13.ルシア家訪問
ルシアが姿を見せなくなり数日。紅葉は変わりなく広場に訪れていた。
「うはははは!今日こそ灰になれサージ!豪火炎!」
紅葉の雄叫びと共に、サージを巨大な炎が包み込む。
轟々と燃え盛る火を見て、紅葉はご満悦だった。
ルシアと戦闘後の翌日に、遅蒔きながらその事実に気付いた。溢れんばかりの精霊力にはしゃぎ回った紅葉は、こぞって大技を繰り広げた。
その様子をサージが冷めた態度でいるのは変わらないのだが。
『………………』
燃え盛る炎が鎮火するも、やはりサージには煤けた所さえ見あたらない。
「あーくそ、やっぱしまだダメか!」
『………………』
悔しがる紅葉は、次の精霊魔法を思案する。
左右に体を振りうんうん唸っていると、サージが口を開いた。
『そんなに気になるなら、会いに行けば良いだろ』
その言葉に、紅葉はピタリと動きを止めた。開かれた瞳は、盛大に泳いでいる。
「べ、別に気になんかなってないしー」
図星をつかれて焦ったのだろう、何を思ったかその場で意味もなく屈伸運動を始めた。
そんなことでサージからの追求の手を逃れられる筈もなく、次の一言でまたもや紅葉は停止する。
『なら、そのバスケットに1つだけ残している物はなんだ』
「………あ、あれだ、あれ。運動後に食べるヤツだ」
『ヘェー、ホー、フーン』
「く、棒読み過ぎるだろ」
憎々しげに睨み付けるも、たいした効果は得られない。
紅葉曰く、同じ釜の飯ならぬ飯で世界平和は保たれる。何か腹に入れば機嫌向上、仲良くなれる。飯をくれる人は基本いい人。腹が膨れれば、空腹が収まりついでに怒りも収まる。
これが紅葉である。他者に通用するかは別なのだが、自分がそうだから他も同じだろうと言う考えだ。
『何とも、浅はかだな』
「何がだよ!?」
『いや、こちらの話だ』
紅葉の考えなどほとんどお見通しなサージは、どうしたものかと考える。
今回の件は、両者共に引けないことだろう。だが、このままではサージ的にも面白くない。それに、気を紛らわせる為だけに一々絡んでくる紅葉も鬱陶しいのだ。
そこで、ふと紅葉が勘違いしているであろう事柄で揺さぶる事にした。
『しかし、このままで良いのか?』
とうとつに切り出された話しに、怪訝な顔をしつつも紅葉は答えた。
「いや、よくはないけど俺は悪くないからな」
『ルシア…泣いていたな』
「う、俺だって泣きたかったは。グロリアの為に」
『あんな小さい子を…更に女の子だし』
「くっ、だ、男女差別反対!」
状況はサージ押しの紅葉劣勢。苦し紛れに言い返すも…
『小さい子を…』
悲壮感を追加して、もう一度繰り返すサージ。
紅葉もそこが刺となり、あの日の事を消化出来ずにいた。男と女…こと戦いにおいては子供や大人も関係ないと考えている紅葉だが、今は意地の張り合いなのだ。年長者として、今の己の行動は正しいのかと。
「………ああぁぁぁぁもうっ!行く!行けば良いんだろ!!」
『そうだ、最初からそう言え』
完璧なサージによる誘導なのだが、紅葉は全く気付いていない。
そして、サージは餌を与えることも忘れない。
『ルシアが戻ってくれば、お前も精霊武器を作って貰いに行け。そうすれば、これまでより更に身が入るだろう』
「マジか!?ルシアが最後の方に使ってた、緑っぽいナイフだよな!っしゃ~!ちょっと行ってくる!」
言うや否や、紅葉は里の方角へと精霊力をまで使って走りでした。
『まったく、アイツは…』
呆れると共に、苦笑いでサージはそうこぼした。
すぐに紅葉が帰ってきて、ルシアの住居を聞いたのは言うまでもない。
▼
「ここか…」
バスケット片手に紅葉が見上げる。
そこは里から少し離れた森の片隅。木造2階建ての一軒家がひっそりと佇んでいた。
