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六喰の鍵師  作者: 長月 こたつ
エルフの里編
12/63

12.激昂

 ペタン、ペタン…ゆっくりとパンツ一丁の男が顔を伏せたまま歩み寄る。


 その異様さに、ルシアの頬を汗が流れる。パン一の男が近寄って来るからなのか、その場の張り詰めた空気からなのかはルシアにもわからない。

 だが、確実に今の紅葉はいつもと違った。


「……!?精霊回路解錠!遮れ、風壁!」


 咄嗟の判断だった。

 ぼそりと呟くと同時に振るわれた鍵から、水球が飛び出した。それを微かに聞き取ったルシアが、反射的に精霊魔法を放ったのだ。


 “パァン”


 紅葉とルシアを隔てる風による壁にぶち当たり、水球が弾けた。タイミングはギリギリだった。

 ルシアが安堵したのも束の間。


「火弾」


 ルシアを目指し、無数の火の弾丸が飛来する。大きさこそ野球ボール程度だが数が多く、前方に張った風壁が火の弾幕により塞がれた。


「く…やってくれる!」


 いつもは自分から仕掛けていた。しかも、今は完全に押されている。ルシアから冷静さを失わさせるのには十分だった。

 弾幕が止んだので、風壁を勢いよく霧散させることで一気に弾き飛ばした。


「今度は此方かはっ!?」


 視界が開けた先に鍵を向けた瞬間に、横合いから強打の一撃。身体の軽いルシアは、その威力に吹き飛ばされる。だがそこはルシア、飛ばされながらも体を捻りキレイに着地する。


「けほっけほっ」


 不意をついた紅葉の掌底は、ルシアから強制的に空気を吐き出させた。呼吸しづらいルシアは、涙目で紅葉を睨む。


 視線があった。


 紅葉もルシアを見ていた。怒りを伴ったその瞳で、大きく叫んだ。


「グロリアさん謝れ!!」











「え?」


 理解が追い付かないルシアにもう一度。


「グロリアさんに謝れ!!」

「……へ?」


 首を傾げるルシア。紅葉がそこまで怒っている理由が、ルシアには理解出来ていなかった。


「だあぁぁぁぁ!」


 理解していないルシアに、更に怒る紅葉はその場で地団駄を踏む。

 繰り返される力任せの足踏みに、地面が悲鳴を上げる。紅葉を中心にひび割れ、捲れていく地面。激昂の感情により、制御を失った精霊力が漏れ出る。

 その時、紅葉の体内で異変が起こった。


 どちらの表現も適切であり、適切ではない。精霊力が体内を巡る感覚は、とても表現しづらい。しかし、敢えて表現するならば、

 “ポンッ…………………スゥー”

 詰まっていた何かが取れた、絡まっていた糸が解けた。そんな感覚だった。

 それは、ほんの些細な感覚。故に怒れる紅葉には、気にする余地もなかった。


 しかし、変化は激的だった。漏れ出る精霊力の量が徐々に上がっていた。その量は、エルフのルシアの一般常識を遥かに越えていく。

 当然ルシアは焦った。しかし、ルシアは引かなかった。紅葉等に…人間(・ ・ )等に負けられない、負けたくなかった。


 今だ一人で暴れている紅葉を横目に、何もない空間に鍵を向け唱える。


「ボックス」


 そして、手首を捻る。

 すると、何もなかった空間に鍵を中心に黒い穴が広がる。その中に手を差し入れ掴み、引き抜いた。手には翠緑玉(エメラルド)色のナイフが握られていた。

 緑花風月、それがそのナイフの名前だった。


 刃と柄のすべてが翠緑玉色。刃側には美麗な装飾が施されている。

 緑花風月は精霊武器(エレメント・アルマ)と総称される武器である。精霊武器は使用されている鉱石の性質上、精霊力との親和性が非常に高い。親和性だけならば、他にも似たような武器はある。しかし、鍵師と言われる者達は、こぞって精霊武器をその手に取る。

 その理由は、鍵との結合が可能だからだ。


 ルシアは緑花風月の柄頭に鍵をあてがった。


調和結合(アルモニア)


 鍵に力を入れると、抵抗なく鍵が沈んで行く。

 これにより、緑花風月を精霊魔法の媒介に使用出来るようになる。


 身体に精霊力を纏い身体能力を向上させると、ルシアは駆けた。

 瞬く間に紅葉との距離を積め、背後に回り込み左後ろからの一閃。


 “ガキン”


 緑花風月による一閃は不意を突いたにも関わらず、紅葉の鍵により受け止められた。


「っ!?」


 受け止められるとは、ましてや鍵でなどでと驚き、ルシアは一旦後退を選択する。


 退くルシアに声がかかる。


「やっぱりお前、反省してないな!」


 紅葉の怒りの叫びが広場に響き、草木を震わせた。

 体勢を立て直したルシアが、攻撃に転じようとした時には紅葉の姿が消えた。

 ルシアが気付いた時には、紅葉は既に真横にいた。

 緑花風月を首筋(・ ・ )目掛け振りかざすがまたも鍵で受け止められ、今度は力任せに弾かれ体勢を崩した。


「水球!」


 精霊力が渦をなし、うねり集まり出来上がった水球。今までの水球に比べ、その質や大きさは桁違いだった。


「遮れ、風壁!」


 くずれた体勢の中、緑花風月に精霊力を送り何とか張った防衛策。しかし、勢いを殺しきれずに着弾した威力がルシアを襲った。至近距離で放たれた高密度の水球は、石のように硬く、巨大なハンマーで殴られた如くルシアを軽々と飛ばした。


「がはっ!」


 受け身も取れず、地を転がるルシアに更なる追撃を掛けるべく紅葉が動く。


「火だ──」

『二人とも、そこまでにしておけ!』


 初めてだっただろう。紅葉がサージのあんな大きな声を聞いたのは。そのお陰か、冷静さを少し取り戻した紅葉は上げていた腕を降ろした。


『ルシア、私は止めろと言った』

「…っ………すいません」


 サージの警告があったにも関わらず、動きだそうとしたルシア。

 二度目で俯き動きを止めたが、手に持つ緑花風月がカタカタと震えている。


『モミジ、食べ物の事となると見境がなくなり過ぎる』

「…ちっ、悪かった」

『ルシア、最後の一太刀…本気だったな』

「…………」


 何も答えず、微動だにしないルシア。サージはその様子に嘆息すると、きり出した。


『今日は帰りなさい』


 短く、そして端的な言葉を聞くや否やルシアは森へ向かい駆け出した。その頬には滴が伝っていた。

 その様子をパンツ一丁の紅葉が、呆然と見送る。


「…泣いてたぞ」

『そうだな』

「…やーい、いじめっ子」

『お前がな』

「いや、泣かしたのサー」

『お前だな』

「……………」


 二人のやり取り、声にはいつもの元気はない。


『知り合いだから無意識でも、手加減していたのは分かる。だが、やりすぎなのは確かだ』


 棘のない、普段通りの口調でサージは言い含める。頭をがしがしと掻いた紅葉はぼそりと呟いた。


「…わかってるよ」







 その日を境に、広場にルシアは姿を見せなくなった。

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