8本目
※前回のあらすじ
タクル「断言してやる。沢浦真琴、お前は俺の生涯の親友だ(ゲス顔)!」
マコト「タクルのぁ……あんちくしょうめぇぇぇ!」
タクル:なんだよゲス顔って!? 俺、そんな顔してた?
マコト:(ツーン)
タクル:無視って……。俺、なんかした!?
アキラ:タクル。お前って残念だよ。
* * * * *
放課後。
ホームルームの終わったばかりの教室内は、部活で急ぐやつ、仲間で集まって駄弁り続けるやつ、寄り道で遊ぶ仲間を集めているやつ、様々だ。
そんな中俺は、昼間に機嫌を損ねていたマコトへビクつきつつも下校を一緒にする約束を取り付けようと話しかける。
「マコト……あのさ、今日陸上部は休みなんだろ? よかったら一緒に帰らないか。途中、寄り道とかしたりしながら」
「一緒に下校!? するする!」
よかった。アキラの言う通り、もう怒っている様子ではないようだった。
「そのー、昼の時は傷つけるようなこと言ってゴメンな」
あの時の事をぶり返すつもりではないけど、一言謝っておきたかった。
「ボクもあの時は冷静じゃなくてさ、いきなり怒って訳が分からなかったでしょ。ボクの方こそゴメン」
俺は黙って手を差し出し、マコトはその手を黙って握り返してくれる。俺とマコトの間に仲直りはそれだけで十分だった。
「そんじゃ……」
「うんっ!」
「……アキラ~。マコトのやつOKだってさ。さっそく帰ろう!」
『はぁ~あ』
アキラに振り向いた後ろの方で、誰かの溜息が聞こえた気がした。
「タクル君!」
マコト、アキラと並んで歩いていると、校門のところで思いもしなかった人物がいた。
「放課後、校門で陽子先輩と待ち合わせ……やっぱりデキているんじゃないの?」
校門で先輩が待っていたことに、やっぱり俺と先輩がカップルなんじゃないかと訝しむマコト。
どうして俺なんかが陽子先輩と!? そんな恐れ多くてある訳ないって。
心の中で否定を上げた途端に、「お前が言うな!」という声と、シクシクと泣く声がどちらも自分の声で聞こえたような気がした。
……悲しくなんて、ないやい!
そういや言い方が悪くて、全然先輩と友達になったこと伝えてなかったな。ハッキリ言っておこう。
「マコトが考えているような関係じゃないよ。ただ、友達になっただけだよ」
「あ……あ~。だいたいわかった」
何そのマコトの、嬉しいような悲しいような、それでいて安堵しているような、けど、己と同じものへ向けるのにも似た同情が入り混じった微妙な表情は。
一体なんなのだろうか。
「それにしても陽子先輩。どうしたんですか」
今日は、陽子先輩ら三年生は授業は六時限まで。一方、俺たち二年生は七時限まであった。つまり先輩は、二年生の下校時間が来るまでの間待っていたことになる。
「図書室に寄って、自習とか読書をしていたら待つのなんかスグだったから、そんな気にしなくてもいいよ」
あ、そうですか。時間を効率よく使っているようで何よりです。
俺だって、告白する為に相手の放課後を待っていたことはあったけど、その間は完全にただ突っ立っているだけだった。もしくは、皮算用で彼女が出来たらをずっと夢想したりして楽しんでいるだけだった。
「せっかく友達になったんだし、一緒に帰ろうかなって思ったのだけど駄目かな?」
ああ、そんな年上の上目使いしないでください。キュンときちゃいます。
「いいですよ俺は」
もちろん俺は即答。こういうのは大勢の方がやや楽しい。
「僕もいいかな」
「私も賛成。どうせ増えても変わらないだろうし」
俺を除いた二人も、一緒に帰る仲間が増えることに異存はないようだ。
「ありがとう! 私を仲間に入れてくれてくれて。ギューってしてあげる」
突如として視界が真っ暗に包まれ、僕は甘い匂いで満たされた。
その空間はぷにぷにでもちもちで温かくて、それでいてどこか懐かしい気分に浸れそうになるもので――。
後頭部に当たる腕の感触、側頭部に触れているぷにぷに、そして聞こえてくるトクントクンとした心臓の音。
「(ムー、ムー!)」
そしてさっきからやたらと息苦しい。
頭ではなく、感覚で理解した状況に――ムラムラしてきた。
このままでは触手に……いや、それ以前に息ができねえ! このままじゃ窒息する!
