17.これは妖精ですか?いいえオッサンです
音がピタリとやんで一拍、続いてドスドス音を立てて近付いて来た。
「そっんな大声ださんでも、聞こえとるわあぁぁ!」
声を荒げ、椅子の奥から飛び出て来たワイルドに髭を生やしたオッサンドワーフ。ただこのドワーフ、ここに来るまでに見掛けたドワーフよりも体格が良い。紅葉の目測ではあるが、身長は余り他と変わらないのに腕や腰回りなどは1.5割り増しではなかろうか。
そんな小さなごついオッサンが飛び出て来のだ。大声を上げながら。
「……おおぅ」
紅葉はそんなドワーフを見て普通に引いた、内面的にも物理的にも。
「久しぶりじゃのぉ」
そんなドワーフへ、グインは表情も変えずいつも通り平然と挨拶をする。
「何が久しぶりじゃのぉ、だ。昨日も来ただろうに」
「そうじゃったそうじゃった」
「……で、コイツがそうか?」
片眉を上げ、ドワーフは紅葉を横目に見据える。
「そう、モミジと言う」
「………………」
腕を組、正面から頭の先から足の先まで紅葉をしげしげと観察する。
そして一言。
「………カカボじゃねぇか」
この時、紅葉は意味は分からなかったがバカにされていることだけは理解できた。
あとでルシアに聞いたところ、カカボとは通気性のよい薄暗い場所で水を与えるとよく育つ…所謂モヤシだった。
「……………」
取り合えずその時は意味が分からなかったので、紅葉は黙っていたのだが。それが癪に触ったらしく。
「はんっ!サージ様に言われたからって準備してたが、気が変わった!コイツに渡すモノはねぇ!」
「ふむ」
ドワーフの物言いに、困った顔になるグイン。
グインが思案していると、痺れを切らしたドワーフが暴挙に出た。
「ほれ、グイン。とっとと連れかえ…れっ!」
言い切るなり、そのゴツゴツとした拳を紅葉に向け振るった。
「うおっ!?」
向かってきた拳を、咄嗟に避けたまでは良かった。
初対面の相手に殴りかかってくるとか…紅葉のこのドワーフに対する印象は最悪だった。
だが、そこで気を抜いたのが悪かった。
意地になったドワーフのまさかの追撃。しかも意地になっただけに、渾身の一撃だ。
壁際まで吹き飛ばされた紅葉を見て、ドワーフは踵を返した。
「ふん!カギはお眠みたいだぞグイン。とっとと連れ帰っなだっ!?」
奥へと引き返そうとしたドワーフの後頭部に衝撃が走る。振り返るドワーフが見たものは、拳を振りきった紅葉だった。
「痛ってぇな…何すんだ爺」
殴られたことを自覚し、後頭部をさするドワーフ。
「…やってくれるな、くそガキィ」
こうして殴り、殴られのインファイトが勃発した。
互いに引かぬ故、止める者が居ないとなれば、必然と熾烈な闘いを繰り広げることに。
居たはずの第三者、グインはと言うと。
「じゃ、儂もう帰るから。あとは二人でよろしくの」
早々に離脱を計っていた。
闘いは長期に及んだ。タフなドワーフに、ルシアによってこの世界に来る前より更に打たれ強さが格段に増している紅葉。
「おら、くそ爺!とっとと、くたばれや!」
そう言って紅葉は右拳を放つ。
「黙れ、くそガキ!お前のパンチなんぞ、痛くもないわっ!」
そう言って小さな髭面のオッサンも右拳を繰り出す。
「「ごふっ」」
お互いに相手の頬を、鈍い音を立てながら豪快に殴打する。よろよろと二人は後退し、口元を拭い笑う。
「ぺっ…効かんな、爺」
「がーぺっ…何かしたか?」
切れた口内の血を吐き出し、睨み合う。
殴っては殴られ、殴っては殴られと、二人とも相手の拳から逃げずにいる。
「…爺は早寝が基本だろぉが」
「ほざけ…ガキも眠そうだな…足がふらふらじゃねぇか」
蓄積されたダメージは互いに濃厚。腫れた顔も、この闘いの過酷さを物語っている。
フラつく足元とブレる視界に二人は悟った。
次の一撃で勝負はきまる、と。
紅葉は右拳を限界まで引いた。
ドワーフは右拳を限界まで硬く握りこむ。
「くたばれじじいぃぃぃ!!」
「寝てろやガキイィィィ!!」
残る有らん限りの力を乗せて放った拳を、相手より先に届かせる。
