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ルームシェアwith小人さん

作者: 柚木あずさ

この作品は『方言企画』参加作品です。

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 今朝は目覚まし鳴る前に目ぇ覚めて、ジュース買うたら釣銭多く出てきてもうけ。筆箱わっけて取りに戻ったら講義連絡に気づけたし、帰り道では信号に引っ掛からんですんだ。

 今日はなんかツイとるやん。これはもう1つくらいええことが起きるな。根拠はないけど乙女の勘じゃ!

 そんなことを考えながら鍵を差し込む。うちの部屋の鍵は具合が悪いのかなぜか固い。ちゃんと合った鍵のはずなのになかなか開からん……って、お、今日はちゃんと開いた! やっぱツイてんな自分。

 何かと幸運続きの1日。きっと今日の牡牛座は健康運、恋愛運、金銭運オール5のダントツ1位のラッキー星座。占いなんか信じてないけど、星が全部ついてるんは見たかったな。

「ただいまぁ」

 と言えども返ってくる言葉はなし。自由気ままなんは一人暮らしの利点やけど、こういうとき寂しいよな……。おっと鍵閉めんと。いちいち戸じまりに気ぃ配るんも一人暮らしの難点か。


 今日は拾いもの運も星5やったんやろね。

 それはベランダにあった。確かにうちは1階で、ベランダなんか外から楽に入り込めるし、何か捨てようと思えば捨てれるよ。しかし、実行する人間はめったにおらんやろ普通。

 そこにあったんは精巧な作りのフィギュア。フランス人形とかやなくて女の子向けのおもちゃって感じの。ビラビラの服やなくて、ハンカチで作りました的なみすぼらしい服着とるんが気にかかるんやけど。

 それにしても高いんちゃうやろか、これ。ホンマよう出来とる。髪の毛ぇとかつやつやと綺麗やし、人毛でも植えてんのかね。顔も細かいところまでこだわってるんやろ、つんと伸びた小さな鼻先とか、薄く開かれた口とか、緩やかな丘を描くまぶたとか、なかなかリアルやん。そして美人さんだ。これが職人技ってやつなんやろか。よう見てみると眉も1本1本生えてるみたいやしさ、うっわ睫毛まであるやん! ……はあ、最近の人形はホンマよう出来とんのな。すごいっつーか、ここまでくると気色悪。次元がいろいろとちゃうな。

 とりあえずなっとしょう。警察届けるんはめんどいやん。ゴミとしてほってしまうんも呪われそうで気持ち悪いし、見慣れんもんいろうんも抵抗あるし――まぁ、うだうだ考えても埒あかんか。危険はないやろし、綺麗にしてみて、話はそれからにしよ。

 私は猫の子みたいにそっと触れて、慌てて手ぇ引っ込めた。なんか変な感じする。昔持っとった人形とちゃってなんかやらかいし気のせいか暖かかった。恐る恐る持ち上げてみる。

「……ありえん」

 その人形は私の手の中でかすかに、だけど胸を上下させてる。確かな温もりが伝わってくるし、ちびっちゃい口はもぞもぞと動きよる――マジでか。最近の技術はすごいんやなぁ、生きとるみたいやん、わぁすごい! ……んなわけあるかい。ちゃんと成長せんかったりする病気があるゆうけど、でも人間ってここまで小さくなれるんか? 赤ん坊でももうちょいでかいやん。人間ではないわな、常識的に考えて……って、人間やなかったら何になるんよ、これぇ!

 一人あたふたしているとソレは細い腕を振り上げて、なにやら音を立てる。……音、っていうか声? まじで? しゃべるか、こやつ!

 ソレをとりあえずベッドの上に乗せ、ゆっくりと深呼吸。落ち着きぃ自分。


前略おかん殿

 家を離れてずいぶんとあいなりますが、大学生活にも慣れ、いつも元気であります。さて、先日(っていうか今)人形を拾いましてございます。その人形は動いてしゃべってどうやら生きているように思いつかまつります。

 帰省するそのときまでよろしくお待ちくだ候。かしこ


 いやいやいや、現実から目をそらしちゃいかんよ私。

 そうだ、もう1回確かめよう。ゆっくり息を吐き出して、ソレを見る。思わず正座。ベランダにあったときと同じく人形のようにしか見えん。いや、でも動いたしな。指伸ばすと、ソレは払いのけるかのように寝返りをうった。

 ――動きましたよ、触ってないのに。確かに動いた。これって人形やないよな? ロボットでもなさそうやん? 人間って……マジありえんし。

 ソレはゆっくりとまぶたを上げると、上半身を起こし辺りをしきりに見回した。ばちりと目が合うやいなや、甲高い声でさえずる。

「……人間?」

 しばらくは心の整理がつくまで見つめ合っとった。人形(?)と人間がひとつのベッドの上で正座をして見合ってるって、さぞかし愉快な光景やったろな。そんでもって、ひとつひとつ言葉を交わして、ゆっくりとお互いの状況を整理していった。