昔から、死ぬならおっぱいに抱かれて死にたいと思っていたけど違った。人はおっぱいに抱かれることによって死ぬんだ。
実体験することによってようやくその事実を知ることになろうとは。
「フー、フー」
「いやん、くすぐったい」
俺を窒息せしめようとしている本人は、その事実に気づいてない様子。そりゃそうだ、俺だっておっぱいで窒息するなんて知らなかった。
息をこれ以上逃がさまいとしようにも、無情にも興奮で息が荒くなって空気がドンドン逃げて行ってしまう。ああ意識が遠のく。
「先輩、放して下さい。これ以上はタクルが苦しがってる。息ができてない」
俺の事態をいち早く察知してくれたタクルが、俺を先輩から引き剥がそうと救いの手を伸ばしてくれる。
「わ、ゴメンなさい」
「プハッ」
久しぶりに肺に新鮮な行き届き、大きく深呼吸。直後、立眩みに襲われた。危ないところだった。
「大丈夫だった?」
「はい、なんとか」
頭が多少クラクラするが他は何ともない。
「ごめんなさい。私、スキンシップがよく強すぎるって言われていたのに、うっかり……」
「いいえ、気にしてませんよ」
むしろ先輩の豊満な乳房でパフパフを味わえるなんてご褒美でした。
「ありがとう」
そう言って先輩は、先ほどとは違って軽いハグをしてくれる。それは、マコトやアキラにも同様だった。
気づかなかったけど、随分とスキンシップの大らかな人だったんだな先輩って。
「ハグは?」
「はい?」
俺を引っ張る為に手を掴んだままだったマコトが、突然そんなことを言いだした。
「マコト。どうしてそんな脈絡ないことを言い出すんだ?」
「別にいいだろそんなこと。するのしないの?」
「いやだって、俺は男で、マコトは女で……」
「ハグぐらいいいだろ。だってボクたち親友なんだから――あ!」
マコトに親友だと言われてから、ハグをするまでに迷いは無かった。
「親友だもんな。男女で差別するなんかしてたら、本当の友情じゃないよな」
男とか女だからとかで、相手が親友なのに恥ずかしがることが恥ずかしくなったんだ。
相手が女だからという羞恥心は捨てて、俺はマコトに親友とて固いハグを交わした。
ハグを解いたとき、マコトの顔はほんのり赤くなっていた。しまった強く締めすぎた!
