君を愛してる
家族や兄妹だと思ってる人に普通は恋愛感情を持たないよね。だって恋愛対象にしないから。だから君がぼくを兄だと思ってる限り、君の恋愛対象にぼくは入れない。そこにぼくが入らない限り、君は気づかないだろう。
ぼくが君のことを好きなことに。
ぼくと君は血の繋がりがないこと、君は知らない。君はぼくのことを本当の、ただのお兄ちゃんだと思い込んでいるのだろう。だから君は知らないんだ。なんでぼくが君に構ったり守ったりしているのか。もしかしたらただのシスコンなだけだと思われてるのかもしれないね。
違うよ。
ぼくはずっと君のことが好きなんだ。君と初めて会った時から君のことがほっとけなかったんだ。
ぼくが三歳、君は二歳。君がぼくの家にやってきた。
「この子は妹よ」
母さんに抱かれてある日突然君はやってきた。
他の兄弟もいないし、どうやって赤ちゃんがやってくるなんか知らなかったから何も疑問に思わなかった。ただいきなりやってきた妹というものにキョトンとしていた。
「いきなりだね」
「いきなりだったんだもん」
そんな会話をしたのを覚えている。
だから幼稚園の友だちが今度お兄ちゃんになるんだって得意げに言われた時、なんで未来形なのか疑問に思った。ぼくは突然お兄ちゃんになったんだから。それに赤ちゃんが生まれる前は母さんのお腹にいるって聞いた時は、可笑しいと思ったんだ。君がやってくる前、母さんはいつも通りだったから。
だからぼくは母さんに聞いたんだ。
君はぼくの妹なのかって。
「そうよ」
母さんは迷わず言い切った。だから質問を変えた。
君は母さんの子なのか、と。
「いいえ」
短いけど、ハッキリと。
「ぼくは?」
「母さんのお腹を痛めた子よ」
君とぼくは血の繋がりがないんだ。母さんは説明してくれた。
君は知らない。母さんもぼくも、それから父さんも、誰も君に話していないから。だけどぼくも知らない。君は本当は誰と誰の子なのか。
君はぼくのことどう思ってるのだろう。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
ぼくに笑いかける君の目にはぼくはどう映っているのかな。もし君が真実を知ったらぼくは恋愛対象に入れるかな。知りたいようで知るのが恐い。
君は誰と誰の子なんだろう。そんなことをまた気になりだしたのは、ぼくから俺になって大分経つ頃。成長していく君は一体誰に似ているのだろう。
「お兄ちゃーん」
相変わらず俺を兄だと信じている君は、周囲からはブラコンとからかわれているらしいね。俺はそれに喜んでいいのかどうか微妙で複雑な気持ちになる。もし君が俺のことを好きなら嬉しいけど、単にそれはブラコンという兄に対する想いなら嬉しくない。俺は君の兄であるのは形式上だけだ。
「お兄ちゃんっ」
俺が素っ気ない態度を取ってもめげずにやってくる。どういう想いで君は俺に寄ってきているんだ?
俺は一人の男である前に君の兄で、だからちゃんと兄らしく接してきたはず。自分の想いを堪えて、君を妹にして、なのに君は。そんな俺の想いを溜めてるダムを決壊させようとしているのか? もしそんなことになったらどうなるか予想もできない。君に気持ち悪いと嫌われるかもしれないと思うと我慢してしまう。
ああ、君は知らないんだ。無邪気に笑いかけてくる君は気づいてない。
そんな君がすごく愛おしい。
「今まで代わりに育ててくれてありがとう」
突然現れた人に君は連れていかれた。
母さんも止めなかった。
どうして。
父さんも黙っていた。
なんで。
君は泣きそうになって、強がって笑っていた。
「大好き」
珍しく俺を名前で呼び、そう言って抱き着いてきた。
でも、君はいなくなった。
どういうこと?
「あの子は本当のことを知っていたの」
母さんが言う。
「昔にあそこの一族の子だと教えていたんだ」
父さんが言う。
「あんたには黙ってたけど、でも血の繋がりはないとは教えていたよね」
君は知っていた。
知っていた、知っていた、知っていたんだ。
俺が、ぼくが、お兄ちゃんが、自分の兄じゃないことを。
知らなかったのは君の方じゃなかった。俺は知らなかった。俺だけが知らなかったんだ。
君は知っていたのなら、俺のことをどう見ていたんだろう。兄じゃないと知ってるのにお兄ちゃんと呼び、お兄ちゃんじゃないのにブラコンとからかわれて。
君は何を思っていた?
俺は君の何だった?
家族じゃない、兄妹じゃない。
じゃあ俺は君の。
君は気づいていたのか?
その上で最後に名前を呼んできたのか?
あれは、どういう意味だ?
君は。
俺は。
何も分からない。
君はもういない。
ただひとつ、昔と変わらずにあるものだけが。
ただひとつ、コレだけは真実で偽りにならないものが。
たとえ君がいなくてもココにある。
俺は君を愛してる。
その想いだけは本物だ。