 どうもうちらは似た者同士らしく目立ってパニくることもなかった。似た者同士ってことは、心中では踊り喰いの犠牲になった魚並に慌ててたんやろな、と想像つくわ。

 この生き物は、自分は小人だ、と言いよった。納得せざるを得んけど。普段はこの子らの世界におって、人間の世界に来る時は姿をくらます方法を使っとるそうだ。が、勘のいい猫――人間でゆうとこの霊能力者みたいな猫やったらしい――に睨まれ、追い駆けまわされとるうちに力を使い果たしたとか。御苦労さんなこって。

「助けてくれてありがとうございます。それじゃ」

「ちょ、待ちな」

「私たちみたいの、迷惑でしょ」

 小人からしてみればかなりの高さがあるベッドのへりから、ひらり、と飛び降りると、すたすた歩いて行く。へぇ、度胸あるやん……やなくて。

「いや、その、力とやらが戻るまでうちにおったら? このへん猫多いし、また追っかけられんとも限らんやん」

 この子、なんか危なっかしいし、どこぞで食われたりなんかしたら夢見悪いし。

「な。小人さん」

「……ナズナ。小人さん、じゃない」

「私、檀涼香。好きに呼んでぇな」


 ナズナは初めこそおとなしかったんやけど、慣れてみるとこれがかなりおっちゃくい。3日を過ぎた頃にはそのへんちょろちょろ動き回って、おかげで何度踏みつけそうになったか。それでもま、小人圧死未遂事件を何度か繰り返して一応の学習はしたんか、できるだけ高い場所、机の上とかにいるよう心がけてるらしいわ。

 驚いたのは身体能力の高さ。自分の身長の3倍くらいなら軽々飛びあがるし、自分の体重の十倍くらいのもんなら持てる様子。パワフルやん。あっちこっち探検するんはいいとして、散らけるんはどうもならんな。いきなり子持ちの気分? ぶっちゃけえらいんですけど。

 食事は少し悩んだけど、人間と同じ雑食で、好き嫌いも特になかった。それで体格に見合った量しか食べんから私のご飯のおすそ分けですむのには助かる。口にしたことのないもんはそこそこあるらしく、飲んだことない、言うコーヒーを飲ませてみると、熱さにむせはしたけどお気に召した様子。朝はティースプーンですくって、なかなか豪快に飲む。1杯目はブラックがお好みらしい。残りは私が飲むわけで、ちなみに砂糖とクリームは入れる派。とごるからと念入りにかき混ぜとると横からスプーン奪い取って2杯目を飲む。ちゃんと混ぜずに飲もうとするんは理解しがたい。

 そんでもって日なたぼっこも好きらしい。私が大学に行っている間は何をしているんか知らんけど、基本的に寝ているらしい。朝出てくときも、昼あたりに帰ってきた時も、夕方も、いつも、お世辞にも日当たりが良いとは言えやんうちんちで、日光のさす場所見っけては猫のように丸まって横になっとる。

「いい加減日焼けするよ?」

「いーの。こうしてると早く回復するから」

「ああ、力か。帰るんにも必要やっけ」

「自力で帰る分にはね。リョウカは早く回復してほしい?」

「……何にもしてくんないからね、この居候は。炊事洗濯くらい良くない?」

 せっかくうちおんのに宅配のひとつも受け取らんのはなんとなくムカつく。まぁ無理な話やろけど。あ、そういや洗濯すんのわっけてた。今から洗ったんじゃ間に合わんしなぁ……。本当、干してくれたら助かんのにさ。少しはやってみろ、と額を小突いてやる。