交差する拳。
そしてこれまでで一際大きい打撃音が、二人だけの広間に残響を残した。
動くものが居ない広間の静寂、そこにドサリと2つの音がなった。
▼
紅葉は不快な痛みで目を覚ました。
「ぃつつつ…」
身体を起こせば、節々に痛みが走る。特に酷いのは、痛さを通り越して熱いと感じる顔であろう。腫れる瞼で視界はいつもより狭い。
少しボーッとする頭で状況を確認していると、隣から声が掛かる。
「おぅ…起きたかモミジ」
そこには胡座をかいて座るドワーフがいた。その顔も酷い事になっている。
「…あぁ、じ…オッサン」
ドワーフのボコボコの顔を見て、思い出した。
引き分けか、と。
足元が崩れるような感覚と薄れ行く意識の中、ドワーフが倒れて行くのを思い出したのだ。
「…ソイルだ。ウルカヌス・ソイル、俺の名だ」
傷だらけの顔で、漢臭い笑みを浮かべる。
「効いたぜ、おめぇの拳」
「ソイルのもな」
紅葉も痛む頬を擦りながら笑った。
そして、示し合わせたかのように互いに拳を付き合わせた。
ただ紅葉の心の片隅、そこに僅かに残っていた理性はこう囁いた。
何故こうなった。
これがドワーフ式の友好の取り方なのかと紅葉が勘ぐっていると、隣のソイルが突然声を張り上げた。
「アルコッ!あれ持ってこい!」
「へいっ!」
ソイルの声に、透かさず大きな返事が奥から返ってきた。
間をおかずに奥からドワーフが駆けてくる。一瞬、紅葉とソイルの顔を見て、ぎょっとするも直ぐに取り繕った。
「持ってきやした!」
手に持っていた物をソイルへと渡すと、直ぐに戻っていく。一度振り返り、紅葉の顔を見るも何も言わずに奥へと消えた。
「ほれ」
ソイルに投げ渡された物を危なげなく掴みとる。受け取ったのは、ソフトボールほどの無色の透明な石だった。
「で、ソイル。これは?」
紅葉は石を掲げて覗き込む。
「そいつぁ、精霊結晶だ。しかも特級のな!」
ソイルが自慢気に言うも、紅葉にはピンとこない。
「ふーん…それで?」
紅葉の反応に、これだから素人はと愚痴をこぼしつつ紅葉を怪訝な顔で見る。
「…モミジ、ここに何しに来たんだ。精霊武器作りにきたんだろうが?それは、その大本の素材だ」
「…そう言えば、そうだった」
「忘れんなよ!まぁいい…で、その精霊結晶なんだが。それに自分の精霊力を込める。それを金属等に混ぜ込んで自分の精霊力、鍵に適応する武器を作るって訳だ」
「なら、精霊力を突っ込めばいいんだな?」
「おう!特級だからな、有りったけの精霊力注いでもびくともしねぇ!」
力説するソイルは何故か自慢気だ。
紅葉は鍵を出して精霊回路を解錠し、精霊結晶に鍵をあてがった。
「送るぞ?」
「気張れよ!」
「はあぁぁああぁぁぁぁぁ!!」
ソイルの声に答え、全てを送り込む勢いで鍵に精霊力を注ぎ込む。
精霊結晶が徐々に光を帯びていく。
送る分たけ光はどんどん増して行き、ラストスパートと紅葉が精霊力を込めようと力むが、それをソイルが慌てて止めて精霊結晶を奪い取った。
「ま、待て待てえぇ!…お前ぇ、どんたけの精霊力量してやがんだ!?」
「…この前までチョロ男だったらしいぞ」
「…サージ様か。それにしても危なかった。特級の精霊結晶が用量オーバーとか、聞いたことねぇぞ!がははは」
何故かソイルがサージだと見抜き、顔に一瞬陰りが差すも、直ぐに持ち直し豪快に笑う。
「まぁ何にせよ、これで精霊武器が作れる。どんな武器にする?」
「そーだな…刃物だな。形は任せる」
「また、大雑把にめ程があるだろぉが!…まぁいい、ビックリするようなヤツつくってやらぁ!」
ソイルが力強く立ち上がった。
「2日後だ。2日後に取りに来い!」
「あぁ、頼んだ」
紅葉が頷くのを見ると、その顔はまさに職人へと変わっていた。
精霊結晶を握りしめ、ソイルは奥の間へと入って行った。
紅葉はそれを見送ると、転移扉の有るところへと…道すがら正しい方向を聞きまくり、エルフの里へと帰っていった。
帰るなりボコボコのままだった顔をサージが笑い。紅葉は火の精霊魔法をぶっぱなしたのだった。