めることこそ叶わなかったが、標的を紅葉に変更することに成功したのだ。


 標的の紅葉目掛け、大きく口を開けて接近するプラチナウルフ。紅葉は白魔刀を左後方に引き、待ち構える。


「ガルゥラァッ!」

「はあぁぁ!」


 交差する一人と一匹。

 迫る牙を身体を傾けて回避し、白魔刀を一閃する。


 まったくの抵抗なくすり抜けた白魔刀は、血糊すら付かない。

 紅葉は振り切った刀の勢いを殺さずに駆け出した。後方に着地したプラチナウルフは、着地の衝撃でズルリとその身を歪め、緩やかに二つに別れた巨躯を横たえた。


 勢いに乗ったまま、次の標的に近づき白魔刀を上段から切り下ろし、プラチナウルフの首を斬り落とした。

 断末魔すら叫ぶ暇すら与えぬ白魔刀の鋭さに、エルフ達が息を呑む。


 そして、次の標的に狙いを定めた時だった。

 ソイツは己の存在を知らしめるように振るえ、絶叫する。


『ギャハハハハハハ!俺様あぁぁぁ、起・床!!』


 頭が割れんばかりのかん高い声に、戦闘中にも関わらず足が止まる。


『血が!肉が!沸き踊るうぅぅぅ!!』


 白魔刀こと白が、心の丈をぶちまける。

 その大音量に紅葉は顔を顰める。


『…おい』

『ギャハハハハハハ!さぁさぁさぁ!戦いがよんでるぜ、あるじいぃぃぃ!!』

『おい』

『斬る!刺す!抉る!どれでもえら───』


 ───ガン!…ガンガン、ガン!


 紅葉は余りの煩さに、近くの岩に白魔刀を叩きつけた。

 その奇行にエルフ達が戦慄するが、今の紅葉には関係ない。


『聞けよ』

『おはよおぉぉぉぉごさいまあぇぁぁぁすっ!』


 ──ガツン


『聞けって』

『何だよ主?』

『何で今まで喋らなかった?』

『あ?寝てたから』


 そのままずっと寝ていれば良かったのに。

 紅葉は白魔刀を眺め、そのハイテンションぶりに辟易していた。


『つれねぇなあぁぁ。主よぉ』


 思考を呼んで白魔刀が答える。

 紅葉は手に持つ刀を、今すぐにかなぐり捨てたい衝動を何とか抑える。


『あるじいぃぃぃ!前方敵影2っ!』


 紅葉の思考を遮り、白魔刀が叫ぶ。

 考えるのは後だ。先に敵を蹴散らす。


「くそっ!」


 悪態を付きつつ、しっかりと敵を見据える。そこで白魔刀が、カタリと己を震わせる。


『主っ!闇衣(ダークネス・クロス)を進言ぇぇぇん!』


 白魔刀からイメージが捩じ込まれる。

 ムカつくが理に叶った精霊魔法の提案に、紅葉は直ぐ様行動に移した。


闇衣!(ダークネス・クロス)


 刀の鍔から深淵から涌き出た様な靄が溢れ、紅葉の体に纏わりつく。

 精霊力による身体強化を越える力が、全身を包む。


 迫る2匹のプラチナウルフの間を、紅葉が一瞬で駆け抜けた。

 勢いが付きすぎ、プラチナウルフからだいぶ離れた後方で紅葉は停止する。

 プラチナウルフは何が起きたか分からず、そのまま走り抜けて行き…その半ばで、骸に変わった。


『ヒャハアァアァァァァァ!!』


 白魔刀の叫び声が癪に触るが、止めることは無理だと紅葉はここで既に諦めていた。


 ざっと見渡し残るは3匹。エルフも頑張って要るようだ。既に1匹は時間の問題だ。


 手近なプラチナウルフに狙い決め、腰を落として構える。


『あるじいぃぃぃ!ここから俺様を振るってみなあぁぁ!!』


 駆け出す間際に叫ばれた所為で、危なく転びそうになった。只でさえ慣れぬ精霊魔法で身体を強化しているので、あわや人間ロケット寸前だった。


『…ここから振ればいいのか?』

『的に向かって全力でなあぁぁぁぁ!』


 紅葉の剣呑な物言いにも全く堪えるようすのない白魔刀。

 白魔刀に対する苛立ちも付加し、全力で上段から振り抜いた。勢い余って地面を叩いたのは、わざとではない筈だ。


 振り下ろされた白魔刀は空を斬り裂き、空間を割る。

 それは精霊魔法ではない。ただ単純に強化された身体で、とてつもない斬れ味の刀が振られただけだ。

 その斬撃は振るわれた速さを推進力に、地を疾る斬撃と化した。

 斬撃は交戦するエルフの間をすり抜けプラチナウルフに到達するも、その勢いは止まることを知らず、後方の木々を薙ぎ倒して行った。


 その光景に、白魔刀の指示に従ったことを紅葉は後悔した。

 あれがもし間違ってエルフに当たってしまっていたら…

 うすら寒い想像が紅葉の脳裏を霞める。


 ちょうど最後の1匹も仕留められたのか、辺りが静かになった。

 さわさわと頭上の青葉が擦れる音が耳を打つ。皆が状況を理解し、噛みしめる。


「「「うおおぉぉぉぉぉ!!」」」


 勝利の雄叫びが森に鳴り響いた。

 互いに勝利を喜び、肩を叩き合い、乗り切ったことを称え会う。喜ばしいことにあれだけの激戦だったが、重症者は出たもののエルフ側に死者は出ていなかった。

 いつのまにか紅葉も揉みくちゃにされ、その働きを認められていた。




 怪我人を運ぶためにエルフ達が移動を開始する中、紅葉は一人プラチナウルフを見詰めていた。


 その背中をルシアが見付け、ゆっくりと歩み寄る。

 ルシアも所々負傷しているが、深い傷は見当たらない。精霊魔法が効かずとも速さをいかした戦法で、プラチナウルフを翻弄し続けた結果だ。


 紅葉の後ろまでやって来たルシアは、紅葉にどう声をかけるか迷っていた。

 その背中が震えていたのだ。

 初めて生き物を殺したのだろうか。

 ルシアも初めての殺生時は、数日間うまく寝付けない経験をしたことを思い出した。


 紅葉の肩越しで手を伸ばしては退き、伸ばしては退きを繰り返す。

 意を決し、肩に手が触れそうになった瞬間に紅葉から声を掛けられ、ルシアの肩がびくりとはね上がる。


「なぁ、ルシア」

「な、なんだ?」


 上擦りながらも、ルシアは平静を装い返答した。

 紅葉はプラチナウルフの前でしゃがみこみ、その手を伸ばして真摯に訊ねた。





「プラチナウルフって、食べれるのか?」




 紅葉はプラチナウルフを真剣に吟味しながら、ルシアの返答を待った。

 だが、待てども返ってこない返事。

 不思議に思い紅葉は後ろを振り返った。

 赤い顔でプルプルと震えるルシアと目があった。

 そして、ルシアはゆっくりと右手を後ろに構え半身になる。


「あぁ、とても甘美な味だろう。私も一度しか食べたことがない。だが、その前にこれでも食らっていろおぉぉぉぉ!!」


 ──スパアァァァァァン!


 ルシアの拳が唸りを上げて、紅葉の頬を打ち据えた。


「ごはぁっ!?」


 紅葉はそのまま森の奥へと吸い込まれていった。

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