11本目
『おっぱいってなんですか?』
レイその一言にクラス一同は唖然とした。
そんな中、彼女に近づく人影が――沢浦真琴だ。
「そりゃレイちゃんだって女の子でしょ、おっぱいっていったら……」
マコトは話している途中で視線がレイの胸元へと落ちて行き言葉が止んだ。
まな板と言っても過言ではない程、それはペッタンコだった。クラスの女子の大多数が哀れみの視線を向ける。
「なんでそこで黙るの?」
当の視線を受けている本人のレイは怒っている訳ではなく、分からないといった感じだ。
「もう知らないふりなんかしなくていいんだ。聞いたボクが悪かった。ボクだってそんな大きくないのにゴメン」
「いや、マジで何言っているのか分からないですけど」
顔の前で手を振って否定するレイ。
「え!? ホントに分からないの?」
「ホントに分かりません」
「ホントのホントに?」
「ホントのホント」
「マジで?」
「本気で!」
ようやくその場の全員が、レイの言葉が冗談抜きだったことを悟る。
男子の間では「レイさんてきっと純粋なんだよ」と話声が。
女子の間では「レイさんて見た目が明らかに日本人じゃないし、きっと日本語をよく知らないんだよ」と話声が。
俺は「おい、地球人学者の助手! 確か前におっぱいって単語を使っていたよな(※9本目参照)」と心の中で突っ込んでいた。
「さる人からは、それは素晴らしいものだと伝え聞いたことはあるのですけど。それが、なんなのか分からないんです」
なるほど、単語としては知っていたけどそれが何を指す言葉なのか知らなかったと。
ちなみに、そのさるお方とは俺の父親だとみてまず間違いないだろう。おっぱい好きなおっぱい星人だったもんな。
『おい、タクル。お前が教えてやれよ』
とクラスメイト達。
「嫌だよ、どうして俺なんだよ」
俺は抗議する。
『それは、お前がお前だからだ』
そんな理由じゃ 分かりはするが納得できるか!
女子におっぱいを教えるとか、セクハラ且つ罰ゲーにしか思えない。
「だれか私におっぱいが何なんか教えてよ」
だが、誰かが教えるしかない。しかし、その為には汚れ役になることが必要で躊躇してしまう。
「しかたないなぁ。そんじゃここは、タクルの為にボクが一肌脱いであげますか」
「いいや、それなら俺が行く」
タクルが俺に代わって説明するのを引き受けようとしてくれたが、女子で俺の親友であるマコトに、そんな汚れ仕事はさせるさせる訳にはいかない。
俺がレイに近づいてクラスの中心窩ら少し離れた所へ連れて行き、耳元でおっぱいが何たるかを教えた。
「そう言えばこの国の俗語で乳房のことをそう呼ぶのでしたね。メンゴメンゴ、ド忘れでした」
ド忘れかだったのかよ。
「それにしても不思議なんですけど、どうして男はそんなに女のおっぱいが好きなんですかね? 特に大きいものを好む傾向なのが全然分からない」
『それはね、そんな男たちがバカだからよ』
「おい、それは聞き捨てならないぞ!」
女子たち! 男はバカほど巨乳好きとか、風評被害にも程があるぞ。
『女の価値を胸の大きさで決めつける奴らのどこがバカじゃないのよ』
うっ、それには一理ある……あるが、最初っからここで言い負かされる訳にはいかない。
「それはロマンだからだ。揺れたり挟むことのできるお乳は憧れなんだ。無いより有る方が良いんだよ。だって無い部分には触れることが出来ないのだから」
『最低じゃないのっ!』
俺を待っていたのは女子からの軽蔑の眼差しだった。おうっふ、これは……キツイ。
「おー、正に養豚場の豚を見るような目をしていますね」
俺がおっぱいの話をすると、分が悪くなることがよーく分かった。俺としても、女子が機嫌のよくなくなるような話をしたくはない。
完全な敗北だ。俺は打ちひしがれる。
「やっぱ、おっぱいなんかで女の人をみるなんて最低な考え方だよな」
「そうそう、中身だよな、中身。胸なんかよりもその中にある心の大きさが大事だよね」
「タクルって酷いこと言うよな。さすが変態」
口々に女子の言うことに便乗する、俺を除く他のクラス男子達。