里周辺を警備するため、このような立地に建てられた家には、今はルシアしかいない。いや、5年前からルシアしか住んでいなかった。
「誰か居ませんか~」
そんなことは知らない紅葉は、ドアを叩き応答を待つ。応答どころが物音すらしない事に、首を傾げる。
「居るって言ってたのにな…出かけたか?」
サージがこの時間なら、哨戒には出ていないと言っていた。
入れ違ってしまったかと、今日は諦めて帰ろうと踵を返しかけた時だった。カタッ…と、2階部分から微かに物音が聞こえた。外れに建っているため、その音が聞こえたのは幸いだった。
「誰か居るじゃん。あーけーてーくーれー」
日本でならば、確実に通報レベルの呼び掛けにも声は帰ってこなかった。
しばし、佇んで考える紅葉。
「こんだけして出てこないなら、ルシアで確定だな」
当たっているだけに、この確かめ方を否定はしづらい。
回りに誰も居ないことを良いことに、ここから紅葉は延々とルシアを呼び続ける。
「なぁールシア~。話しがあるんだけど~………………おーい、居るんだろぉ~」
これを続けること約10分。ついにルシアが折れた。
「ルシア~あけ──」
「うるさい!私は話しなどない!とっとと帰れ!」
窓から顔だけを出して、早口に捲し立てる。ルシアからの反応に喜ぶも、窓は直ぐ様閉められた。
「ちょっとだけでいいから開けてくれ」
「帰れ!」
「いや、ちょっとでいいから」
尚も言い募る紅葉に、キレたらルシアがまたも窓を開け怒鳴る。
「だから私は話などっ!?」
「はい、こんちわ。んで、おじゃましまーす」
ルシアが窓を開けるタイミングを見計らい、飛び込んだ紅葉。驚いたルシアが身を引いたので、窓とルシアとの隙間に滑り込んだ。
ぐるりと床を一回転し停止する。さて、話しをとルシアの方へと振り向くと、ベットの上に布団の餅が出来上がっていた。
「…あー、ルシア?」
「…………………」
予想通り返事は返ってこなかった。
どうしたものかと、部屋を見渡す。この部屋はルシアの部屋なのだろう。所々に置かれている物が、可愛さを兼ね備えている。
だが、紅葉の知っている女の子の部屋に比べると良く言えば清潔。悪く言えば、殺風景だった。じいちゃんことグインの部屋は、がらくたで溢れているのを紅葉は見たことがあるので、エルフの里に物が少ないと言うわけではないだろう。
どうしようかと悩んでいると、以外にも餅の方から声を掛けてきた。
「………笑いに来たのだろう」
少しくぐもった声には、微かに湿り気を帯びていた。
「いや、話しをしに来ただけだ」
「私には…話すことはない」
一貫して頑ななルシアを前に、紅葉は年上の義務を果たそうと意を決した。
「あの日は悪かった」
頭を掻きながら、多少ぶっきらぼうではあったが心は込めた。布団で出来た餅を見詰めながら返答を待った。
しばし、沈黙が続いた。
「…謝ることはない」
そう、ポツリと呟いた。
「弱い私が、貴様に敗けた。ただそれだけだ。だから、貴様が謝る必要はない」
「じゃあ、なんでサージの所に来ないんだ?」
紅葉が聞き返すもまた暫く沈黙が続く。
次第に鼻をすする音が聞こえだした。
「…ぐす。これは…私の問題だ。サージ様には悪いと思っている。最後まで頼まれ事を全う出来ないのは。ぐす…」
途切れる会話。微動だにしないルシアと、その傍らに佇む紅葉。泣き出した子と、それを見守る者。
この光景に、紅葉は既視感を覚えた。
「あぁ…」
ルシアには届かなかったであろう呟き。聞こえていれば面倒だが、幸い反応はない。
紅葉はゆっくりとベットに近づき、腰を下ろした。
そして、優しくゆっくりと問うた。
「で、その問題って?」