「どう考えても無理ですよ〜だ」

 ナズナはペットボトルのフタに注いでおいたスポーツドリンクを飲み干す。あいかわらずの飲みっぷりやな。そしてまた、光の輪の中で横になる。

「まぁ、こっちがどうこうしなくてもそのうち迎えが来るけど、もうすぐ大人試験があるし。蓄えるに越したことはないもん」

「試験?」

「人間もするでしょ。お正月くらいに派手な服着て」

「成人式やろ、それ」

「……今はこっちに来るのに許可がいるの。でも合格したらフリーパスって言うのかな。こっちで暮らせる」

 猫に襲われた経緯がなんとなく見えた。親御さんにしてみたら、こういう危なっかしいのを野を放つ気にはなれんわな。よう許可してくらはりました。

「ようわからんけど頑張りぃ」

「何その上から目線」

「上からも何も、だって大人ですから」

 ナズナは小さい頬を一生懸命ふくらまして、そっぽを向いてしまった。怒ったかな。こういうのもかわいらしいんよなぁ。

 っと、もう時間やん。

「んじゃあもうそろそろ出るわ。早いうちに帰ってくるから、いい子にしとりよ」

「子供じゃないっつの。いってらっしゃい」

 振り向きもせず面倒くさそうに放たれた言葉。でもこの言葉が今のところ1番好きだ。いってらっしゃい、なんて言うてくれる人おらんかったからなぁ。

 帰ってきたときには、おかえりなさい。言葉が返ってくるのはなかなかにうれしい。メイド喫茶の需要が少しわかった気がする。


 それは、ナズナが現れて15日目の昼。帰ってきた部屋はがらんとして、言葉は返って来んかった。


 最初はどこかに隠れているんやろ思った。あのちっちゃい体だ。どこへなりとも隠れられるし、外出てるんかもやし。

 せやけど結局、夜になっても帰ってこーへん。どこ行きよった。ナズナの寝床にたとまれて置いてあったメモ書きに気ぃついて、おかえり、の言葉をそっと喉の奥へ追いやった。

 おせわになりました。

 前置きも続く文章もなく、震えた不格好な字でそう書かれとる。小さい体で鉛筆かついで一生懸命書いたんやろ。わざわざ御苦労なことやな。

 ……今日がタイムリミットやったんか。どうせやったらもうちょいちゃんとしたかったわ。ごめんな。




 ナズナがどっか行って早3日。独り暮らしを始めた時には、一人やなんてすんなり慣れたもんやったけど、意外にきつかった。ホームシックにもならんかったのに、たかが半月暮らした得体の知れん生き物相手に落ち込むことがあるなんてな。あほらし。

 そんでもまあ、いきなりほったかされたら心配になるんが人っつーもんやろ。一言ゆうてやりたい。やけども、ま、許可がどうのゆうとったし、わがままきかんのやろけど……。

 ナズナが占領していた一角に目ぇやった。そこには汚い字ぃのメモ。何度見ても、おせわになりました、としか書いてない。他に書くことなかったんかいな。ベッドに寝転がって、誰に言うわけでもなく不満が口をつく。

「暇だ……っつか、静かで怖い」

 言葉は返って来やん。これが日常、普通の生活。元通りの日々。うん、きっと、もうすぐ慣れるやろ。心配ない。目を閉じて、心を落ち着ける。壁の向こうから聞こえる賑やかな声、天井を2枚ははさんで降ってくる足音、目覚まし時計の秒針、外では猫が喧嘩しとる。

 くぐもった音の中でいやにはっきり響いた音。うちのチャイムやん。そういやお母さん、何か送ってくれるゆうとったな。

 玄関開けると、そこにおったんは、うちより頭ひとつ小さな同い年くらいの女の子。つんと伸びた小さな鼻先とか、薄く開かれた口とか、人形のような、可愛い子。

 ソレは挨拶もそこそこに、破顔一笑。

「ただいま。大人試験、受かったよ」

 大人ってそういう意味なん? まんまやないの。

 ナズナの甲高い声は幾分低くなっていた。せやけどころころとした丸っこい声。私なんかよりかずっとか可愛ええわ。髪もあいかわらず綺麗で、ほんま、そのまま大きいなったんやね。

 おかえり、と久しぶりに口にした言葉はかすれて、やけどしっかり届いたと私は思う。

「リョウカ小さくなったね〜」

「そんなん、あんたが大きいなったんやろが。にしてもまぁ、えらい伸びてもて」

「だって“大人”ですから」

 ナズナはせっかくの美人顔歪ませて、不細工な笑み浮かべる。

「こっちに慣れるまででいいからさ、お世話になっていい?」


TO:お母さん

件名:同居人ができた

本文:友達が住むことになった。私は元気してるから心配せんでね

最後になりましたが、関西弁ではありません(厳密にいえば)。エセ関西弁でもありません。三重弁です。

意味の分からない言葉がありましたらご指摘ください。

※イマイチ違いが分からないとの指摘があったので方言を若干強めにしてみました。(11/15)


普段口にしている言葉ですが、こうして活字にしてみると違和感がありますね。

思っているより訛ってるということでしょうか?

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[良い点] 私自身は北国出身で、三重弁は一切知らなかったのですが、とても分かりやすく、スラスラ読むことができました。 [一言] なろうに会員登録する前に読んで、会員登録してふと思い出したので再び読みに…
[一言] おばんでーす。企画参加、有難うございます。 三重弁、関西弁とどう違うのか東北人の私には分かりません(*_*; 小人の「大人試験」が大きくなることというのにはやられました。そっちかよ!とついつ…
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