お前ら、女子からの自分への評価が怖いからってあっさり寝返りやがって。
だがしかし、彼らを恨むまい。俺だって女子たちから嫌われるこの境遇は好きじゃない。
「しょうがないなあ。みんながタクルの事を敵にするなら、友達のボクぐらいはこっち側についていてあげるよ」
マコト、お前ってやつは。
「僕をついていてあげるよ。その方が嬉しいだろ」
アキラ、お前まで。
俺は嬉しさのあまり、人前なのについ目を潤ませてしまう。
欲情もいいけど、友情も素晴らしい。俺はこんな良い友人を持つことが出来たんだ。こんなに嬉しいことはない。
俺は腕を広げてガシィッと二人を抱え込んで抱き合った。
周囲から「あんなに白昼堂々と」「いきなり抱きつくって、セクハラだったわよね」「見てあの、アキらくんの赤らんだ顔。そそるわー」「よく見なさいよ、これは三角の構図でしょうが」散々、俺をセクハラと罵る声と。一部変な感想が聞こえるがそんなの気にしない。
こんなに素晴らしく育めた友情を恥じることなんてどこにもない。
「ありがとう、お前ら。持つべきものは親友だ。俺は良い友達を持つことが出来たよ」
鏡なんてこの場にないけど、覗いたらきっと顔はぐちゃぐちゃになっている。
俺はその顔を見られたくなくてより強く二人を抱え寄せて、顔を埋めるように包容する。
「お前って、スケベだけど熱いやつだよな」
「スケベはよけいだ。メガネ」
アキラとのやりとりに、後ろの方で女子たちの嬌声があがったような気がした。
気のせいだよな。
「それよりタクル。マコトがなにか言いたそうにしているよ」
マコトが、俺の背中をタップしてきたので強く抱きしめて過ぎていたことにハタと気づいて包容を緩める。
「悪い。ハグが強すぎたか?」
何だを拭って顔を離してからマコトに顔を向けた。
「少年誌嗜むボクとしては、タクルがボクに熱い友情を抱いてくれることに不満はないんだけどさ。ボクだって女の子だからもう少し気遣って……ね?」
その言葉でハタと冷静になる。
あたりを見渡せば、そこには顔を真っ赤にした女子たち。腕の中には、それよりもっと顔も赤いマコトの姿。そして胸から背中にかけて感じるこの柔らかい感触は……。
考えるな。今ここでその感触の原因に気づいて考えてしまったら。きっと触手に変身するぞ。
俺は頭の中の欲情ゲージを、必死に友情ゲージへと傾倒させる。
もっと熱くなれよ。
もっと熱く。
熱く。
「うぉぉぉ、好きだぁぁぁぁぁ!」
賢者モードならぬ熱血漢モードとなった俺は、二人を再びつよく抱きしめる。
「お、また一段と熱いなー」
「そんな、す、す好きだなんてこんな大勢のいる場で……」
「恥ずかしがらなくてもいいよマコト。熱い友情を見せるとスグに変な方向に考える輩がいるけどそいつがおかしいだけだ。
俺達の友情の強さを見せつけてやるんだ」
「そうじゃなくて、当たってる、当たっちゃってるからー!」
そういえば一際柔らかい感触が彼女の胸の位置からすような。
だが……。
「俺にそんなものは通用しない!」
「通用しない!? てかそんなものって……」
「そうだ、今の俺は些細なもの気にしない、感じない、何とも思わない! だから安心しろ」
「些細ぃ? 些細なものだってぇ?」
その時、マコトの口から底冷えのする声が響いた。あれ、何故だろう悪寒が。
顔を離して、改めてマコトの顔を見る。
そこには――養豚場の豚を見るような目をしたマコトの顔があった。
熱かったはずの心が、一気に氷点下まで落ち込んでしまうほど冷たい瞳をしていた。
「ゴメンナサイです」
何処の何が悪かったのか分からないけど、まずは謝った。
初め抱きついたときは、マコトは怒らなかったよね? 一体何処で琴線に触れたのだか。
今分かることは、マコトが俺に怒っていて、それがスゴク怖いということだ。
「なーんだ、結局女子も気にするんじゃないですか。そこまで気にするおっぱいとは一体……。うーん、謎が深まるばかり」
正座させられ、マコトから説教を受けている俺に、そんなレイの声が聞こえた。