マコトは強く締めすぎて軽い酸欠になっていたのか暫くボーッとした後。
「――ってしまったー! 引き合いだしちゃったらますますドツボに嵌って……」
何やら一人で訳の分からないことに、頭を抱えてしまった。
「悩みがあるなら聴くぞ? だって俺たち親友だろ」
「ありがとう。気持ちだけ受けとっておくよ」
まあ、一人で解決しないといけないこともあるか。
「所で寄り道って、何処へ行くんだ? ゲームセンター? それともマックとかか?」
立ち話をしている間にも門限は近づいてくる。話の進行促すマコトの質問に俺は自信満々で答える。男女ともに楽しむところなら心当たりはある。
「それなら任せてくれ! いい店を知っているんだ」
俺とマコトとアキラ、それから陽子先輩を加えたメンバーは、現在喫茶店にいた。
路地裏の人通りが少ない寂しい立地にありながらも、気軽に入れるようにシックとカジュアルのバランスがとれたオシャレな内装や、設置されたテラスがいい感じで放課後帰りの学生たちがそこそこ集まって賑わっている。
「へー、こんな所にこんな店があったんだ。タクル、こんなとこ知っていたんだな。意外だ」
「ボクも初めてだよ」
「良い雰囲気の店ですね。ここ」
連れてきた三人の反応は良好。この店、意外と穴場と言われていて、知る人ぞ知る人気店なんだ。
未だ出来ぬ彼女に思いを馳せ、気持ち悪いと言われることを承知で、将来の為にとデートスポットを研究してきたことが役立つとはな。空しい。
「タクルさん。今日も来てくれたんですか」
「栂さん」
「タクル君。顔見知りなんですか」
「ええ」
入店直後、俺を見つけたこの黒髪のショートヘアとキュッとしまった小尻が眩しい大人の女性が出迎えてくれる。
喫茶店の店長――栂さんだ。
俺がこの店を見つけたのはほんの三か月前だが、足をほぼ毎日運んで、回数に至っては常連と呼ばれても構わない程だ。おかげで、栂さんには完全に顔を憶えられてしまっている。
この客の七割がカップルを占めるこの店で、俺が毎日一人通いを続けられたのはこの人がいればこそだ。
俺たちは、空いている席へと栂店長にそのまま促されて着席する。
「何にしようかな~」
皆、メニューを眺めて何を注文するか悩んでいる。
「フフ、任せてくれ。スペシャル四つで!」
「畏まりました」
栂さんはその注文を受け取るとすぐに厨房へと向かて行った。
「タクル。なんか仰々しいメニューだけど値段は大丈夫なのか? ボク財布の中にそんな自身が無いんだけど」
「安心しろマコトよ。美味しいコーヒーとデザートのセットでお値段なんと三百円のお得な裏メニューさ。ちなみに常連の人が月に一回しか注文できない裏メニューだ」
ちなみに三百円は、この店の中のメニューで最も安い料金設定になっている。
「それじゃあ、まずはコーヒーからね」
栂さんが配合比秘密のブレンドコーヒーを最初に運んできた。
このブレンドコーヒー。全部でパターンあり、日替わりで変わる。しかも気まぐれで豆の割合を変える為、同じものは二度も飲めることはない。
こんだけ味をコロコロ変えていれば、以前よりも美味しくない日があってもよさそうなものなのだが、少なくとも通っていた三ヶ月の間ではコーヒーが不味くなったことはなかった。
どう見たって二十代そこそこににか見えないのに、ここまでできるって栂さんっていったい何者のだろう。
「ケーキお持ちしました」
次にチョコとイチゴと白桃が乗っかった三種類のプチケーキが運ばれて来る。ちなみにお菓子は全部、栂さんの知り合いが経営しているお菓子屋さんに頼んで作ってもらっているらしい。
そして最後にマンゴーソースのかかったアイスクリームが出てきて締め。
内容としてはあっけないように感じるだろうが、どれも良い材料でできている為、三百円では割にあっていない。
聞くところによると本来、飲んでいるこのブレンドコーヒーとか、一杯でお札が一枚が余裕で飛んでいくらしいし。
「どうだった?」
一通り、出されたメニューを済ませた俺は三人に感想を聞いてみた。
「いい店教えてありがとう。今度また一緒に行こう。二人で」
「今日はありがとう。今度は二人で行こう」
「突然参加の私なんかも一緒に連れてきてくれてありがとう。今度二人で行きましょう」
嬉しい感想ありがとう。でも、なんで皆二人で行きたがるんだ? 全員一緒じゃだめなのか?
「若いって、いいねぇー」
カップとソーサーを下げにきた栂さんが俺にそう言葉をかけた。
すみません。栂さんの言っていることがさっぱり分かりません。あと、栂さんも十分若いでしょうに。
当初ほどの下ネタ成分が圧倒的に不足している。軽いお色気はあったけど。
でもそんな寂しがっている人たちにはご朗報。ちゃあんと次回はネタを用意してあります。やっとあの設定をだす瞬間<とき>が来た。 次回をしばしお待ちを。